世界はなぜ韓国のアートマーケットに注目するのか?
9月5日に閉幕し、大盛況を博した初回のフリーズ・ソウル。同フェアにあわせてソウル市内で様々な展覧会を開催しているギャラリーやオークションハウスへの取材を通し、韓国の現代アートマーケットの実態に迫る。
9月5日に閉幕した初回のフリーズ・ソウル。同時期に開催された韓国ギャラリー協会の主催によるアートフェア「KIAF SEOUL」と「KIAF PLUS」にあわせて、350以上のギャラリーがソウルに集結し、大盛況を博した。
フリーズは売上高を非公表としているが、KIAF SEOULは昨年、5日間にわたる会期において650億ウォン(約5480万ドル)という前年の2倍以上で過去最高の売上を記録しており、今年は規模の拡大やフリーズのブースター効果によりさらなる上昇が予想されている。
この3つのアートフェアと同時期に、ソウル市内のギャラリーや美術機関では様々な展覧会やイベントが開催。その一部への取材を通し、韓国の現代アートマーケットの実態を紐解きたい。
オープンで情熱を持つコレクターたち
2016年にソウルに進出した最初のメガギャラリーのひとつであるペロタンは、8月27日にソウル・江南地区のエルメスやルイ・ヴィトンなどの旗艦店と隣接する高級ショッピング街に2番目の展示スペース「ペロタン島山(トサン)公園」をオープン。2階建ての新しいスペースでは、アメリカ人アーティスト、エマ・ウェブスターの個展「ILLUMINARIUM」を10月1日まで開催している。
ギャラリー・オーナーのエマニュエル・ペロタンは「美術手帖」に対し、「韓国は非常に活発な市場であり、音楽、映画などの文化的な面でも非常に印象的だ」としつつ、次のように話している。
「韓国のコレクターは早い時期から海外アーティストの作品を収集しており、国際市場に対しては非常にオープンだ。この5年間、単色画などのムーブメントは国際的に新しい評価を受け、韓国国内のマーケットにも良い影響を与えた。税制的な要因もあるが、現代美術についてもっと知りたい、情熱を持ちたいというようなコレクターがたくさんいるので、いまのようなブームになっている」。
昨年ソウルの展示スペースを拡大し、今年はさらに体験型や没入型の作品に特化した展示スペースを新たにオープンしたペース・ギャラリー・ソウルでは、フリーズの開幕にあわせてチームラボとルーマニア出身のアーティスト、エイドリアン・ゲニーの個展をスタートさせた。今年5月のクリスティーズ香港でその絵画作品《Pie Fight Interior 12》が8106万香港ドル(約1040万米ドル)で落札され、個人のオークション記録を更新したゲニーは、本展で一連のドローイング作品を発表した。
同ギャラリーの社長兼最高経営責任者であるマーク・グリムシャーは、韓国人コレクターの特徴について次のように述べている。
「彼らはアメリカやヨーロッパのコレクターと同じように活躍している。驚くほど洗練されていて、情報にも精通している。自分たちが何をやっているのかわかっていて、とても素晴らしい。中国のような新興コレクターの集まりではないし、日本のように、かつて隆盛を極め、その後一時休止したようなコレクターでもない。おそらく1970年代以降、もっとも巨大なコレクタークラスターのひとつになっているだろう」。
日本が遅れをとる理由
なおペースは東京でも展示スペースを開設するという噂がある。その予定についてグリムシャーに尋ねると、「僕もその予定を聞いたよ」と冗談めかして次のように話した。
「日本の人々は韓国で起こっていることを注意深く見ていると思う。日本で韓国と同じようなことが起きていないのが信じられない。日本には、国際的なビジネスを機能させるための多くの官僚的な妨害がある。前政権時代、とくに河野太郎氏はこの壁を打ち破ろうと懸命に努力していたし、私たちも、日本のアート界がもっと友好的な状況になるように、様々な人たちと話し合い、議論してきた。これは、私たちが日本へ行き、日本でスペースを開くという話ではないが、日本に行きたがらない人はいないだろう」。
グリムシャーによると、日本に展覧会を持ち込む際に10パーセントの消費税を事前に支払う必要があり、作品が売れなかった場合はその返金が1年以上かかる。また税金だけでなく、作品輸入の際の煩雑な事務手続きも海外のギャラリーを尻込みさせてしまうという。
