アーティストに必要なのは継続的支援。活動ステージにあわせて「伴走」する三菱商事アート・ゲート・プログラムの新たな役割
2008年よりスタートした「三菱商事アート・ゲート・プログラム(MCAGP)」が2021年に大きくリニューアルし、2022年2月に中間活動報告会がオンラインで実施された。佐々木類、檜皮一彦、持田敦子という3名のミッドキャリアのアーティストをはじめ、若手アーティスト、学生、という3つの活動ステージにあわせた独自のアーティスト支援を行うこのプログラムが担う役割とは?
三菱商事株式会社は「インクルーシブ社会の実現」「次世代の育成・自立」「環境の保全」という3つの軸に沿った社会貢献活動(CSR)を展開しており、「三菱商事アート・ゲート・プログラム」は、「次世代の育成・自立」に沿った施策として2008年より展開してきた。これまでの実績を踏まえて一区切りとし、アーティストからニーズと支援の変化が求められるなか、数々のアート・アワードやレクチャーの企画運営に携わるアーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]をプログラムアドバイザーに招き、2021年にプログラムの進化を目指して大幅にリニューアルされた。
まずアーティストの異なる3つのキャリアステージに応じ、資金援助のみではなくメンタリングや学びの機会を取り入れることによって、アーティストの成長を積極的にサポートする骨子が決まった。すでにアーティスト活動を続け、一定の評価を得ているミッドキャリアのアーティスト3名を対象とする「アクティベーション」。支援金400万円に加え、横浜美術館館長の蔵屋美香、ミュージシャン・ラジオナビゲーターとして文化芸術を幅広くサポートするグローバー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授で批評家の毛利嘉孝をメンターに迎え、リサーチや活動に関するメンタリングが行われる。その期間は選考から2年に及び、ミッドキャリアのアーティストが様々な事情から着手することが容易でなかった大型プロジェクトを発表して次のステージへと向かうための重要なサポート期間となる。
次の「ブレイクスルー」は、大学などの高等教育機関を卒業・修了してからの活動歴が概ね5年以内のアーティスト6名を対象とする。支援金150万円とキュレーターを中心とした選考員によるメンタリング、国内外からゲストを招いたレクチャーやコンセプトの掘り下げについてのディスカッションなどラーニングの機会を設け、支援期間である2年目の後半には展覧会の開催を予定している。もうひとつの「スカラシップ」は、大学や専門学校の芸術文化分野に在学中で、更なる勉学のきっかけとしたり、まずは展覧会や公募を通して作品を発表する場を経験したりすることで、ゆくゆくはアーティストとして自立した活動を希望する学生20名を対象に、奨学金50万円と交流会の実施などで1年間の支援を行う。
AITディレクター・塩見有子が語るアーティストの声から生まれたプログラムの意図
2021年9月に「アクティベーション」の佐々木類、檜皮一彦、持田敦子の3名ほか、「ブレイクスルー」の6名(組)を選出。そして今年3月に中間活動報告「2021-2022 MCAGP EXCHANGE」が期間限定でYouTube配信され、蔵屋美香と檜皮一彦、グローバーと佐々木類、毛利嘉孝と持田敦子という3組が、それぞれこれまでの活動と制作プラン案を発表するなど、今後の展開がプログラム関係者たちによって共有された。その様子はメンターとの対談としてウェブサイトのアーティスト活動報告ページに動画として掲載されている。またブレイクスルーのアーティスト6名(組)による1年目を終えての活動報告もインタビューとして同ページに掲載中だ。三菱商事の担当者と議論を重ね、3つの活動ステージに沿うリニューアルに至った経緯をプログラムアドバイザーを務めるAITのディレクター、塩見有子は次のように語る。
