2016.9.16

海と山が舞台、茨城県北芸術祭開幕レポート【海編】

関東北部に位置する茨城県の中でも自然に恵まれた県北6市町(北茨城市、大子町、高萩市、日立市、常陸太田市、常陸大宮市)を舞台に、アートと科学技術の芸術祭「KENEPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」が、9月17日より開幕する。森美術館館長の南條史生が総合ディレクターを務める本芸術祭では、85組のアーティストにより、100を超えるプロジェクトが展開されている。その見どころを「海編」「山編」に分けてレポート。前編では、「海」エリアの日立市・北茨城市・高萩市から、注目の作品を紹介する。

中崎透 看板屋なかざき 2016
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日立駅では、駅舎の窓をカラフルに彩ったダニエル・ビュレンによるインスタレーション《回廊の中で:この場所のための4つの虹─KENPOKU ART 2016のために》がお出迎え

都市に現れたビオトープ テア・マキパー《ノアのバス》(日立市:日立シビックセンター)

「ノアの箱舟」をから着想を得て制作されたという、テア・マキパー《ノアのバス》の展示風景。「山行き」と表示されたバスの内部は、動植物が共生する空間だ 

日立駅前のシビックセンターに、一台の古びたバスが停まっている。このバスを「ビオトープ(生物生息空間)」に変容させたのがフィンランドのアーティスト、テア・マキパーだ。《ノアのバス》と名付けられたこの作品では、日立市に自生する多種多様な植物とともに、ウサギ、ロシアリクガメ、モルモット、セキセイインコやレースポーリッシュ(ニワトリの一種)などが生息しており、自然との共生とは何かを訴えかけている。

目を奪われる、ウランガラスの輝き 米谷健+ジュリア《クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会》(日立市:日立シビックセンター)

米谷健+ジュリア《クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会》の展示風景。同スペースにて、福島第一原子力発電所事故によって放射能汚染の影響を受けたヤマトシジミの羽を使った《3つの願い》も展示

シビックセンターの地下に降りると、暗い空間に怪しく光るシャンデリアと出会うことができる。この緑色に輝くシャンデリアを構成するのは、人体に無害なウランガラス。かつて食器や日用雑貨などに使用されていたウランガラスは、核燃料にも使われるウランを極微量加えることで着色されている。米谷健+ジュリアはその性質を生かし、世界各国の原子力発電量に大きさが比例したシャンデリアをつくりだした。美しさとともに、批評性を感じさせる大作。

鮮やかに語りかけるライトボックス看板 中崎透《看板屋なかざき》(日立市:常陸多賀駅前商店街[多賀パルコ])

中崎透《看板屋なかざき》の展示風景。階上では、致命を英語表記したシリーズや、周辺地域で見つけた飲食店名を題材にしたシリーズも展示されている

常陸多賀駅前商店街では、茨城県出身の中崎透が地元に根付いたインスタレーションを展開する。色とりどりのポップなライトボックス看板に書かれた「水府」や「美和」「金砂郷」とは、市町村合併によって失われたものを含む地名の数々。すべての看板を中崎自身が作成した。夜は色ガラス越しに光る看板たちは、土地の記憶を道行く人々に語りかける。

ニットに包まれた街 力石咲《ニット・インベーダー in 常陸多賀》(日立市:常陸多賀駅前商店街[旧銀行])

力石咲《ニット・インベーダー in 常陸多賀》の展示風景。巨大な編み機は人が近づくと可動する。作品を探しながら街なかを歩くのも楽しい

ニットクリエイターとして、公共空間にニットを使った作品を展開してきた力石咲。今回のプロジェクトでは、「常陸多賀駅前商店街全体をニットで包む」ことを試みている。街のあちこちに見られる、ニットで編みくるまれた街灯や街路樹は、ワークショップで市民とともに制作したもの。作品は会期中にも拡張を続けていく。銀行跡地では巨大な編み機を展示している。

パワースポットに「オーロラ」が出現 森山茜《杜の蜃気楼》(日立市:御岩神社)

森山茜《杜の蜃気楼》の展示風景。太陽の光や風で色や形を変化させる。作家によれば、鑑賞におすすめの時間帯は14時頃

常陸最古の霊山であり、樹齢500年の県指定天然記念物である「三本杉」が厳かに迎えてくれる御岩神社。ここでは繊細な支持体を使った森山茜の作品に注目したい。澄んだ空気の杉林の中に突如として現れる巨大インスタレーションは、20×20cmの「オーロラフィルム」6000枚で構成。山を吹き降ろす風がフィルムを揺らし、きらびやかな色彩を放っている。「御岩神社の歴史や生態系にスケール感を覚えて、直感的に展示場所を選んだ」と森山は語る。

また、境内にある斎神社では、岡村美紀が手がけた、県北地域をモチーフとした天井画《御岩山雲龍図》が展示されている。

チームラボが天心と出会った。 チームラボ(北茨城市:茨城県天心記念五浦美術館)

チームラボ《世界はこんなにもやさしく、うつくしい》の展示風景。鑑賞者の動きに連動して作品が変化する

茨城県五浦に六角堂や邸宅を建て、活動の拠点とした近代日本画の立役者、岡倉天心。その天心を顕彰する茨城県天心記念五浦美術館では、チームラボの新旧8作品を見ることができる。「和の美学」をテーマにした今回は、お茶を点てると中に花が咲く茶室のインスタレーション《小きものの中にある無限の宇宙に咲く花々》や、鑑賞者の影が文字に触れると、その文字がビジュアルに変わる巨大作品《世界はこんなにもやさしく、うつくしい 》などを展示。

11×11メートルの空!? イリヤ&エミリア・カバコフ《落ちてきた空》(高萩市:高戸海岸[前浜])

イリヤ&エミリア・カバコフ《落ちてきた空》の展示風景。同会場にはニティパク・サムセンによるテトラポッドをモチーフとした作品も

日本の渚百選にも選ばれた高戸海岸に、突如として現れる青空。砂浜に突き刺さっている「空のかけら」は、架空の物語に基づいてつくられたものだ。イリヤ&エミリア・カバコフの代表作ともいえる《落ちてきた空》は、今回11年ぶりに再制作されて茨城県北芸術祭に登場した。「あくまで自然に砂浜に刺さっていること」。これがアーティストたちの狙いであり、砂浜に出現した青空は鑑賞者に新しい視点を与えてくれる。

後編では、常陸太田市、常陸大宮市、大子町の「山」エリアの作品を紹介する。