メガギャラリーはコロナ禍をどう乗り越えるのか? その戦略を探る
アート・バーゼルとUBSがギャラリーを対象に行った2020年中期調査「The Impact of COVID-19 on the Gallery Sector」によると、今年の上半期にはギャラリーの売上高は昨年同時期比平均で36パーセント減少したという。新型コロナウイルスの発生から半年以上が経った現在、メガギャラリーはこの危機にどのようにサバイブしているのだろうか? 関係者にヒアリングを行った。
アート・バーゼルとUBSは先月、新型コロナウイルスがギャラリーにもたらした影響を分析する2020年中期調査「The Impact of COVID-19 on the Gallery Sector」を発表。同調査によると、今年の上半期にはギャラリーの売上高は昨年同時期比平均で36パーセント減少。いっぽう、ギャラリーの売上高におけるオンライン販売のシェアは昨年の10パーセントから今年上半期の37パーセントに、4倍近くに拡大したという。
調査の著者であるクレア・マカンドリューは、「2020年のパンデミックは美術品市場、とりわけギャラリー・セクターにこれまでで最大級の試練を与えた」と述べる。新型コロナウイルスの発生から半年以上が経った現在、ギャラリーはこの危機に対してどのように対処しているのだろうか? また、オンライン展覧会の有効性や今後の方針を含め、「美術手帖」では、アート界の有力なプレーヤーとして知られているメガギャラリーの関係者に話を聞いた。
オンライン上の存在感を重要視
今年2月、開催中止が決定された「アート・バーゼル香港」は、オンライン・ビューイング・ルームの設立を発表。以降、年内に予定されていた大規模なアートフェアは、ほとんどオンラインへの移行を余儀なくされた。
こうしたオンライン展示・販売は、デイヴィッド・ツヴィルナーが17年からすでに着手している。コロナ禍におけるギャラリーの対処方法について、同ギャラリーのシニア・ディレクターであるレオ・シュは「オンラインでのプレゼンスを最大化にする」と話す。「17年以来、オンラインでの展示から、ポッドキャスト『Dialogues』や出版物などのデジタルコンテンツの提供まで、多様なオンラインプログラムをより頻繁に発表してきた」。
ハウザー&ワースの共同設立者であるイワン・ワースも、都市封鎖においてギャラリーの取り組みについて次のように振り返っている。「新型コロナウイルスの影響により、私たちは新たな取り組みを迅速に進め、デジタルでのプレゼンスとエンゲージメントを飛躍的に向上させた。私たちのチームとアーティストのコラボレーションを通じて、クリエイティブで革新的な力を結集した」。
3月中旬以来、ハウザー&ワースは24の展覧会をオンラインで行ってきた。また、19年にスタートした、アートと技術を組み合わせたプロジェクト「ArtLab」を通じ、新しいツール「HWVR」を開発し、VR展覧会やバーチャルツアーなどのプログラムも開催している。
これらのオンラインでの取り組みについて、ワースはこう説明している。「展示会やアートフェアの企画・輸送の効率を高めるため、また、二酸化炭素排出量を削減し、私が『インテリジェントな生産性』と呼んでいるものを実装するために、私たちは、コロナ禍前である2019年にすでにチームの構築を始めていた。現在は、この技術を私たちのオーディエンスにも提供できるように取り組んでいる」。
その結果、ハウザー&ワースはウェブサイトのトラフィックを倍増させ、そのうち80パーセントは新規ユーザー。また、オンライン購入者からも約25パーセントの新規顧客を記録したという。
アーティストへの支援は「重大な責任」
リアルな展覧会の中止は、ギャラリーの所属アーティストにも多大な影響を与えている。ワースは、「ニューヨークのアートエコシステムをサポートするために、抜本的なアプローチが必要だと考えた私たちは、『Artists for New York』という大規模な募金活動をスタートした」と話す。
これは、ギャラリーの所属を問わず、100人以上のアーティストから寄贈される作品を販売し、その収益の半分以上をニューヨークの美術機関に寄付し、残りの収益はアーティストに還元するというもの。「私たちにとって、『Artists for New York』は、危機的な時期にコミュニティを支援し、それに恩返しをするための方法だ」。
ガゴシアンのアジア・マネージング・ディレクターであるニック・シムノビッチも、この困難な時期にアーティストを支援することの重要性を強調している。「アーティストたちはこの時期に創造的な意欲を停止しているわけではなく、自分の作品を一般に公開するためのプラットフォームを必要としているのだ」。
このような背景下、ガゴシアンは4月に「Artist Spotlight」というプロジェクトを立ち上げ。ダミアン・ハーストやウルス・フィッシャー、カタリーナ・グロッセ、ジェニー・サビルなど、週にひとりのアーティストによる新作をオンラインで限定公開してきた。このプロジェクトについて、シムノビッチはこう続ける。「重要なのは順応することだ。このプロジェクトは、『ガゴシアン』への信頼感と、アーティストの才能を最大限に活用することによって実現し得ている」。
同ギャラリーの創設者であるラリー・ガゴシアンは、さらに次のように強調する。「物事は停止しているかもしれないが、素晴らしいアーティストたちを取り扱うディーラーとして、私を頼りにしているアーティストたちのために仕事をし続けることは、非常に重大な責任だと思っている」。
オンライン・アートフェアは有効か?
