2021.11.30

日本美術の本質に出会える場所
ポルトムインターナショナル北海道

新千歳空港国際線ターミナルに直結する、「ポルトム インターナショナル 北海道」。浮世絵から現代工芸まで、アートに囲まれながら滞在できるホテルの魅力を紹介する。

文=編集部 撮影=伊藤留美子

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日本美術を設えた空港内ホテル

 2020年2月にオープンしたポルトム インターナショナル 北海道は、新千歳空港の国際線に直結し、国内線からも徒歩約10分でアクセスできる利便性の高い立地にある。飛行機の乗り継ぎ待機のあいだに利用されることが多いトランジット型ホテルでありながら、館内に一歩足を踏み入れると、浮世絵、禅画、水墨画、工芸品、さらに現代作家によるインスタレーションまで、多様な日本の文化の表現にあふれた、長期滞在にも最適な施設といえる。

 北海道の玄関口であると同時に、日本の入り口でもある同空港はとくに国外からの旅行者も数多く往来するところ。そうした空港内のホテルで、まずは日本の文化にふれてその真髄を知ってほしいという志のもと、館内には多数の美術品が散りばめられている。

ロビ―ラウンジを飾る蠣崎波響「夷酋列像」

 ロビ―ラウンジでは、左官職人の久住有生による雄大な土壁のアートワークとともに、アイヌ民族の肖像画「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」(複製、11枚)が出迎えてくれる。作者の蠣崎波響(かきざきはきょう、1764〜1826)は、寛政元(1789)年蝦夷地東部でのアイヌ民族の蜂起に際し、その終息に尽力した蝦夷の酋長。松前藩家老でありながら、幼少期より江戸にて宋紫石や円山応挙に師事し絵を学び、藩主の命を受け12名のアイヌの指導者の姿を描いた。

 同作は、当時江戸や京都で大きな反響を得たという。その後一時所在不明となったが、1984年にフランスで発見され、現在はブザンソン美術考古学博物館で所蔵されている。

蠣崎波響「夷酋列像」より

江戸時代の文化に彩られたゲストサロン

  宿泊者専用のゲストサロンは、江戸時代の絵師たちによる作品が並ぶ華やかな空間だ。なかでも目を引くのは中村芳中(生年不明〜1819)による《十二ヶ月花卉図押絵貼屏風》である。

中村芳中による《十二ヶ月花卉図押絵貼屏風》

 芳中は、江戸後期に大阪を中心に活躍した琳派の絵師。尾形光琳に触発され、たらし込み技法を用いた草花図を描き、広く親しまれた。本作は、琳派を意識して描いた作品のなかでも数少ない大型の屏風だという。金地の屏風に、おおらかで丸みを帯びた曲線で四季の草花が愛らしく描かれており、柔からな空気感を生み出している。

 また江戸中期に活躍した「奇想の画家」として人気の高い京都の伊藤若冲(1716〜1800)、禅僧で「達磨図」を多数描いた江戸の白隠慧鶴(はくいんえかく、1685〜1768)の水墨画も多数所蔵されており、両者の作品が季節ごとに入れ替えながら展示されている。

ゲストサロンに飾られた、伊藤若冲の掛け軸。左から《石畳に鶏》《松に亀図》《屋根に鶏図》

 若冲の《石畳に鶏》は、片脚でバランスを取るような雄鶏の姿が描かれた作品。淡墨の点描で表された石畳の表現がユニークだ。《松に亀図》は、刷毛目を生かした濃墨による松葉の描写とは対照的に、淡い墨でやわらかく描かれた親子亀の様子がユーモラスで微笑ましい。甲羅の模様は、若冲得意の筋目描きによって巧みに表現されている。いずれも《動植綵絵》など生き生きとした動植物を精緻に描き、とくに鶏を得意とした若冲の作風をよく伝えるものだ。また《伏見人形図》のようなかわいらしさとユーモアを兼ね備えた作品も所蔵されており、何が展示されるかも滞在の楽しみのひとつだろう。

ゲストサロンには相撲図や美人画を描いた大画面による浮世絵も多数壁面に並ぶ

 加えて室内の壁を飾るのは、歌川広重や国綱、国貞による浮世絵群だ。大判サイズ(39×26.5cm)の紙を複数枚並べた「続き絵」の形式によるワイドな大画面で、相撲図や美人画など親しみやすい絵柄と色鮮やかな画面はいつまでも眺め飽きることがない。また漆やガラスに微細な細工を施した櫛や印籠などの工芸品や有田焼といった焼物も展示されており、時間を気にせずに多数の作品をじっくり味わうことができるのも、ホテルならではの体験だろう。 

