メガギャラリーはコロナ危機にどう対応していくべきか? ペロタン・アジアパシフィック代表の中島悦子に聞く

新型コロナウイルスの影響は、アートマーケットにもおよんでいる。この事態に対し、メガギャラリーはどう対応していくのか? パリを拠点に、世界各地でスペースを展開する「ペロタン」のアジアパシフィック代表中島悦子にオンラインインタビューを行った。

聞き手=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

中島悦子 Photo by Akemi Kurosaka 衣装協力=Theory (C)Courtesy of Harper's BAZAAR JAPAN
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コロナ以前から起こりつつあったマーケットの変化

──まずもっとも気になるのは、リーマンショックを超えるとも言われる新型コロナによる経済危機が、ギャラリービジネスにどのような影響を与えているのか、という点です。

 経済危機は10年に1回とも言われており、(コロナがなくとも)そろそろ来るだろうなとは予想していました。2019年3月には香港で大規模な民主化デモがありましたよね? そのときからアジアのなかにおける香港のアートマーケットが低迷し始め、いろんなギャラリーも影響を受けていました。そこにコロナが起こった。

 我々はアジアで上海、香港、ソウル、東京にスペースを持っていますが、最初に上海をクローズしました。当初は旧正月くらいまでだろうと思っていましたが、結局はいまも閉めたままです。その後、ソウル、香港、アメリカ、パリと相次いでクローズし、最後まで東京が残っていました。私は担当しているアーティストたちが日本にいるので、東京で仕事をしていましたが、他国のスタッフと話していても、コロナに対する温度差を感じましたね。

 コロナは単純な経済危機ではなく、人間が関わってくること。スタッフの安全を第一に考えて行動しています。まだまだ先が見えないなか、インパクトがどうなるのかはわからないというのが現状ですね。

ペロタンパリで行われたダニエル・アーシャム個展「Paris, 3020」(2020)展示風景より (C) Courtesy the artist and Perrotin. Photo by Claire Dorn
ペロタンパリで行われたジョシュ・スパーリングの個展「So It Goes」(2019)の展示風景より (C) Courtesy of the artist & Perrotin Photo by Claire Dorn

──すべてのスペースがクローズするなか、リアルな場での作品売買は止まっている状態(インタビューが行われた5月1日時点)ですよね? そうした状況下で、マーケットの反応はどのように変化しているのでしょうか?

 じつは2017年くらい──我々がちょうど上海や東京のスペースをオープンし始めた時期なのですが──にマーケットの変動期があったのだと私は考えています。何かと言うと、それまでとまったく客層が変わってしまったのです。急に若い層の人たちがアートを買うようになった。

 そうした方の多くはアートフェアなどが苦手で、画像でのやりとりやプライベートビューイングなどが作品売買の場となっていきました。つまり、アートフェアとは異なる戦略を立てる必要があった。ですから弊社では15人規模のインハウスのオンラインチームがあり、ITシステムの強化にずっと取り組んでいるのです。

 リアルスペースが閉ざされたことは、我々にとっても、そしてアーティストにとっても精神的に辛いものがあります。しかし、マーケット的にはいまや画像で作品を売買することが当たり前のこととなっており、アートフェアなどのリアルな場での売買、という意義はコロナ以前からすでに失われつつあったのではないかと考えています。

ペロタン上海で行われたジャン=ミシェル・オトニエル個展(2020)の展示風景より (C) Jean-Michel Othoniel / ADAGP, Paris. Courtesy the artist and Perrotin. Photo by Ringo Cheung.

──たしかに、アートフェアも世界中でひっきりなしに行われ、ギャラリーやコレクターの「フェア疲れ」が言われるようになっていましたね。その臨界点と今回のコロナが重なってきたと。アートフェアも、コロナで急速にオンラインシフトしていますが、コロナ終息後はどうなると思われますか?