新型コロナウイルス感染拡大への懸念や大規模イベントの開催制限、旅行検疫、物流上の課題などによって、世界中のアートフェアは次々とオンライン化している。この状況について、パリに本社を置くギャラリスト、アルミネ・レッシュは次のように語っている。
「オンライン・ビューイング・ルームには、初期費用の削減やコレクターのオンライン活動の活性化という点において確かにメリットがある。私たちの経験では、コレクターがアーティストの作品をよく知っている場合、デジタルプラットフォームを介して購入することは非常に可能だが、新規の顧客をオンラインで獲得することは、展覧会のオープニングや物理的なショー、アートフェアなどで実際に対面するより困難なことが多いのも事実だ」。
オンライン・アートフェアの有効性を肯定するいっぽうで、リアルなイベントの重要性は失われていないということだ。「デジタルツールは今後も私たちの戦略において重要な役割を果たしていくが、オフラインで行われるより有意義なエンゲージメントに取って代わるものではない」。
ガゴシアンのシムノビッチも、「オンラインフェアは、アーティストのアトリエを訪れたり美術館やギャラリーで作品を実際に見たりすることに取って代わるものではない」と主張。しかし、「コレクターや美術愛好家の方々に新たな入り口を提供すること」や「価格の透明性が潜在的な顧客にとって心強いものとなること」などのメリットがあることも認めている。
デイヴィッド・ツヴィルナーのシュは、オンラインプラットホームが現在の課題を解決するには、さらなる投資や開発が必要だとしている。「いまのところ、多くのオンライン・ビューイング・ルームはまだベーシックなインターフェイスに制限されており、物理的に展示会やブースを訪れるほど簡単ではない。オンラインフェアを本当にユーザーフレンドリーにして、ほかのデジタルコンテンツと同期させるにはどうすればいいのか? 成熟したオンラインプラットフォームは、これらの長所と短所のバランスを取る必要がある」。
ワースは、オンラインフェアには瞬間的な話題性があるが、現在のところ、その体験はリアルなフェアに比べられないとしつつ、「オンライン体験は、フェアに入って作品と直接つながるという体験を完全に置き換えるのではなく、補完するものなのだ」と、ガゴシアン同様の考えを示す。また物理的なフェアの重要性については、こう付け加えた。
「主要なフェアはつねにアート界が集まり、美術館の展覧会が議論される時間であり、純粋に商業的な瞬間ではない。私たちのデジタルプラットフォームのステップアップは、世界中のより多くの観客にリーチするのに役立つが、人と人との交流の価値は今後も重要なものであることに変わらない」。
今後はオンライン戦略の強化だけではない
7月、デイヴィッド・ツヴィルナーは約20パーセントのスタッフ(おもにイベントやインスタレーション、アートフェアに関連する部門の職員)を解雇し、デジタルマーケティングや顧客開拓のために新しいスタッフの雇用を計画しているという報道が出ている。
今後の方針について、同ギャラリーのシュは、「デジタルプラットフォームのローカリゼーションと異なる地域のアクセスにもっと力を入れていきたい」と示しながら、次のように語っている。「オンラインでの展覧会やイベント、マーケティング、デジタルコンテンツの制作に予算を追加し、また、物理的なフェアが中断されたため、それに応じて物流コストも調整する」。
ガゴシアンは、「アーティストを世間の目に触れさせ、売上を上げる方法を考えなければならない。ここ数年、様々なオンライン戦略を考えだし、非常にうまくいっていた」と振り返りながら、今後の戦略調整についてはこう述べている。「事態が正常に戻れば──それがいつであろうと、できれば近いうちに──これらのオンライン戦略の多くを私たちのビジネスの一部として残していきたい」。