「それは、ディールキラー(致命的な問題点)だ。ピカソの展覧会を東京でやろうと思ったら、1000万ドルを税金の口座に保管しなければならない。また、日本で支社を設立するのも非常に複雑だし、日本法人を立ち上げるには何年もかかる。そのあたりをどうにかしないといけない」。
自国アーティストにも焦点を
いっぽう、オークションハウスはどうだろう。クリスティーズは、今年5月に香港のスプリングセールにあわせて開催したフランシス・ベーコンと前述のエイドリアン・ゲニーの二人展「Flesh and Soul: Bacon/Ghenie」をソウルで巡回開催(会期は9月3日〜5日)。この非売展では、ふたりによる4億4000万ドル相当の作品16点を展示している。
クリスティーズのアジア・パシフィック副会長兼インターナショナル・ディレクターであるエレイン・ホルトは、「今年上半期、韓国の顧客による取引額は(前年比で)235パーセント増となっている。私たちにとって韓国のマーケットは、韓国美術だけでなく、西洋美術の分野でも非常に強くなってきている」と語る。
いっぽう、本展を共催した香港のプライベート・インスティチューション「HomeArt」の創設者であるロザリン・ウォンは、「韓国のコレクターは西洋美術を収集しているが、同時に自国作家の作品収集にも力を入れている」と強調しつつ、次のように述べている。「私がクリスティーズで働いているわけではないが、韓国のアーティストを世界に紹介するうえで、クリスティーズは最前線にあると言える。私が韓国のアーティストを知ったのも、何年も前にクリスティーズ香港で開催された展覧会を見に行ったときだった」。
それでは、クリスティーズ韓国の実績を見てみよう。1995年に設立されたクリスティーズの韓国支社は、世界中のクリスティーズのオークションを通じて韓国美術の紹介に尽力してきた。2019年11月のクリスティーズ香港では、金煥基の抽象画《(05-IV-71 #200 (Universe)》(1971)が1億195万香港ドル(約1300万ドル)で落札され、韓国人アーティストとしては初めてオークションで1000万ドルの落札額を突破した。
クリスティーズのアジア・パシフィック社長であるフランシス・ベリンは、「韓国のアートマーケットのエコシステムにおいては様々なプレイヤーがそれぞれの役割を果たしている。我々も今後の韓国のアートマーケットの発展に貢献したい」と意気込みつつ、今後のマーケットのさらなる成長について楽観的な見方を示している。「(韓国のマーケットを発展させるための)素材も技術も揃っている。それはアートだけでなく、(韓国の)文化的なソフトパワーもアジアや世界全体に影響を及ぼしているからだ」。
地元ギャラリーからは慎重な声も
国際的なアートフェアやギャラリー、オークションハウスの韓国への進出がそのマーケットを盛り上げるいっぽうで、韓国国内のアート業界のプレイヤーたちにとっては危機感がないわけではない。
クジェ・ギャラリーのデピュティ・ディレクターであるクォン・ジョルヒは、「(こうした状況は)韓国のアートシーンやアートマーケットをさらに活性化させているが、それがある程度持続可能であることを願うばかりだ」と述べている。
「韓国のギャラリーが競争に勝ち残るためには、地元のアーティストを起用し、さらにステップアップする必要がある。そのために、私たちはフリーズで韓国とソウルの地域性を表現できるような韓国人アーティストを展示している。フリーズ・ソウルがフリーズのフランチャイズにならないようにしたい」。
クォンによると、クジェ・ギャラリーは今年、イ・ヒジュンという若いアーティストを取り扱い始め、5月の「アート釜山」で紹介した際は5分で完売したという。また、故リー・サンジオなど物故作家の取り扱いも積極的に行っている。「それは私たちが大きなギャラリーと肩を並べることができる最善の方法であり、唯一の方法だ」。
フリーズ・ソウルの開催や国際的ギャラリーの進出により大きく脚光を浴びている韓国のアートシーン。洗練された地元のコレクターやギャラリー、BTS(防弾少年団)など現代アートシーンを後押しする絶大な人気を誇るK-POPグループが存在するものの、インフラの面では英語が通じないことや、タクシーの手配の難しさなどの問題も実感した。
クォンが話したように、今後はいかにより持続可能なアートフェアやアートシーンにし、また、アジア随一のアートハブとして成長させるのか、引き続き注視していきたい。