「キュレーターが語る美術館建築」ひとりになれる建築:豊田市美術館
著名建築家が手がける美術館建築の魅力を、その内部を知り尽くす学芸員の目線で語ってもらう「キュレーターが語る美術館建築」。今回は、谷口吉生が設計した豊田市美術館(1995年開館)を能勢陽子が語る。
本シリーズは、建築史家や批評家ではなく、美術館を使う側の視点から建築について語ろうというものである。筆者は、美術館建築の名手といわれる谷口吉生の設計による豊田市美術館の空間で、学芸員として多くの時間を過ごしてきた。豊田市美術館には、展覧会の内容に関わらず、年間を通して建築関係者や建築愛好者の来館が多い。なぜそれがわかるかというと、見ているところが違うのである。彼らは、手摺や自動ドアの収まりを覗き込んだり、採光天井を見上げたり、ときには壁を叩いてみたりする。日本の大学では機械工学を専攻し、アメリカの大学院で本格的に建築を学んだ谷口の手による美術館には、余分なものを排して細部がきっちりと収められた、すっと背筋の伸びるような緊張感がある。ミニマリズムと機能性が融合したその建築は、しかし堅苦しい印象を与えることはなく、洗練された軽やかさに満ちている。展示室は、建築の個性が強くなればなるほど避けられない構造的な制約から逃れた、無私の空間である。谷口の美術館は、作品の最良の器として、その色や形、素材を一層際立たせるのである。
常設展示室と企画展示室
これまで豊田市美術館で企画してきた展覧会は、どれも谷口による空間ありきで構想してきた。まず、天井が低くやや薄暗いエントランスに入り、1階の企画展示室を観た後、光あふれる大階段に導かれるように2階に上がる。そこには、床が大理石で覆われた、真っ白で巨大な展示室がある。これまで多くの作家たちが、このおよそ10メートル四方の展示室で、空間一杯に作品を展開したり、もしくはその広がりに溶け込むような小さくささやかな作品を設置したりしてきた。館内にいても屋外の太陽や雲の動きが感じられるほどふんだんに自然光が入り込むその展示室は、空間の座標軸となる床の目地や手摺が極力抑えられているため、重力から逃れたふわりと軽やかな空間に感じられる。光とともに刻一刻と姿を変えるその空間のなかでその都度違う表情を観せる作品に、ハッとさせられることがたびたびあった。
階段を上がって渡り廊下を通り、三方を乳白色のガラスに囲われた光あふれる展示室を抜け、光の遮断された展示室を過ぎると、再び光あふれる吹き抜け空間に出る。光の変化のシークエンスを味わいながら、大きさや素材がそれぞれ異なる展示室を巡る。次の展示室へ行くには、必ず階段を上がり、細い通路を通って、傾斜のあるスロープを歩き、また階段を降りる。その途上では、踊り場や開口部から先ほどまでいた場所を見下ろし、窓から庭や市街の光景が開けてくる。この身体の動きとともに新たに開けてくる視界が、その都度気分を刷新するのである。