2025.2.28

2026年春 高輪に開館する「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」とは何か

東京・高輪に誕生する新しい街「TAKANAWA GATEWAY CITY」に、2026年春に開館する複合文化施設「MoN Takanawa: The Museum of Narratives(モンタカナワ: ザミュージアムオブナラティブズ)」。開館準備室長を務める内田まほろに、JR東日本がこれほどの規模の文化施設をつくる理由と、施設として目指すものについて話を聞いた。

文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長) 撮影=畠中彩

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 東京・港区の高輪ゲートウェイ駅に直結した南北約1キロメートルに及ぶ開発プロジェクト「TAKANAWA GATEWAY CITY」が、2025年3月27日にまちびらきをする。その後、2026年春のグランドオープンの際に開館するのが複合文化施設「MoN Takanawa: The Museum of Narratives(以下、MoN Takanawa)」だ。

 外装デザインは隈研吾建築都市設計事務所が担当。延床面積は約2万9000平米を誇る、地上6階、地下3階の巨大施設だ。半年ごとにシーズンテーマを決め、館内をリンクさせるようにプログラムを実施するとともに、鉄道アセットを活用しながら、日本各地の伝統産業や歴史なども紹介。誰もが気軽にコンテンツの鑑賞や制作に参加できる場を用意する。

 本施設で実施するプログラムを企画運営する組織として生まれたのが、「一般財団法人JR東日本文化創造財団」だ。開館準備室長を務める内田まほろに、JR東日本がこれほどの規模の文化施設をつくる理由と、MoN Takanawaが目指すものについて話を聞いた。

「TAKANAWA GATEWAY CITY」

「MoN Takanawa」が目指すもの

──「MoN Takanawa」は「文化創造棟」を名乗っていますが、日本科学未来館で長くキュレーターを務めてきた内田さんが考える、文化創造のための施設とはどのようなものでしょうか。

内田まほろ 日本の文化施設は、その多くが公共施設として成り立ってきましたが、美術館、科学館、博物館とそれぞれの役割を担う施設として分化されています。個別の用途で分けられ、監督省庁も分けられて、結果的に人材の交流や知見の交換が不足した状態でここまで来てしまったように感じています。でも新しい文化を創造するためには、領域横断的な交流が不可欠です。これを踏まえたうえで、「MoN Takanawa」は本当の意味での領域横断的な新しい「ミュージアム」という概念を発信するものにしたいと考えています。

内田まほろ(「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」開館準備室長)

──「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」という名称に込めた思いについて聞かせていただければと思います。

 まず、「Museum」というのは、100年先に文化をつなぐために、非常に長い時間軸でものを考えている施設であることを宣言する言葉です。そして、単体のオブジェクトだけではなく、それぞれのオブジェクトが持つ背景や、それによって生まれる行動の変化、そういった行動を「物語性(ナラティブ)」ととらえ、集めていきたいと考えています。そして「Mon」には「門」という新しい扉を開くゲートという意味に加えて、多くの人に「問」いかけ、新しい発見に出会う場所という意味も込めています。

「MoN Takanawa」の完成イメージ

──高輪という土地に文化施設が生まれることも、大きな意味を持つように思えます。

 「TAKANAWA GATEWAY CITY」のプロジェクトが立ち上がるまでは、品川駅と田町駅の間というと広大な車両基地があり、どちらかというと文化のない場所ととらえられていた向きも多かったと思います。しかし、江戸時代までは東海道最初の宿場町である品川宿があり、江戸の入口である大木戸があった。参勤交代で全国から大名が来ていた歴史もあり、各宗派の寺社もたくさん残っています。本開発に際して、日本で初めて海の上を鉄道が走った歴史的遺構である「高輪築堤跡」も出土するなど、日本の歴史においても重要な、非常に豊かな文化があった場所です。高輪は、これからの時代を見据え、文化施設をつくるにはふさわしい土地だと感じています。

「TAKANAWA GATEWAY CITY」の高輪築堤第7橋梁部の再現展示完成イメージ

鉄道会社のポテンシャル

──非常に先進的かつ、先を見据えた文化の土壌をつくりあげようとする試みを、JR東日本という鉄道会社が取り組むというのは、とても新鮮ですね。

 事業主体のJR東日本は、鉄道という公共インフラを中心とした組織であり、そうした組織が「ミュージアム」を提案するというのは、日本の社会において新しく、また長期的な活動としても意義があるものではないでしょうか。私自身も期待していますし、みなさんにも期待してほしいです。

