CCBTのクリエイティブディレクター、小川秀明が目指す都市とクリエイティブの未来
2022年10月、東京・渋谷にオープンした「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」。この4月にオーストリア・リンツを拠点とする文化機関「アルスエレクトロニカ」と東京都、東京都歴史文化財団が事業連携協定を締結し、「アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ」の共同代表を務める小川秀明をクリエイティブディレクターとして迎えた。CCBTの紹介とともに、その就任を記念した記者懇談会やシンポジウムの様子をレポートしたい。
CCBTが目指す地平はどこにあるのか
アートとデジタルテクノロジーを通じて、人々の創造性を社会に発揮するための活動拠点として生まれたシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]。ワークショップやレクチャーに対応するオープンスペースと、2つのスタジオ(ホワイトキューブとブラックアウトスペース)、そしてファブリケーション機器を設置したテックラボからなる総面積約380平米のこの施設は、公園通りを上りきる手前の渋谷東武ホテルの地下に位置する。
デジタルアートやデザインに関する展示、年度ごとにアーティスト・フェローを公募し創作を支援する「アーティスト・インキュベーション」、ワークショップやトークイベントなど、様々なプログラムを通じて東京からイノベーションを生み出す原動力となっている本施設。運営するのは、東京都と東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京。東京都が制定した「東京文化戦略2030」を推進するためのプロジェクトのひとつとして位置づけられるものだ。
今年4月、クリエイティブディレクターに就任したのが、メディアアートの祭典を主催し、最先端テクノロジーの開発を推進する世界的文化機関「アルスエレクトロニカ」の研究開発部門「アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ」の共同代表である小川秀明だ。2000年にメディアアートの創作活動を開始した小川は、2007年にアルスエレクトロニカのアーティストインレジデンスに参加。以後、リンツを拠点に、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活動を続けている。
リンツは人口およそ20万人、渋谷区ほどのサイズで、ドナウ川に面した美しくも古い小さな街だが、1979年に第1回「アルスエレクトロニカ」が開催されると、アート、テクノロジー、サイエンスを横断するメディアアートの祭典として、世界最先端の表現が結集する場となった。その活動は広がり、フェスティバルの開催のみではなく、教育や研究開発なども網羅するクリエイティブ機関となり、リンツの街はその未来思考によって劇的なリバイタライズを果たした。当初はコンピューターアニメーションや電子音楽などがメディアアートの最先端で、1984年にシンセサイザー奏者で作曲家の冨田勲が《サウンドクラウド》と題するパフォーマンスを発表したことでも知られているが、テクノロジーは進化を続け、AIやバイオテクノロジーなどへと表現テーマも研究領域も拡張している。
小川秀明が語る「都市と芸術」
小川は就任後の記者懇談会で、アルスエレクトロニカ芸術監督のゲルフリート・シュトッカーによる「『都市(まち)』とは、人類史上最も偉大な現在進行形の社会実験である」という言葉を引用する。
「リンツは、未来思考のリテラシー、フルエンシーをもって変容した事例として知られていますが、東京で考えたとき、これだけの人口と経済規模があり、超高齢化社会で、安全で食事も美味しく、多様な社会実験が進行している街だととらえられます。街は時代ごとのテクノロジーによってそのシステムが常に変わってきました。私はアーティストを未来市民だと考えています。未来を覗き、それを表現化している存在です。未来思考を具現化する社会実験の拠点として、CCBTは重要な役割を担っていきます」。
「Tokyo, Laboratory of the Futures」と、複数の未来を設定する。パンデミックや世界に緊張をもたらす戦争の勃発など、想定されていなかったことに囲まれる現在、複数の選択肢をつくっていくラボの存在が不可欠だ。そして新たに掲げるヴィジョンが、「Co-Creative Transformation of Tokyo クリエイティブ×テクノロジーで東京をより良い都市(まち)に変える」。東京都副知事でCCBTスーパーバイザーの宮坂学が推進する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に倣い、「CX」の呼称で提唱する。
「テクノロジーを広義で考える必要がありますし、アートがギャラリーや美術館だけにあるものではなく、社会や政策とどう関係していくかという視点も求められます。ART AND POLICY、ART AND GOVERNANCEという考えです。東京の課題・政策と、最先端の創造性を衝突させることで、社会実験をクリエイティブに推進できるはずです」。
東京をもっとクリエイティブに
記者懇談会に続き、「東京をもっとクリエイティブに、もっと良くするには?」というテーマで小川がファシリテーターを務めるシンポジウムが実施された。宮坂学(東京都副知事/CCBTスーパーバイザー)、内田まほろ(一般財団法人JR東日本文化創造財団 TAKANAWA GATEWAY CITY 文化創造棟準備室室長)、市原えつこ(アーティスト、妄想インベンター)が参加した本セッション。示唆に富む参加者のコメントの一部を下記にて紹介したい。
デジタルのおもしろさは参加できること。いま、デジタルサービスを行政と市民参加によってつくるというやり方が世界中で広がっています。都でDXを担当していますが、デザインやテクノロジーを取り込み、生活を豊かにする。同時に、アートによって心の豊かさや潤いを手に入れる。CCBTは生活にその両方を取り入れる方法を実験し、提案できる重要な拠点となるはずです。そこからクリエイティブと行政のいいかたちでの衝突が生まれれば、東京の暮らしのクオリティは大きく変わるはずです。
──東京都副知事/CCBTスーパーバイザー・宮坂学
高輪ゲートウェイ駅が開業し、現在は、『実験できる街』というTAKANAWA GATEWAY CITYの街づくりに携わっています。マーケット的な意味合いのものではなく、アートは問いを生み出す行為だと思います。アーティストが問いを生み出すことで、そこに人が巻き込まれていく。サイエンスもテクノロジーも教育も関わり、プレーヤーを限定せずに横串で連携する街づくりには、アート、文化が大事な役割を担うはずです。CCBTはそうした可能性に切り込んでいくと思うので、うまく連携していきたいです。
──一般財団法人JR東日本文化創造財団 TAKANAWA GATEWAY CITY 文化創造棟準備室室長・内田まほろ)。
アーティストはインディペンデントで活動している人が多いので、個人ではできないような規模の大きなアイデアにチャレンジできる機会は重要です。前年のCCBTのアーティスト・フェローの方も、予算的にもサポート体制的にも手厚く挑戦をバックアップしてもらえ、自由に実験が行えて素晴らしいチャンスになったと話していました。前回の成果発表会でメンターの竹川潤一さんが話していたことですが、アートには「未来に対しての準備体操」のような側面もあります。CCBTはアートのそんな側面を意識させる場だとも感じています
──アーティスト、妄想インベンター・市原えつこ
行政が採用するものは『安くて無難』に落ちつきがちなので、そこには『CX』が入り込む必要があります。いずれCCBTの活動やコンセプトが汎用モデルになり、東京のTが別の地名の頭文字になって、CCBA、CCBBなど、テクノロジーを活用したクリエイティブな街の変容が各地で起こったら素晴らしいですね
──CCBTクリエイティブディレクター 小川秀明
渋谷という街が持つ力を最大限活かしながら、今後の東京におけるクリエイティブ拠点の方向性までも提示しようとしているCCBT。その活動からますます目が離せない。