「もともと、三菱商事アート・ゲート・プログラムには『スカラシップ』に該当する奨学金制度があり、それは学生が社会との接点をもち、制作を継続できる有意義な取り組みなので、リニューアル時も残すことを最初に決め、それから大学を卒業したあとのアーティストたちにとってどのような支援内容が必要なのかリサーチしました。例えば若手アーティストにとっては、卒業後のスタジオや展覧会の機会などハードとしての場を提供する支援プログラムは他にも存在します。しかし、建設的な批評を受けたり、仲間と議論したり、ネットワークを広げる機会を求めるアーティストの声を聞き、また実際にそれを補う支援プログラムが多くないこともわかってきました。そこで、そうした創作の根幹となる思考を磨き、実験的な研究をしてあれこれ試す時間を許容するプログラムができないか議論を始めました。同時に、自分の作品を美術史や広くは世界の様々な有様と文脈付け、それを言語化して発信する、プレゼンテーションの鍛錬の場にもしたいと思いました」。
「アクティベーション」においては、2年間で400万円という支援金を自身の成長のために活用する機会が与えられる。これまでの作品や活動から支援期間で試みたい内容をメンターにプレゼンし、メンタリングという「伴走」の機会を通じてビジョンを共有し、時に変化させ、アドバイスを受けながら活動を続ける。塩見はリニューアル時の重要なポイントを説明する。
「多くの支援プログラムは、期間終了時の展覧会開催などで成果を求めますが、三菱商事アート・ゲート・プログラムはあくまでも若手の育成と自立支援に重きを置いているので、アーティストによって目標が必ずしも同じ地点である必要はありません。例えば、持田敦子さんは、これまで手がけたインスタレーションの背景に課題意識を持ちつつ、自身が住む場所で代表作と呼べるようなプロジェクト、今後海外に展開するときにも紹介できるような試みを、まとまった2年という期間と資金をもとに挑戦しています。展覧会だけに収斂させずプロセスを開示しながらオープンエンドな表現形態にすることで、ミッドキャリアのアーティストにとって今後の活動に新たな視座をもつような挑戦を支援できるのは非常に重要だと思います。支援としては2年で終わっても、創作活動はこれからも長く続くからです」。
アーティストとしての重要な転換点をつくるための2年:持田敦子
中間活動報告から1週間ほど経ち、毛利嘉孝による持田敦子へのメンタリングをオンラインで取材した。
これまでに、既存の居住空間に壁や階段を設置したり、あるいは家そのものを回転させたり浮かせたりすることで、日常空間の歪みを表出し、生活レベルの常識の転覆を試みるような建築規模の作品を制作してきた持田敦子。長野県飯田市に転居した彼女は、中心市街地である飯田城跡の丘を見上げた急峻な崖と、そこに並ぶ民家と出会い、初見で圧倒されたことから制作のイメージが湧いたという。
毛利との1時間ほどに及ぶメンタリングでは、持田がスライドショーにまとめたプレゼン資料を準備。作品化する予定の廃墟となっていた民家の立地を説明し、「豊かな解体」をキーワードに、より良い壊し方を考察したうえで「つくる・壊す」が一体となった作品を制作するプランを発表した。最終的につくり出すフォルムについては考察中としながらも、崖の下から見上げた廃屋が透明な壁を持ち、スケルトン状になるプランや、3軒が連なった長屋という建物の特性を活かし、その3軒分の空間内の干渉が起こるような解体と制作が行われるプランを提示した。
「立地と建物が魅力的だし、すでにワクワクさせるプランになっていますね」「解体のプロセスをスローで行なって、どこかの段階でポーズボタンを押して造形的な裏側を見せる展示期間にするんですか?」「期間限定で飯田市のその場所に来ないと見られない作品だから、ドキュメンテーションが大事ですね」。持田のプランを聞きながら、毛利からは的確な感想や質問が次々と放たれる。
「率直な意見を制作段階でいただけるのがとてもありがたいです」と持田は話す。「大学院までは先生などから色々とご意見をいただけましたが、院を出たあとは展覧会以外でなかなかそういう機会がなくて、とくに批判的な助言などはいただきづらくなってしまうので、メンターとのきちんとした関係性のもとでご意見をいただけるのは貴重です」。
