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2019.9.30

【武蔵野美術大学×高校生②】ものの見方を変えてみる。「デザイン思考」を学ぶ、山﨑和彦のワークショップ

美術・デザインに興味を持つ高校生に、美大とアートシーンやデザインの現場について様々な角度から知ってもらうための、武蔵野美術大学と『美術手帖』の共同企画第2弾。今年4月に開設された造形構想学部クリエイティブイノベーション学科の拠点となる市ヶ谷キャンパスにて、同学科教授の山﨑和彦が、共立女子中学高等学校の生徒たちを対象にワークショップを行った。

文=米津いつか

ワークショップ風景より 撮影=高見知香
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 美大予備校では夏期講習が行われる時期でもある8月2日、美術・デザイン教育にも定評のある共立女子中学高等学校の高校生8名、中学生1名の合計9名が、開設間もない武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスでのワークショップに参加した。講師を務めるのは、武蔵野美術大学にこの春に開設された、造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授の山﨑和彦。これまでに社会人向けのワークショップも数多く行っている。

 クリエイティブイノベーション学科の学生は、1〜2年次は小平市・鷹の台にあるキャンパスで造形の基礎をしっかり学び、3〜4年次はこの市ヶ谷キャンパスで過ごすことになる。本ワークショップ2週間前の7月18日、同キャンパス1階に「産学共創店舗」として無印良品との共創スペースであるMUJIcomがオープンし、学生や自治体、企業、地域との連携で生まれたものを店舗で販売するという、実践的な環境が用意されているのが特徴だ。

Part① 前提講義:「リフレーム」とは何か?

山﨑和彦教授 撮影=高見知香

 この日のテーマは「リフレーム=見方を変える」。新しい思考、従来にはない思考を育てるためのワークショップだ。「デザインは楽しく、社会の役に立つものなんです」という山﨑の一言からスタートした。

レクチャーの様子 撮影=高見知香

 はじめに、「リフレーム」についての簡単な講義が行われた。「リフレーム」とは「見方を変えること」。人は一度思い込んでしまうとなかなか発想の転換ができない。例えば目覚まし時計を描く場合、多くの人は、形状は丸か四角、文字盤はアナログなりデジタルなり、だいたい似たように描く。「目覚まし時計とはそういうものだ」という思い込みがあるのだ。しかし、「目を覚ます」という機能が果たせるのなら、針が止まっていて文字盤が動いていてもいいし、時間になったらエアコンが顔に冷たい風を当てるものでもいい。枕が急にジャンプするという発想もできる。見方を変える練習をすることで、いろいろな視点を持つことができるようにするのが、「リフレーミング」なのである。

 これに対し、日常的な観点で状況をとらえるのが、「フレーミング」だ。例えば眼鏡をつくるとき、なるべく軽い眼鏡にするというのが一般的な観点での考え方である。いっぽう「リフレーミング」は、新たな観点で、状況を捉えることだと山﨑は説明する。眼鏡に高いフィット感があれば、実際に多少の重さがあったとしても快適に感じることができる。快適さをどのように定義するかで観点が変わり、新しいデザインを提案することができるのである。

レクチャーを真剣に聞く生徒たち 撮影=高見知香

 また「リフレーミング」には、「意味のリフレーミング」と「状況のリフレーミング」の2つがある。ある状況に対する意味付けを変える「意味のリフレーミング」の例として、電車が遅れたときに残念な気持ちになるのではなく「大事故にあわずに済んでよかった」ととらえることや、使用していないときは壁にアートとして飾れるよう穴が空いている、イタリアの折りたたみテーブルがあげられた。また、意味は変えずに状況を変える「状況のリフレーミング」は、使う状況(=場所)を変えるというもの。いつも遅れる目覚まし時計を「遅れても大丈夫な休日用に使おう」と考える、などという転換だ。

和やかなレクチャーの様子 撮影=高見知香

Part② ワークショップ:お気に入りのものをリフレームする

課題1「これまでの人生で自分でつくったモノのなかで、気に入ったモノのスケッチを描いてみよう!」

 「リフレーミング」についての前提講義の後、生徒たちに最初の課題が提示された。描くのはこれまでの人生でつくったモノだけでなく、コトでもOK。スケッチとともに文章で説明を加えると良いというアドバイスも添えられ、ワークショップがスタートした。

スマホのダミーを発表した小野詩乃 撮影=高見知香

 高校3年生の小野詩乃は、母親から勉強するときはスマホを家族共用の充電ステーションに置いていくように言われている。でもやっぱりスマホが手元に欲しいので、ステーションに置くためのスマホのダミーをつくった。

