「博物館法」はどう変わるべきか? 博物館学の専門家が問う
美術館や動物園などを含む「博物館」を規定する法律「博物館法」。その改定に関する議論が文化庁に設置された文化審議会で進められている。登録博物館制度の改革が言及された7月30日公表の「博物館法制度の今後の在り方について(審議経過報告)」を、博物館学が専門の名古屋大学大学院教授・栗田秀法が読み解く。
はじめに
現在博物館法改正の議論が文化審議会で進められており、中間報告として7月30日付の「博物館法制度の今後の在り方について(審議経過報告)」が公表された。議論の端緒は、2018年6月に文部科学省設置法が改正され、文部科学省が一部を所管していた博物館に関する事務を、文化庁が一括して所管することになったことに伴い、19年11月に文化審議会に博物館部会が設置されたことにある。
「経過報告」の項では博物館の現状分析として、「博物館は、[文化芸術基本法の精神の]中核となり得る、国民生活に欠くことのできない施設であり、期待される役割が多様化・高度化する一方で、新たな役割を果たしていくための資金・人材・施設等の基盤はむしろ弱体化しつつあることが指摘されている。」ことが正しく確認されている。逆に言えば、過去に果たした役割はともかく、現状、現在の博物館法は、とりわけ公立博物館の運営のための資金・人材・施設等の基盤の強化にはあまり機能しなくなりつつあるということなのであり、博物館法の改正がいかに高邁な理想や理念が語られようと、それらの課題の解決に資するものでなければかえって改悪になりかねないということである。
博物館のあり方を問い直す動きは03年の指定管理者制度の導入あたりから高まり、06年9月には文部科学省生涯学習政策局に 「これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議」が設置された。同年11月の第54回全国博物館大会決議では四つの決議がなされ、そのひとつとして「昭和26年制定以来、基本構成が改正されていない博物館法について、これを生涯学習時代、地域文化振興時代の博物館にふさわしいものとするため、新たな登録制度・学芸員制度などを中心とした抜本的な改正が必要である。私たちは、現代の社会的需要に則した博物館法制の実現を当局に強く要望する。」ことが表明された。翌年6月には「協力者会議」により「新しい時代の博物館制度の在り方について」がまとめられ、今回の「今後の在り方(経過報告)」と同様、博物館登録制度と学芸員制度が中心的な見直しの俎上に上った。とりわけ学芸員制度については、これまでの学芸員養成のあり方を抜本的に見直す次のような大胆な提言が出された。
・大学における「博物館に関する科目」は、経営・教育・コミュニケーション能力の育成を重視して見直し、科目を修得した者は「学芸員基礎資格(仮称 」)を付与。
・博物館での一定期間の実務経験を学芸員資格の要件に位置付け
しかしながら、この案に対しては全国大学博物館学講座協議会から反対の意が表明され、「学芸員格下げ? 大学側から反発も」(『朝日新聞』)という記事が出るなど、広く賛同を集めることはできず、08年の法改正では学芸員制度の改革については資格取得のための修得単位数の大幅増加という変更にとどまった。もう一つの柱、登録博物館制度についての変更も見送られ、「博物館法改正 期待外れ」(『朝日新聞』)とさえ揶揄されたことはよく知られている。
それに比べ、今回の「経過報告」は登録博物館制度の改革に特化しており、「学芸員制度の今後の在り方については、(中略)拙速な議論を避け、実態の把握を行いながら、中長期的な課題として、引き続き本部会において検討していく必要がある。」として先送りを強くにじませるものとなっている。
本稿では、経過報告で触れられた三つの項目、「1.これからの博物館に求められる役割」「2.登録制度について」「3.学芸員制度について」について議論の概要に触れつつ、評価すべき点、改善すべき点について私見を述べることにしたい。
これからの博物館に求められる役割
「報告」では、国内外の動向を振り返り、現代社会における博物館の存在意義や博物館の基本的使命と今後必要とされる機能、求められる役割を踏まえた上で、次の五つの役割を提示している。