 じつはJR東日本グループは、文化的なことを本当にたくさんやってきた企業です。マーチエキュート神田万世橋内にある「JAPAN ART BRIDGE」や今回発掘された高輪築堤の保存活用といった文化施設もそうですし、上野駅では東京藝術大学との共創拠点「CREATIVE HUB UENO “es”」も整備している。東京駅では「東京ステーションギャラリー」を運営しています。「MoN Takanawa」が、こうしたJR東日本グループ全体の文化に対する姿勢における、象徴的な場所になることができればとも思っています。

 もちろん、本業の鉄道自体も文化としての可能性にあふれています。私は、この仕事に携わることになってから、JR東日本のすべての路線に乗り、各地を訪れました。関東、東北、上信越と、それぞれの土地には工芸から祭祀まで様々な伝統文化が根づいていますし、沿線には様々な美術館や博物館がある。こうしたインフラを持っていることは、文化的にも大変価値があることだと思います。「MoN Takanawa」を中心に、JR東日本全体をひとつのミュージアムとしてとらえる。私はそのくらいのポテンシャルがある企業だと考えています。

上野駅の「CREATIVE HUB UENO “es”」 

──「100年先に文化をつなぐ」というコンセプトも、インフラを長期的な目線で整備してきた鉄道会社ならではのものだと感じました。

 鉄道というインフラは、100年単位で存続してきたものです。おっしゃるとおり、鉄道事業を続けてきたJR東日本が100年先を見据えるというのは、ある意味では当たり前のことなんです。国宝としてはつくられた年代がもっとも新しい赤坂離宮でさえ、100年以上前の建造です。文化にとって、100年は長い時間の単位ではありません。

 一方で、SNSをはじめとしたインターネットにおける情報消費のスピードは増しています。美術館や博物館もかつてのように国が予算を補償してくれる状況ではなく、短期的な成果を求められるようになっている。それは、長く日本科学未来館に携わってきた経験からもよくわかっています。こうした社会の激しい動きのなかで、鉄道会社がしっかりと腰を据えて100年後を考えながら文化をつくっていくことに挑むというのは、大きな価値があるのではないでしょうか。

「MoN Takanawa」の完成イメージ

シーズンテーマとは何か

──半年ごとにシーズンテーマを設け、そのテーマに従って施設内で様々な企画を行うという方針にも新しさを感じます。

 シーズンごとにコンセプチュアルなテーマを設け、テーマにひもづけながら展覧会からパフォーマンスまで、あらゆるアクティビティをつなげていくという方針です。例えば「身体」をテーマにするのだったら、美術の文脈において身体がいかに表現されてきたのかという展覧会もできるし、同時に身体を補完していくサイエンスやテクノロジーを紹介することもできる。さらに、パフォーマンスとしてダンス、演劇、さらにはプロレスだってやっていいはずです。

 例えば、コンテンポラリー・ダンスやパフォーミング・アーツを専門とする場所でプロレスを開催したら反発があるでしょうし、科学館でギリシャ彫刻を並べることにも難しさが伴います。でも、「MoN Takanawa」なら、シーズンテーマを掲げて分野を横断することで、こうした領域の横断も可能だと思っています。魅力的なテーマを掲げることで、多彩な人々が集まってくる。そして他の分野にも興味を持つようになる。そんなサイクルを目指したいと思っています。

BOX1000の完成イメージ

──シーズンテーマはどのように決めていく予定ですか。

 初年度のシーズンテーマは私が舵取りをして決めましたが、今後は若い人たちに意見を出してもらいたいと思っていて、一緒にやりたいことをリストアップしています。10年ほどのスパンで、いま身の回りにある文化的な変化や、豊かさとは何かといったことを考えながらリストアップしています。年2回シーズンテーマを決めて10年が経つと20個のテーマが生まれますよね。これを続ければ、100年後には比類のない財産になっています。これを国内外の文化プロデューサーや事業者の方たちとコラボレーションしながらやっていくことで、文化創造の基盤になることができるはずです。