いっぽう、レッシュはオンライン戦略を強化するだけでなく、様々な仕組みや行動パターンに適応しなければならないと主張。「とくにレジストラーにとっては、先の計画を立てることが重要になってきた。プログラム全体を考える際には、新しいソリューションを体系的に考え、長期的な戦略を確実に補完するようにしなければならない」。
またワースは、「エネルギー・センター」というコンセプトにも言及している。その例としては、14年にイギリス南西部の農村に設立されたアートセンター「ハウザー&ワース・サマセット」や、21年にオープン予定の「ハウザー&ワース・メノルカ」などが挙げられる。
彼によると、ハウザー&ワース・サマセットでは現在、週に約2000人の訪問者が訪れており、この「エネルギー・センター」は、「希望とインスピレーションが必要とされるこの時代の『ユートピア的』なもの」だという。「この背景には、このプロジェクトを歓迎してくれる地元のコミュニティと信じられないほどの野生の自然がある。これらのアートセンターを訪れた人は、短期間の間にアートコミュニティの一員となるだろう」。
なお、上述のメガギャラリー以外のギャラリーは新型コロナウイルスに対してどう対処しているのだろうか? ロサンゼルス、ニューヨーク、東京にスペースを持つ「BLUM & POE」の共同創設者であるティム・ブラムは「美術手帖」の取材に対し、「このパンデミックはすべての人やものに大きな影響を与えている。それは、文化全体の過剰な加速、拡大、露出などアート界でよく見られている要素も例外ではない」としつつ、次のように語っている。
「ありがたいことに、ギャラリーはこの新しいパラダイムに比較的迅速かつ巧妙に対応してきた。デジタルメディアやオンラインでのプレゼンテーションに力を入れ、予約制の展覧会を無料で見学できるようにしただけでなく、コネチカット州ニューカナンの『ノイエス・ハウス』での展覧会をはじめとするオルタナティブスペースでのプロジェクトも開始している」。
今年3月、元フランスの首相ドミニク・デ・ビルパンとその息子アーサー・デ・ビルパンが香港に設立した新しいギャラリー「Villepin」。その社長を務めているアーサーは「ホームリー・フィーリング」、つまり自宅でアート鑑賞の体験をつくりだすことの重要性を強調している。「コロナ禍によって人々が家のなかで過ごす時間が増えており、アート作品の購入などを通じて家とその快適さに投資する必要性が高まっている」。
また今後の事業計画について、アーサーはこう続ける。「新型コロナウイルスの大流行は、世界中に巨大なビジネスや事業体をつくる時間がないということを教えてくれた。私たちはギャラリーを通じ、より多くの人とアート作品を共有し、アート鑑賞の体験をつくりだしたいと思っている。今回のパンデミックは、アートにとって本当に大切なものは何だろうかという核心的な価値観にも立ち返らせてくれた」。
新型コロナウイルスの感染拡大は簡単に終息しそうになく、ギャラリーへの影響もこれから続いていくだろう。アート・バーゼルとUBS調査の著者であるマカンドリューが述べるように、「危機はこうした悪影響をもたらすと同時に、市場における再構築とイノベーションのまたとない機会にもなり得る」。コロナ禍にサバイバルしているギャラリーは、これまでデジタルプラットフォームに注力してきたが、「ヴィズコロナ時代」においていかにアート市場の活性化を促進し、人とのつながりを取り戻すのか、その対応に着手するタイミングが来ている。