- 「まもり、うけつぐ」 資料の保護と文化の保存・継承
- 「わかちあう」 文化の共有
- 「はぐくむ」 未来世代への引継ぎ
- 「むきあう」 社会や地域の課題への対応
- 「いとなむ」 持続可能な経営
これらを実現するための必要な取り組みの第一に期待されているのは、次の事柄である。
これからの博物館が、その基本的使命を果たしつつ、これからの時代に新たに求められる役割を果たしていくことで、博物館が国民生活により身近で欠かせないものとなり、その社会的価値に対して国・地方公共団体や産業界、個人等が支援・投資し、更に充実した活動を行うための資金・人材・施設等の経営基盤を充実させていく好循環の形成が必要となる。
それを実現するために博物館の側からすべき事柄として次の二つが挙げられている。
- 博物館が、このような求められる役割を果たし、好循環を形成していくためには、それぞれの館が自らに求められる役割を認識・確認しながら、その活動と経営を改善・向上し続ける必要がある。このために、実態との乖離が指摘されている現行の博物館法における登録制度等を見直し、各館の取組を促進する新たな枠組みを検討するべきである。
- その際、規模の大小にかかわらず、それぞれの館が上記の役割を果たしていくための「底上げ」と、工夫や挑戦を支援し「盛り立て」ていくことが重要である。また、短期的な成果や効率性を一律に求めるのではなく、長期的かつ継続的な視点で評価することについては、特に配慮する必要がある。
対して設置者への要求として次のように述べられている。
- 国や地方公共団体は、これからの時代の博物館に多様かつ高度な役割が求められることを認識し、その役割に応じた適切な支援を行うことが求められる。
最後にやや唐突に必要な取り組みが一つだけ添えられている。
- また、資料を実物として保存・継承していくことにとどまらず、体系的に整理・構築したデジタル・アーカイブを、インターネットを通じて情報発信し、その価値を多くの人びとと共有していくことも重要である。
残念なのは、現在の博物館が置かれた困難な状況と発展を阻む原因が端的には明示されず、「底上げ」と「盛り立て」の内容も報告の全体を読んでも抽象的なことである。
「これからの公立美術館のあり方についての調査・研究 報告書」(財団法人地域創造、2009年)では、現状と課題について
- 現場のオペレーション改革はひととおり進んできた。
- 次は、館長による「マネジメント改革」と、設置者による「ガバナンス改革」が必要。
- マネジメント改革によって、コレクション、施設、人材の有効活用を図る。
- ガバナンス改革においては、設置者の責任が重大。地域特性と館の使命に基づいた適切な経営形態(直営、指定管理者制度、地方独立行政法人など)の選択が重要。
との明快な分析がなされていた。要するに、現場の学芸員のオペレーションのレベルの問題よりも館長によるマネジメント、設置者によるガバナンスの問題の解決がなされないかぎり抜本的な状況の改善は望めないのである。
必要な取り組みの最後にICT問題を挙げるのなら、長年の懸案を含む次の五つほどは最低限銘記すべきであったのではなかろうか。
- 学術機関、教育機関という両面性をもった博物館についての設置者による適切な認識とガバナンス改革の必要性
- 常勤の専門家館長の登用を義務付け、そのマネジメントを補佐する広報・渉外・社会連携等に携わる人材の配置することによるマネジメント改革の必要性
- 学芸員を学芸用務に中期的に携わることのできる正規の専門職として処遇し、館の規模に応じて保存や教育の専門スタッフを配置すること等によるオペレーションを向上させる必要性
- かけがえのない人類の遺産である博物館資料(人工物、自然物)、アーカイブ資料の集積場所としての機能を質量ともに向上させる必要性
- 歴史修正主義への忖度の中で博物館活動が委縮しつつあり、博物館が学問の自由、表現の自由が法の許す範囲で守られる場であることの認識の必要性
博物館法の改正のみでこれらの課題すべてを解決することは難しいとしても、口当たりの良いスローガンの打ち上げ花火に甘んずることなく、苦くとも、積年の課題を前面に押し出し、ひとつでも解決の道筋をつけていく努力を怠ってはならない。