記憶から浮かび上がる表象。ロンドンで話題となった2つの個展から見えてきた共通点
新たな王の戴冠式を終えたイギリス。没入型インスタレーションでイギリスを代表するアーティストとなったマイク・ネルソンと、故郷のイラクを離れ現在はロンドンを拠点に画家として活躍するモハンマド・サーミ。それぞれ話題の個展を見に行くと、彼らの芸術行為の共通点が見えてきた。
「Mike Nelson: Extinction Beckons」(ヘイワード・ギャラリー)
世界的に名高いロンドンの現代アートセンター、ヘイワード・ギャラリーで、イギリスを代表するアーティストのひとりマイク・ネルソン(1967〜)の個展「Mike Nelson: Extinction Beckons」が5月7日まで開催された。ネルソンが過去に発表してきた大規模なインスタレーションや彫刻作品を、アーティストの記憶や資料をもとに再構成するという企画だ。
ネルソンは、綿密につくり込んだ空間の構造とそこに集めたオブジェを通して展開される物語に鑑賞者を没入させる。歴史や文学を参照し、事実とフィクションを織り交ぜると同時に展示する場所の地理的・文化的背景にも言及する。2019年、テート・ブリテンで発表した《The Asset Strippers》では、戦後のイギリスで使われた工業用機械をアサンブラージュの手法で彫刻化し、ギャラリー空間に沿って複数配置した。
ネルソンが2001年のヴェネチア・ビエンナーレではコラテラルイベントとして行った展示「The Deliverance and The Patience」が話題となり、11年開催のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展ではイギリス館代表を務めた。その際に発表した《I, IMPOSTER》も過去(2003年の第8回イスタンブール・ビエンナーレのためにつくられたもの)を移設・再制作したものだった。このように、アンインストールされたネルソンの作品はしばしば倉庫を模した別のインスタレーション内で保管されたり、別の土地や時間にあらたに接続するために再利用されたりしている。
部分的に保管されていた《The Deliverance and The Patience》は今回、20もの部屋と通路が内部でつながるひとつの巨大な構造体による大掛かりなインスタレーションとしてリ・アサンブラージュされることとなった。「鉄のカーテンが崩壊した後、ヨーロッパにはソ連の古い軍用品があふれた時期がありました。それまで不吉でミステリアスな雰囲気を漂わせていたものが、突然キッチュなものに変わってしまった」(*1)。──そうした文化的・心理的に意味のある/あった小道具が無数に配置されている。
ドアを開閉して入る部屋はどれも、熱狂した後になんらかの理由で中断した事業や失敗した政治運動を振り返るような陰鬱さにあふれている。薄暗い場所でこうした謎めいた大量のものを見せる行為は、洞窟に手形を残した人類の祖先のようにネルソンが自身の存在を示す芸術行為であると同時に、作品を発表した当時の人々がものを見ることに忍耐力がないようにみえたことへの反発でもあったという。「物事が何を意味するか、何を意味するようになるか」を経験させるための装置なのだ。