 おこづかいが不足気味だという高校2年生の荒金祐衣は、数日前に募金箱をつくって家の中に設置した。また、ハトが好きで、ハトが道端にいると写真を撮っている。写真が溜まってきたので、現像して写真集をつくろうと思っているという。

木片について発表した日向野すみれ 撮影=高見知香

 高校1年生の日向野すみれは、小学校5〜6年生のときに、図工室に通って先生にもらった木片をひたすらやすりで磨いていたという。いまでも暇なときに触って、すべすべの感覚を楽しんでいる。

課題2「自分でつくったモノやコトをリフレーミングして、新しいアイデアのモノやコトのスケッチを描いてみよう!」

 次の課題では、課題1で書いたものからひとつ選んで、いよいよ「リフレーミング」を行う。

話し合いながら描く様子 撮影=高見知香

 課題1で、小学生のときに友達とつくったカレーが美味しかったと描いた中学3年生の細野今日子は、「カレーがもし冷たかったら、暑い夏でもぐいぐいいけちゃう。『カレーは飲み物』って誰かが言っていたが、本当に飲み物だったらどうなるんだろうと考えてみた」と、タピオカのような容器入りのカレードリンクを考案。「カレーも持ち運べる時代です」という名言に教室が沸いた。

課題3「リフレーミングした新しいアイデアのモノやコトのスケッチを、紙で立体の模型にしてみよう!」

紙で模型を制作する様子 撮影=高見知香

 最後の課題は、課題2で描いたものを紙を使って立体にするというもの。紙はとても簡単に扱えて、色をつけたりもできるため、短時間でのモデリングに適している。生徒たちにはできれば実寸で模型を作成することが望ましいと伝えられた。また、最後に行うプレゼンの方法として、誰が・どこで・どんなふうに使うと楽しくなるものなのか、寸劇を交えてストーリーを示すとよいとアドバイスされた。

 透明シートに好きなキャラクターを描いてクリアカードをつくったことがあった高校3年生の金子梨花は、実寸でキャラクターカードをつくることを考案。薄いので普段は隠しておけるし、収納にも困らない。透明であれば、風景とも溶け込んで、本当にそこにいるかのように見えるとアイデアを発表した。

募金箱をつくった荒金の発表の様子 撮影=高見知香

 募金箱をつくった荒金は、当初の小銭用のものではお金が足りないと、お札も入るものを新たに考えた。また、両親にお金を入れてもらうために考えたのは、募金箱の横に自分が立って困っている顔をしているという、情に訴える作戦。弟による盗難の心配もなくなり、「これで間違いなくお金が手に入る」と力強く語っていた。

カレードリンクを考案した細野の発表の様子 撮影=高見知香

 細野のカレードリンクもさらにバージョンアップ。「映(ば)える」ことも意識して、普通の茶色ではなくカラフルな色が提案され、山﨑も「すぐにでも商品化できそう」とコメントした。流行のタピオカや、じゃがいもなどを入れたらいいのではないかと、ほかの生徒たちからも具体的なアイデアが寄せられた。

鑑賞会の様子 撮影=高見知香

 9人全員のプレゼンを聞いたあとは、それぞれが制作した課題1、2のスケッチ、紙でつくった模型の3点が机に並べられ、最後にみんなの作品を鑑賞。記念写真を撮影して、2時間のワークショップが終了した。

 小学生のときから「答えを出す」教育を受けて育ってきた私たちにとって、そうでない思考方法を育てることはなかなか容易ではないと山﨑は考えている。ワークショップが行われる前に、「正しいことをやろうとすると、それはおのずと古いことになってしまう。(まだ評価されていない)新しいことを行うためには、トライアルを重ねていくしかない」と話した。クリエイティブイノベーション学科からは、10年後、いまは存在しない新しい肩書きをつくる人材が生まれることが期待されている。「ビジョン」は「妄想」。こんな自分自身になったらいい、こんな街になったらいい、こんな社会になったらいい……そんな妄想力を使って思考し、さらに思考を変える訓練だけでなく、つくり出したものをMUJIcomなどを通して社会に接続していく。

ワークショップの様子 撮影=高見知香

 遠くない未来、この市ヶ谷キャンパスで、妄想から生み出されたアイデアが形になり、手に取ることができるようになるのかもしれない。

レクチャー風景より 撮影=高見知香

 本シリーズでは、高校生に美大を通してアーティストやクリエイターの動向について知ってもらうためのプロジェクトを展開。今後もレポートをシリーズとして掲載していく。