メンタリングには、家屋の管理者をはじめ持田が解体作業を依頼する予定の解体業者やアドバイザーとなる建築家らも参加。通常であれば、短期間にまとめて解体作業を行なう方が費用を抑えられるが、持田のプランに刺激を受けた解体業者から、仕事の空いたタイミングで断続的に解体を請け負う可能性も言及された。そうすると毛利が提案したように、解体過程のどこかの段階で建物を公開し、近隣の住人らと「豊かな解体」のプロセスを共有することも可能になる。
「家を普通に解体するだけでもお金は百万単位でかかります。そこに今回のような支援で資金を投じれば、全解体までは無理だとしても、『つくる・壊す』が一体となった作品制作をすることである程度までは解体を進めることができます。丁寧なプロセスを経て、建物の来歴や地域との関係を知りながら、意義ある解体にすることができるのではないか。今回成功させれば「豊かな解体」という制作活動のプロトタイプとなるので、違う立地環境や社会状況に建てられた解体予定の建物に対して、同じような考え方で対峙できるはずだと思っています」。
メンターとして一番役に立つのは「周辺の部分」:毛利嘉孝
メンターを務める毛利にも話を聞いた。東京藝大の大学院で指導に携わる毛利にとって、すでに一定の評価を得ているアーティストのメンタリングには、大学院での指導とどのような違いがあるのだろうか。
「これまでにも持田さんの作品展示に学生を連れて行き、学生たちに対して持田さんに話してもらったことがあります。すでにある程度実績のあるアーティストなので、上から何かを指導するというより、イーブンな関係で意見や感想を伝えたいと思っています。私は藝大で教えていますがアーティストではないので、持田さんの制作に対して自分の専門である社会学の視点を持った批評を行ない、持田さんがその批評に答えることで連続的な会話が生まれる、そういうインタラクションが生まれるといいですね。公開された展覧会を批評することはありますが、構想段階や制作過程で批評する機会はないので、不思議な経験であり私にとっても刺激的です」。
ミッドキャリアのアーティストを対象とする三菱商事アート・ゲート・プログラムには、また特別な意義がある。従来のアート・アワードであれば、優秀なアーティストを選考し、パーティーが開催され、活動を支援する資金が授与され、一定期間をおいて制作された作品がお披露目されるのが一般的な流れだ。しかし三菱商事アート・ゲート・プログラムにおいては、キュレーター、ミュージシャン、批評家という異なる背景のメンターがアーティストに伴走し、選出の瞬間ではなく選出後に重要な期間がスタートする。それは、例えば海外への一歩を踏み出すことだったり、これまでとはスケールの異なる作品制作に取り掛かるきっかけとなったり、アーティスト活動の継続に対して大きな影響を及ぼす期間となるからだ。
「私がメンターとして一番役に立てるのは、周辺の部分だと思うんです。『周辺』とは、例えば、持田さんのプロジェクトをどのようにドキュメンテーションして、どのように見せるか。もし海外に持っていくのなら、どういう場所でどういうプレゼンテーションを行うのがいいのか。そういうアドバイスは、私のような少し領域の違う立場の人間が役に立つ部分だと思っています。彼女の作品はあの飯田市のロケーションで成立するサイトスペシフィックなものだから、国内外を問わずどこかに持っていくことはできないけど、ドキュメンテーションによって、美術に留まらず都市社会学や建築など色々な文脈で意義を持つプロジェクトになるはずなので、その部分でお手伝いしたいですね」。
同じく「アクティベーション」で選出された佐々木類と檜皮一彦も、メンターらとともに次のステージを目指して意欲的に活動に取り組んでいる。それは「ブレイクスルー」の6名(組)、「スカラシップ」の20名も同様だ。「次世代の育成・自立」の一環としてリニューアルされた、独自のアーティスト支援「三菱商事アート・ゲート・プログラム」。これまでの日本にはなかった継続的な支援とメンタリングという独自のシステムを備えて走りだしたこのプログラムの展開を、今後も注視していきたい。