 例えばバーゼルで行われる「アート・バーゼル」などは伝統もありますし、情報交換や社交の場でもあるので機能はしていくと思いますが、もはやメールやInstagramで売買交渉が行われるなか、実際にフェアに行き、作品を見る必要性はなくなっていくのではないでしょうか。

 もちろん、作品の現物をどうしても見たいという方もいらっしゃいますが、作品のタイプによっては画像や映像でおおよそ把握できる。むしろスピーディーに物事が運べて嬉しいという声もありますね。

 ただ、アーティストには作品発表の場が必要です。それは歴史に残りますから。弊社でも「この国のスペースで展覧会がしたい。異文化に触れたい」というアーティストもおり、オンラインのみで作品を売買するのは寂しい、という声が多いのも現実です。

ペロタン香港で行われたMADSAKIの個展「If I Had a Dream」(2019)の展示風景より Courtesy: (C) 2019 MADSAKI/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Photo by Ringo Cheung

──売買について、このような状況では取り引きも減少するのではないかと思うのですが、実際はどうでしょうか?

 私たちが一番恐れているのは、経済的に打撃を受け、作品購入の資金がなくなったりして作品のキャンセルが起こることです。

 ペロタンでは、新規の販売については大きな影響はありません。なぜかというと、ロックダウンでコレクターも真剣に作品を検討する時間があるということはもちろん、物質的なものよりも精神的にプラスになるものを買いたいというのが大きいからです。こういう時だからこそ、作品を買ってアーティストを支援したいという方も増えていますね。

──購入者層や購入される作品の傾向は変わってきていますか?

 購入者層については、リーマンショック時同様、中国の購買力が非常に高い。作品については、シビアなメッセージ性があるものではなく、村上隆に代表されるようなハッピーになれるものが求められている傾向があります。

ペロタン香港で行われた「CLAIRE TABOURET BORN IN MIRRORS」(2019)の展示風景より (C)Claire Tabouret. Courtesy the Artist and Perrotin. Photo by Ringo Cheung
ペロタン香港で行われたバリー・マッギーの個展「The Other Side」(2019)の展示風景より (C)Barry McGee; Courtesy of the artist, Perrotin, and Ratio 3, San Francisco Photo by Ringo Cheung 

ギャラリーの使命はアーティストを守り切ること

──このコロナの影響が今後も継続するとしたら、ギャラリービジネスにおけるもっとも大きな課題はなんですか?

 いま、世界で3分の1のギャラリーがなくなるとも言われています。そのギャラリーがメガギャラリーなのかどうかはわかりませんが、投資家がいる巨大なギャラリーは利益を強調するために人員削減などを積極的に発表しています。しかしペロタンは投資家がいないので、とにかく社員を確保することが課題です。

 とくに私がいるアジア地域は、スペシャリストがいない状態からスタートしており、彼女/彼らとともに成長してきた。そういうスタッフを解雇してしまうと、コロナ危機が去った後に再スタートが切れません。

 そして何よりも大事なのが、アーティストを守り切ることです。当たり前に思われるかもしれませんが、「アーティストにお金を払えない」という声もほかのギャラリーからは聞こえてきます。でもそれは絶対にやってはいけないこと。アーティストにはなんの保障もないのですから。

 アーティストはファミリーであり、この危機を一緒に乗り越えていかなくてはいけません。作品や表現を通して何かを人に伝えたりするのはアーティストの役目。私たちギャラリーは、そのアーティストをサポートすることが仕事です。ギャラリーがやるべきは、資金繰りを考えることその一点なのです。そのためにペロタンでは、全チームが作品を売ることに注力しています。

──それはギャラリービジネスの根源でもありますよね。

 そうです。じつはベーシックなことなのです。

ペロタン東京で行われた村上隆「スーパーフラットドラえもん」(2019-2020)の展示風景より Courtesy : (C)2019 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. (C)Fujiko-Pro. Photo by Kei Okano