BOX300の完成イメージ

ビジネスパーソンにこそ見てほしい

──施設ではどのような方に、どのような経験をしてもらいたいですか。

 まずは若い世代ですね。10代や20代といったこれからの世代は、先ほどお話ししたような広範な領域に触れて行ったり来たりできる、そんな世界が当たり前だと思うんです。そういった要望にフィットする施設が日本では少ないのではないか、という印象があります。ヨーロッパの文化施設では、コンテンポラリーなものからクラシックなもの、さらにポップなものまでが一体となって体感できるものもありますが、日本においてもそういった需要の受け皿となる場所が必要だといつも感じていました。

 そして何より、現役のビジネスパーソンの人たちに来てほしいと思っています。いま、社会のエンジンになっている人たちですが、文化施設とは縁遠いことも多い。私がまだ本施設のアドバイザーだったころ、「MoN Takanawa」のターゲットについてJR東日本の方々に聞かれたことがあります。そこで私が提案したのが「いま、ここの会議室にいる人たちが喜んで来てくれる場所」というものでした。自分たちが社内で企画を考えるときに「MoN Takanawa」に足を運べば、何か新しいアイディアのヒントを得ることになったり、自分の発想の糧になったりする。そして、その体験を人に話したくなる。それこそが文化が生まれる場所なのではないでしょうか。

「MoN Takanawa」の1階エントランス

──文化を外から持ってくるのではなく、ここから文化を生もうとしているのですね。

 異なる業界ごとが接続するコンテンツづくりを徹底しようと思っています。各団体のスペシャリスト同士がコラボレーションする実験的な場所にもなるでしょう。また、テクノロジーを見せるということも重視しています。各コンテンツがいかに未来のテクノロジーにつながっているのかを可視化することで、未来の練習をする場所にしていきたいです。

 いま、SNSなどに顕著ですが、みんな自分の好きなものしか見なくなってしまっているんですよね。仕事も人間関係も島宇宙になってしまっているので、なんとかそこを開かなきゃいけない。これから、例えばメタバース空間でアバターをまとって生活するような未来が来るはずです。様々な人格を同時に持つような時代になったとき、いっぱいのチャンネルを持っていた方がより豊かですし、好きなときに選べることが価値ですよね。また、どこかで失敗しても、違う世界がある、ということも大切です。そういった横断的なものが減っているいま、「MoN Takanawa」に求められるものは多いのではないかと日々感じています。

「MoN Takanawa」の2階エントランス

文化創造のために求められる領域の横断

──「BOX1500」「BOX1000」「BOX300」と各平米数が名前になっている、用途を限定しない空間が用意されているのも施設の特徴ですよね

 地下の「BOX1000」のような巨大なライブスペースもすごいのですが、私が素晴らしいと思っているのは、この施設にはとにかく小さな余白がたくさんあることです。50平米ほどのスペースで屋台的なイベントをやるとこともできますし、レストラン横の大階段でレクチャーのミーティングや小規模なライブもできる。例えばパフォーマーが最初は小企画から始めて、やがてBOX300のようなスペースでパフォーマンスをやり、海外でも発表が出来るようになる。そんなナラティブが描けたらいいですね。

BOX1500の完成イメージ

──高輪ゲートウェイ駅という立地は、羽田空港や品川駅からも近く、また成田空港からの特急も品川駅にやってきます。また、2030年代には羽田空港アクセス線の開業も控えています。やはり海外からの来場者需要も見込んでいるのでしょうか。

 それはとても重視しています。国外からも足を運んでもらうとともに、国内で閉じるのではなく、海外との連携をしっかりやっていきたいと考えています。例えば、「MoN Takanawa」で発表した作家を海外巡回させたりすることで、アーティストが世界で活躍するために何か貢献できたらな、と。

 また、日本の伝統芸能や工芸が今後生き残るための道は、やはり海外にユーザーを増やすことが重要です。海外のファンを増やすみたいなことは、それこそ地方にもネットワークを持っている私たちの強みだと思います。

 ひとつの傘の下にあらゆる文化を包括して混ざり合い、本当の意味での文化創造を担う。そんな施設を目指して準備しています。2026年春の開業を、みなさまにはぜひ、期待して待っていただければ幸いです。