担当キュレーターに聞く、大回顧展「田名網敬一 記憶の冒険」の見どころと魅力
2024年8月9日にこの世を去った田名網敬一。折しも現在、11月11日まで、国立新美術館で田名網敬一の初めてとなる大規模な回顧展「田名網敬一 記憶の冒険」が開催中だ。そこで、多くの注目を集めている同展について、田名網敬一の業績を振り返りながら、展示内容や鑑賞のポイントなどを、同展担当キュレーター・小野寺奈津(国立新美術館・特定研究員)に聞いた。
オリジナリティの源泉「記憶」をテーマにした大回顧展
──本展は田名網さんにとっての初めての大規模回顧展となります。展覧会名は田名網さんご自身が考案されたそうですが、「記憶の冒険」とされたのは、どのような意図があったのでしょうか?
田名網さんにとって、「記憶」は作品制作での重要なテーマであり続けました。過去の個展などでも「記憶」というキーワードは使われていましたが、今回「記憶の冒険」と名付けたのは、私たちが田名網さんの60年以上にわたる活動をまとめあげた展示空間のなかに入り込み、その膨大な記憶の中を追体験することを、一種の「冒険」のように考えてお決めになったのだと思います。
──展示室に入ると、ぎっしりと作品が詰め込まれ、まるで田名網さんの脳内を投影したかのような濃密な空間に圧倒されました。会場構成も田名網さんのご意向が色濃く反映されていたのでしょうか?
その通りです。基本的には田名網さんからご提案いただいたアイデアをもとに構成しました。田名網さんは“空白恐怖症”のようなところがあり、何かを埋め尽くしたい衝動があったようです。所狭しと作品が配置された展示室は、まるで生き物のようなイメージを抱かれるかもしれません。また、ご自身のイラストレーションを拡大したイメージで装飾した1章の展示室の壁紙もぜひご注目ください。
──ところで、田名網さんにとって、「記憶」とはどのような存在だったのでしょうか?
田名網さんは、いつも「何か過去に置いてきてしまっているような感覚があって、それに立ち返らなければいけないけれど、それが何なのかがわからない」と感じることがあったようで、記憶を探っていくことが、ご自身の内面を深く探求することにつながっていました。
──つまり、田名網さんにとっては、作品制作が過去を検証するプロセスの一部だったわけですね。
そうだと思います。また、田名網さんは記憶を“無意識的に変化している存在”であるととらえていました。私たちの記憶は曖昧なもので、例えば、自分自身はその時の情景を脳裏に焼き付いて離れないようなリアルなイメージとして覚えていたとしても、ほかの人に話してみたら、まったくの記憶違いだった……という経験は誰もが一度は経験していると思います。田名網さんには「金魚」や「松」といった、記憶をもとに繰り返し描いてきた重要なモチーフがいくつかありましたが、時とともにその描かれ方がどんどん変化していったのは、田名網さんの脳内で記憶が変わり続けていったからなのかもしれません。