ゲストサロンの室内風景

至極の美術品が揃うスイートルーム

 日本美術の本質が凝縮されているとも言えるのが、数寄屋、禅、琳派といったテーマを設けたスイートルームだ。白木を用い茶室空間を思わせる燐とした空間の数寄屋スイートには、江戸時代の作を中心に、螺鈿硯箱や扇面散図屏風が並んでいる。

琳派スイートの室内風景

 いっぽう琳派スイートを彩るのは《雅楽図》や鮮やかな牡丹の刺繍を贅沢に施した着物、金箔地に赤白の菊がリズミカルに配された《菊図六曲屏風》など。さらに天平時代の法隆寺伝来の百万塔や2〜3世紀のガンダーラレリーフ、仙厓義梵の《墨竹図》といった仏教美術に囲まれた禅スイートと、それぞれの趣旨に沿って調度品や骨董品の数々が納められ、まさに美術館に宿泊するような体験が待っている。

琳派スイート内に飾られた北斎漫画

  またすべての客室に異なる北斎漫画が飾られているのも大きな特徴のひとつ。お気に入りの1枚と出会える機会を求めて宿泊するのも本ホテルの醍醐味だ。

伝統と現代作家たちの競演

茶室「清風庵」。手前に並ぶのが辻村史朗の壺

 館内には歴史的な名品だけだけでなく、伝統的な技法をいまに継ぐ現代作家によるしつらえも多数見られる。ロビーフロアの一角に広がる茶の湯の間。数寄屋造りの「清風庵」が建つこの設計を手掛けたのは建築家の三井嶺。「茶室のなかだけでなく、周辺の景色や動線も含めて心地いい空間にしなければ茶の湯の本質を見失ってしまう」という考えから、茶室内に至るまでの一連の動作も追体験できるように、茅葺屋根を備えた茶室と露地からなる空間を再現。監修は数寄屋建築や茶室設計の第一人者である中村昌生に依頼した。

 茶室の前には、世界各地で高い評価を得る陶芸家・辻村史朗の壺が配され、日常空間と伝統的な和の世界をつなぐ架け橋となっている。事前予約をすれば、本格的な茶室空間で抹茶と和菓子を楽しめるそうだ。朝、昼、夜の時間に合わせて照明も変化する空間でゆっくりと過ごせるのは滞在の大きな楽しみのひとつだろう。

アートガーデンを彩る、植物染めによるインスタレーション「夏から秋」

 ホテルの5階から8階までを貫く広大な吹き抜け空間「アートガーデン」には、巨大な絹布が連なるインスタレーション作品が展開されている。日本古来の染色技法「植物染め」を用いた本作は江戸時代から続く京都の老舗「染司よしおか」(5代目故・吉岡幸雄、6代目吉岡更紗)が手がけたものだ。

アートガーデンより、「冬から春」

 1枚幅120cm、長さ10mの巨大な絹布が、紫草の根、紅花の花びら、茜の根、刈安の葉と茎、団栗の実など、日本の四季を象徴する色で染められており、「冬から春」「夏から秋」の2作(計170点)で構成されている。空港内という構造上外光が取り入れにくいことから、四季を感じる開放感のあるシーンをつくりたい。そうした思いから、自然の風景の移り変わりを想像させる空間が誕生した。

日本美術を本来の姿で鑑賞する

 日本にもアートをテーマとした宿泊施設は複数あれども、これほどの古美術品を各部屋に配したホテルは類を見ない。作品のセレクトには『和樂』の高木史郎編集長と、永青文庫の橋本麻里副館長がアートアドバイザーとして携わり、開業の何年も前から選定と収集を始めたという。故にその真正性は確かだろう。そもそも日本の美術品は屋敷内の床の間や、寺院などの宗教空間などを飾るためにつくられたもの。また浮世絵も庶民に深く根ざし、日常の生活の一部を彩るものだった。

琳派スイートに設えられた工芸品の数々

 いまでこそ美術館のガラスケース越しに鑑賞されているが、本来は室内を豊かにするためにつくられた装飾芸術という側面がある。その点では、こうした鑑賞体験は理想的な、本来のあり方とも言えるだろう。

 ここから京都や奈良、金沢といった伝統文化がより色濃く残る地域へと足をのばそうという思いも湧いてくる。旅の出発地あるいは中継地としてのこのホテルで、本物の美術に囲まれた貴重な一時を過ごし、次の旅先を考える機会としてみてはいかがだろう。