NEWS / REPORT - 2022.3.26

アーティスト・島袋道浩と1泊2日で巡る国東半島

島袋道浩

祇園山の麓で作品について説明する島袋道浩

毎年11月10日にはこの正面方向から朝日が昇るため、正月と11月10日に御来光を拝みに祇園山に登る人も多い

八坂神社の本堂の建物はすでになく、石の土台と祠のみが残る

《首飾り—石を持って山に登る》(2021)の展示風景

右は沖縄から持ってきた勝連トラバーチンという石灰岩で、左は岡山の万成石。大分空港がアジア初の宇宙空港に認定されたので、宇宙からの隕石をペンダントにして右の石にかけた

祇園山でランチ。島袋は地元の「えみちゃんキッチン」と打ち合わせを重ねてメニューとレイアウトをデザインし、「食べられる彫刻」として卵のり巻き弁当を完成させた

宮島達男《Hundred Life Houses》(2014、部分)

宮島達男《Hundred Life Houses》(2014、部分)

旧千燈寺跡への道沿いに立つのは、2012年に飴屋法水が発表したアートツアー「いりくちでぐち」の舞台のひとつになった

「ゴームリーはこの山道を歩き、風景や石仏などから作品を構想し、彫刻作品を切り立つ岩山の尾根に設置することを決めました」と、2014年の国東半島芸術祭の総合ディレクターとして企画制作にも携わったBEPPU PROJECTの山出淳也

不動山の中腹に残る旧千燈寺跡入口に立つ仁王像。右が口を開いた阿形、左が吽形

旧千燈寺跡奥の院

旧千燈寺跡奥の院脇の岩壁にも石仏が彫られている

劇場客席を思わせる斜面に石塔が規則的に配列された様子を前に、「すごく計画されたインスタレーションですよね。これを見せたかったんですよ」と島袋

アントニー・ゴームリー《ANOTHER TIME XX》(2013)

表面をコーティングしていない鉄製のこの作品は、雨風にさらされてやがて風化し、200年か300年後には山に還っていく

不動山頂付近の五辻不動尊からの眺望。ゴームリー作品はこのすぐ下

島袋道浩《マノセ》(2021)

島袋道浩《マノセ》(2021)

島袋道浩《マノセ》(2021)

川俣正《説教壇》(2014)

舟越保武によるペトロ・カスイ岐部像。《説教壇》が設置されているのはこの丘の上

島袋道浩《息吹》(2021)

「ここで酒を飲むのが夢だった」と島袋が手にするのは、地酒「西ノ関」の昭和63年に仕込まれた古酒。夕方のカクテルアワーだ

酒にもコーヒーにもお茶にも合うカップとして島袋自らデザインし、国東の陶房「くにさきかたち工房」が手がけたカップでお酒が供され、ツアー終了後にはお土産として参加者に配られた

梅田哲也

島袋道浩《光る道—階段のない参道》(2021)

海岸では、梅田哲也によるドライアイスと空き缶や瓶を使ったパフォーマンスを実施

熊本をベースに、日本各地で虹をかけるワークショップを行うアーティスト、レインボー岡山によるパフォーマンスも

朝食会場では、島袋がコーヒーをドリップしながらお出迎え

熊野磨崖仏とその先の熊野神社へと続く石の階段

磨崖仏の前に積み上げられた石

磨崖仏を下りた先にある胎蔵寺では、来場者がシールを貼り付けてギラギラした石仏が異彩を放つ

富貴寺阿弥陀堂

ランチは富貴寺の宿坊である「蕗薹(ふきのとう)」で、地元産の新鮮な野菜を中心
とする料理に副住職が手打ちしたざるそばがつく「そばランチ」が供された

富貴寺境内の国東塔

行入ダムと奥に見える岩山のコントラストも圧巻

最後に訪れた神宮寺では、住職が「平和の鐘」で迎えてくれた

神宮寺焼け仏8体。明治43年に正月の祭である修正鬼会の際に、松明の残り火で講堂が消失し、焼け出された薬師如来坐像と十二神将

終了時には2日間のメニューが配布されるなど、ツアーでは食も重要な位置を占めた

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編集部