大岩オスカールが語る、いま「オイル・オクトパス」を描く理由
渋谷ヒカリエで5月12日まで開催中の大岩オスカール展「乱流時代の油ダコ」。1999年に描いた作品《水族館》から派生した「オイル・オクトパス」を新作で表現した理由など、作家本人に話を聞いた。
1999年、東京に住んでいた大岩オスカールは、《水族館》という作品を描いた。当時の未来を空想して色々な生き物を描いたその作品に登場したのが、小さな瓶から油が漏れているような、それがタコの姿に見えるような「オイル・オクトパス」だ。もし「このタコが現在のこの世界を観察していたなら、どのように思うだろうか?」という質問が出発点となり、今回の展覧会のテーマが生まれた。
大岩は、そのきっかけとなった芸術祭について次のように説明する。
「2023年に台湾の基隆という港町の芸術祭に参加することになったのですが、現地の視察のために港に行くと、環境問題や乱獲などの問題で魚が減っていて、港の漁船の数も5分の1ぐらいになっていることがわかりました。それと、台湾は南国だから、見たことのない魚がたくさんいるのも面白かった。
1999年に水とごみの問題をテーマに《水族館》という作品を描いているから、魚やゴミなどの問題を単純に描くのではなく、《水族館》に出てきたキャラクターが問題を表現するかたちで登場させられないかと考え、『オイル・オクトパス』を再び描きました。時代を表現することが目的で、それをわかりやすく伝える役割を『オイル・オクトパス』が担えると考えたのです」。
台湾の港町の芸術祭がインターネットを通じて世界各地に配信され、基隆という町のことを知ってもらい、さらには環境問題について考えてもらえるきっかけになるのではないかと考え、船に作品のイメージをデザインしたバルーンを載せ、運航する様子をドローンで撮影した。実際にそのバルーンが置かれ、記録映像が上映されている部屋が最初の展示室となっている。
隣の展示室に移ると、キッチンをモチーフにした緑の作品5点が並んでいる。大岩が暮らすニューヨークのタイムズスクエアからほど近く、レストランが集中するエリアの名前を冠した「ヘルズキッチン」シリーズだ。「東洋的なキッチンのなかでいろいろな物語が展開している作品です」と大岩は説明する。
「自分はいまアメリカに住んでいて、ロシアとウクライナの戦争やイスラエルとパレスチナ問題のニュースが入ってきたり、大統領選のことが話題になったり、平和に暮らしながらも緊張感がある世の中だと感じることがあります。そういう絵を描きたくなりましたが、黒っぽい画面に戦争を描いた作品や、どろどろしたものを描きたくなく、緑色の平和な台所を描くことにしました。そこでレタスが煙となっていたり、盆栽が爆弾の炎を表していたり、そのような二面性を表現したいと考え、5点を描きました」。
今年の夏にパリオリンピックが開催されるが、オリンピックをモチーフにした作品も並ぶ。
「本来はアスリートの試合がメインのオリンピックですが、現在は経済と政治があまりに動いていますよね。そこにいろいろと問題を感じるので、イベントのキャラクターを使って描きました。リオオリンピックのキャラクターがふたり、二日酔いでピッチに倒れていたり、東京オリンピックがガチャコンの穴に埋まっている状態で、そこにスタックした状態にある日本の経済のことを表していたり、オリーブとかハムのおつまみで自分なりのパリのイメージを描いたりしました」。
2011年の東日本大震災をテーマに当時描いた作品も、初公開された。
「2011年にはすでにアメリカに住んでいましたが、あれだけの規模の震災が日本という身近な場所で起こったのが初めてだったので、すごいショックを受けました」。
「自分の顔でありながら、精神的にダメージを受けて真っ直ぐいられないような状態を津波のイメージに重ねました。当時、描いたものの大勢の人が亡くなっていて、ショッキングな絵なのですぐに展示すべきではないと思いました。それを今回、10年以上が過ぎて初めて展示します。
2011年から時間が経ちましたが、今年の元旦には能登で、4月には台湾でも大きな震災がありました。オリンピックにも通じますが、何万人、何十万人という人が大きな出来事に関わります。年齢や国籍や考え方などによってそれぞれの人生は異なるけど、大規模な震災や世界的なイベントなどは、何かしら知らない人たちと共通点をもつきっかけになります。そんなことを思い、この震災の作品やオリンピックの作品を描きました」。
展示は渋谷ヒカリエ8階の展示室にとどまらない。4階ヒカリエデッキに向かうと、10×3メートルの壁面アート作品にも「オイル・オクトパス」が登場する(5月3日14:00〜17:00に公開制作を実施予定)。
初めて《水族館》にこのモチーフを描いた1999年当時、60億人だった世界の総人口が、30年足らずで80億人に達した。その爆発的な増加は、当然エネルギー問題や環境問題を引き起こすだろう。そうした時代の変化、環境の変化に危機感を覚えながらも、それを人間の手でどこまでコントロールできるのかと考えるとそれもまた困難だ。
「今回は政治的というか、環境問題なども少し表現したいと思って展覧会を考えましたが、どろどろした暗い展覧会にはしたくありませんでした。『オイル・オクトパス』というキャラクターを描こうと思った背景にはそのような理由がありますが、見た人からは、そのキャラクターは悪いやつなのか、いいやつなのか、と質問されることがあります。アニメなどのキャラクターだとどちらかになりますよね。
私が描く『オイル・オクトパス』は、油が漏れたボトルのようだけど、良いも悪いもありません。何か問題を起こしているかもしれませんが、ただ我々と同じように必死に生きていこうとしているだけ。人間だって悪い人と良い人を明確に区別できませんよね。そんなことを思いながら今回の作品を描きました」。
現在は、京都 蔦屋書店で、「人間は物理的に何かを食べないと身体がもたないだけではなく、精神的な栄養──愛情や文化など──を摂取しないと健全でいることができない」という考えから、光や希望を描いた作品を集めた個展「ライトショップ[Light Shop]」も開催中だ。
そしてこの秋には、初のニューヨークでのパブリック・アート作品として、ある地下鉄駅に3×8メートルのモザイク壁画を2点、制作することが決まった。現在はそのためのリサーチなどに取り掛かっているというが、今後も美術館やギャラリーに展示する絵画作品から、芸術祭やパブリック・アートの大型作品まで、多様な表現で社会への視点を提示し続けるはずだ。その大岩オスカールの、現在の視点を東京と京都で確かめられる貴重なタイミングだ。