クロスオーバーする台湾現代美術──歴史と記憶、社会へのまなざし
同性婚の法制化や先進的なデジタル行政、そして目覚ましい効果を発揮した新型コロナウイルス対策など、その民主主義に根ざした政治・社会のありようが、国際的に大きな注目を集める台湾。世界のアートシーンにおいても、台湾出身のアーティストたちは、近年その存在感を高めている。本連載では4回にわたり、台湾現代美術の最前線に迫る。第1回となる今回は、躍進する台湾のアートシーンのいまを伝えるレポートを掲載。続く第2〜4回では「ヨコハマトリエンナーレ2020」(7月17〜10月11日)、「北アルプス国際芸術祭2020」(開催延期)参加予定のアーティストたちを紹介する。[台湾文化センター×美術手帖]
アジアを牽引する先進性とアート
2017年に台北当代芸術館(MOCA)で開催された「光・合作用──アジアのLGBTと現代美術」展は、LGBTQをテーマにしたアジアで初めての展覧会である。ゲイ(男性同性愛者)を題材にした作品に偏り過ぎ、レズビアンやトランスジェンダーへの視点に欠けるとの批判はあったが、その2年後にアジア初の同性婚が法制化されたことを併せて考えれば、先進的な価値観を積極的に取り入れていく台湾社会と現代美術との深い関わりを象徴する展覧会だったと言える。
生き生きとした民主主義、ジェンダー平等性の実現、脱原発・洋上風力発電開発といったサステナブルなエネルギー政策、世界でも突出して効果をあげた新型コロナウイルス対策。近年とみに国際的な評価が右肩上がりの台湾だが、現代美術の世界でもまた、台湾のアーティストが注目を集めている。
目下のところ圧倒的な存在感を放つのが、許家維(シュウ・ジャウェイ)だろう。現森美術館館長の片岡真実が芸術監督を務めたシドニー・ビエンナーレ(2018)ほか、上海ビエンナーレ(2018)、光州ビエンナーレ(2018)、釜山ビエンナーレ(2018)、シンガポール・ビエンナーレ(2019)とここ数年の国際展でも引っ張りだこの許は、1983年台中生まれ。現在は台北を拠点に活動を続けている許の作品が描き出すのは、重層的な台湾の歴史の盲点を照らしだす個人の記憶だ。
2019年のアジア・アート・ビエンナーレでは、同年の「あいちトリエンナーレ2019」で《旅館アポリア》(豊田市内・喜楽亭)が話題となったシンガポールの何子彦(ホー・ツーニェン)と共同キュレーションを務めた。歴史と時事にもとづいた綿密なリサーチによって、植民/被植民の記憶が複雑に絡み合うアジアの歴史問題へ柔軟かつ知的に取り組み、国際的な評価も高かった。なお、同あいちトリエンナーレには、台湾で映像アーティストの先駆けでもある袁廣鳴(ユェン・グァンミン)も参加。実際に40年以上続いている防空演習を空撮することで、日常に潜む「戦争」を描き出した映像作品《日常演習》は高い評価を受けた。
アジア・アート・ビエンナーレに参加した王虹凱(ワン・ホンカイ)も、許家維と共に注目される台湾アーティストのひとりだ。雲林県虎尾出身、1971年生まれの王は、サウンドを素材に社会的な関係性や社会空間の構築を探り、ドクメンタ14(2017)に参加を果たしている。アジア・アート・ビエンナーレでは、日本植民地下の台湾で生まれ、20世紀東アジアの荒波に翻弄された不遇の音楽家・江文也(1910〜1983)に注目して作品を制作した。
このような歴史的思考の土壌になっているのが、社会運動・歴史・建築・文学・美術・デザイン・音楽・出版(独立系雑誌)・演劇・映画・ITテクノロジーといった多様なジャンルをクロスオーバーしながら形成されてゆく台湾文化の深まりであると筆者は考える。各分野の専門家や愛好者が、歴史認識やアイデンティティ、ジェンダー、エスニシティといった様々な観点から問題意識を掘り下げ、地下水脈のようにつながり結びつきあって、社会のなかで有機的に機能し始めていると感じるのだ。
例えば2018年の台北ビエンナーレに参加した呉明益(ウー・ミンイー)は、日本でも翻訳が出版されている小説家だ。1941年の旧日本軍によるマレー半島侵略や、戦争に翻弄されて最後に台湾にたどり着いたアジアゾウのエピソードを背景にした『自転車泥棒』(天野健太郎訳、文藝春秋、2018)は、イギリスの国際的な出版賞であるブッカー国際賞にノミネートされた。台湾の持つ複雑な歴史の層が作品に織り込まれるのは許家維や王虹凱の作品にも通じ、自身でイラストレーションも手掛ける呉が出品したのは、小説の構造を利用した6枚の「挿絵」であった。
台湾原住民族に関する映像作品や日本統治時代に開発された炭鉱の記憶など、細かなフィールドワークを重ねる高俊宏(ガオ・ジュンホン)も、小説家としての顔を持つ。MOCAのグループ展の常連で、台南の芸術祭、ネクスト・アート・台南の招待作家である高だが、歴史記憶を題材に取った小説では台湾の歴史ある出版賞、第40回金鼎獎(2016)を受賞した。
躍進するオルタナティブ・スペース
オルタナティブ・スペースも、クロスオーバーする台湾現代美術の重要な拠点だ。台北の代表的なスペースに、台北コンテンポラリー・アート・センターや立方計劃空間(The Cube Project Space)がある。また、許家維が中心となって、リヨン・ビエンナーレ(2019)など国際的に活躍する周育正(ジョウ・ユージェン)らと起ち上げた打開—当代芸術工作站(OCAC)は、「クリエイティブと現代社会との接続」をテーマに運営されている。
街中のギャラリースペースを生かして開催される台南の芸術祭、ネクスト・アート・台南の会場のひとつである絶対空間(Absolute Space for the Arts)は、地域社会のなかで現代美術がどのような力を持ちえるかを意欲的に探っており、とても興味深い。
注目の台北ビエンナーレ2020
こうした台湾文化のクロスオーバーを全知覚で体感できそうなのが、11月21日~2021年3月14日に開催予定の台北ビエンナーレ2020だ。哲学者・社会学者・科学人類学者のブルーノ・ラトゥールと、インディペンデント・キュレーターのマーティン・ギナール=テリンが共同キュレーターとして招かれ、地政的(Geo-political)および地史的(Geo-historical)なテーマを命題とし、アートや学術、地球的な行動様式を通して「土地」──台北市立美術館の足元について考えるという。参加予定の台湾アーティストは、武玉玲(アリュアーイ・プリダン)、張永達(ジャン・ヨンダー)、陳瀅如(チェン・インルー)、黃海欣(ホアン・ハイシン)、蘇郁心(スー・ユーシン)、姚瑞中(ヤオ・レイヅォン)と、若手からベテランまで幅広いジャンルの作家たちの名が挙がっている。
覇権主義や世界的な感染症、温暖化などの危機を次々と迎えるなか、歴史のレイヤーと伝統と先進性が複雑な陰影を描く台湾で、創作とはいかなる力を持つのか。きっと特別な観賞体験になるに違いない。