【今月の1冊】トルボットが描いた世界初の写真集『自然の鉛筆』
『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本の中から注目したい作品をピックアップ。毎月、図録やエッセイ、写真集など、さまざまな書籍を紹介。2016年4月号では、初期写真技術であるカロタイプの発明者ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボットによる世界初の写真集『自然の鉛筆』を取り上げた。
ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット 著『自然の鉛筆』 絵から画へ
1830年代後半から40年代前半に相次いで発表された初期写真術──ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールのダゲレオタイプ、ジョン・ハーシェルのサイアノタイプ、そしてウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット(1800〜77)のカロタイプ。本書は、未だ「幼年期」にあったカロタイプを使用してトルボット自らが1844年から46年にかけて制作・出版した世界初の写真集『自然の鉛筆(The Pencil of Nature)』全6巻の邦訳完全版である。
発表時期を見れば、たしかにトルボットはダゲールに一歩後れを取ったかもしれないが、カロタイプの画期性はネガ・ポジ法の採用によってプリントの複製を初めて可能にした点にある。しかし、それは皮肉にも「写真は芸術か」という命題を生み出すこととなった(ラスキンやボードレールの写真批判を思い出されよ)。なるほど「フォトジェニック・ドローイング」という呼称は、写真術が最初ドローイングの一種だったことを示唆しており、トルボットの提示する画像には絵画的作法がはっきりと認められる。また、彼は18世紀に自然の見方を定式化した美的範疇「ピクチャレスク」にも精通していた(例えば、図版Ⅵ《開いた扉》のテクストや、XV《ウィルトシャー州レイコック・アビー》の構図は、1790年代の言説への親近性をうかがわせる)。
このようにトルボットの時代には、写真はまだ自律的な芸術としての地位を確立しておらず、したがって「フォトジェニック」は当初「光の化学作用によって生じる」という技術的・内在的意味しか持たなかった。それが芸術的意味を獲得するのは、ストレート・フォトグラフィがピクトリアリズム(絵画主義)に取って代わった1910年代のアメリカにおいてである──ようやく写真は絵画の呪縛を解かれ、フォトジェニック(=画になる)はピクチャレスク(=絵になる)の対等かつ正式な後継者となった。その影響は大衆社会にまで波及していく。つまり、世界を見る眼の規範が「絵画」から「画像」へ転換された結果、今では消費を前提に全てが「画になる」。
さすがのトルボットもデジタル時代の複製までは予測できなかっただろうが、それでも彼は本書を通じて写真術が後世の芸術・視覚文化にとって革新的な「技術(アート)」であることをすでに予言していた。加えて、本書に収録された芸術家・研究者らによる多様な論考は、トルボットや写真術への理解をよりいっそう深めるのに役立つだけでなく、高度情報化社会や現代美術と写真との関係を考えるための豊かなヒントを与えてくれる。
(『美術手帖』2016年4月号「BOOK」より)