ヴァージル・アブローが語る自身の「DNA」。世界初個展「"PAY PER VIEW"」で見せるものとは?
ファッションブランド「Off-White」のクリエイティブ・ディレクターとして飛ぶ鳥を落とす勢いのヴァージル・アブロー。そんな彼が、村上隆主宰のKaikai Kiki Galleryで世界初となる個展を開催している。「"PAY PER VIEW"」と題された本展で何を見せるのか。来日した本人に、建築家・浅子佳英がインタビューを行った。
――今回、個展を拝見してまずその作品の完成度が非常に高いことに驚きました。(失礼ですが)ファッション・デザイナーが片手間でやっているわけではないのだと実感しました。ヴァージルさんは大学で建築を学んだ後、ファッションや家具などいくつかの領域をまたいで活動してきましたよね。どのような理由でその表現領域を変えてきたのでしょうか?
私にはむしろ、一つの分野でずっとやっていくということが不自然に思えるんです。ある特定の分野だけでクリエイティブな仕事をするほうが、目に見えないフェンスに阻まれているような気さえします。
私は自分を表現する際に、いわゆるレッテルを貼りません。ファッション・デザイナー、アーティスト......そういったかたちで自分を表現していない。ただ、建築に関して言うと、モノの見方や考え方として、あるいは問題解決の方法として、アーキテクト的なものがあると思います。プログラミングの考え方や、美的なものの見方というところにも。なぜなら、フォーマルなかたちでクリエイティブ分野で最初に携わったのが建築ですから。だから建築は、以降のさまざまな創作活動に応用していると思います。
――影響を受けた建築家はいるのでしょうか? 今回の展覧会では、ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パビリオンがモチーフになっている作品も出品されています。また今年、ロンドンのガゴシアン・ギャラリーで村上隆さんとともに行った展覧会「future history」では、17世紀の建築家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの名前が出ていましたよね。
偉大な建築家というのは、脳をリプログラミングするくらいの影響力を持っていると思います。私自身は、イリノイ工科大学のクラウンホールで学びましたが、カリキュラムも、修士課程の講義が行われている建物も、ミース・ファン・デル・ローエによるものでした。彼がカリキュラムを作成し、建物のマスタープランを描いた。そんな大学で学んでいたんです。加えて、レム・コールハースもいましたし、そのパートナーであるマイケル・ロックもいた。彼らの講義を受け、プロダクトのコンサルティング的なことを学びました。建築学における3人のメンターがいたからこそ、私は建築学的な手法を使ったブランディング、ということでファッションに移行しました。レムとは新たな関係ができていて、プロジェクトを今後やっていく予定です。少し過激な言い方になってしまうけど、在来型・従来型の建築からはexit=脱出したと思います。
――ちなみに、レム・コールハースとはどんな仕事をする予定なのですか?
私のほうが彼よりかなり年齢が若いので、リサーチを担当し、彼に提案をしています。彼はマクロ、私は若い人を対象としたミクロな部分の提案を担うという協働。そもそも、IKEAのミレニアル世代を対象とした家具づくりプロジェクトがあって、そういった部分で関わり始めました。もうひとつはまだ詳細は明かせないんだけど、大規模なかたちで私が建築家として関わるというもの。あとは、2019年に行われる予定のOMA(編集部注:レム・コールハースによって創設された建築設計事務所)の回顧展の展覧会設計で、デザイン担当として関わります。ほかにもいくつかアイデアを提供しあっていて、意思疎通をしています。
基本的に私はリサーチが好きなんです。それはOMAの系統なのかもしれないけど。さらには学際的な、境界を超えた複数の分野でなにかする。たとえばプロダクト、ファッション、リビングなどの分野を網羅するようになにかをやっていきたい。建築家といってもひとつではない。小さなソリューションを考え、幅広くそれを網羅させていく探求に興味があります。
――その垣根を取り払っていくところがとても現代的だと思います。とはいえ、ジャンルだけでなく、場所も飛び越えているわけで、実際にプロダクトや作品をつくるときは、どういう制作体制なのですか? チームやスタジオがある?
(自分のiPhoneを手に取り)このiPhoneがオフィスです。そして(インタビューに同席している2人のスタッフを指し)彼らがチーム。小さなスタジオがミラノとロンドンにあるだけなんです。今回の展覧会の作品も3つの都市で仕上げました。なかには昨日の夜、東京で仕上がった作品もあるんですよ。何かプロジェクトを持ちかけられたときに「ノー」といえない性質ですし、従来的なフォーマットに落とし込むのも嫌いなので、こういうやり方になってます。
――ご存知だと思いますが、建築家 ルイス・サリヴァンの有名な言葉に「形式はつねに機能に従う(form ever follows function )」というものがあります。「Off-White」の服も、機能的で使いやすさが印象的です。そしてあなたが手がけてきた「家具」も機能と切り離せない。そのいっぽう、「アートの機能」についてはどう思いますか? アートをつくるときに機能がないことを困難に思いますか?
アートでは、カジミール・マレーヴィチが《黒い正方形》で、従来型の絵画の色使いについての概念を変えてしまった。あれと同様に、私の世代では、そもそも「形式はつねに機能に従う」というのは正当性があるのか?真っ当なのか?という思いがあります。
アートそれ自体は、お金の交換なくして人々の意識を解放できるものだと思います。素晴らしいパワーのあるアートにはそれが可能だし、人々が自由にそれを見て、新たなことを知るに至る、ということもできる。
先ほど話したように、私のDNAとして「あらゆる異なるカテゴリーをまたいでいく」ということが挙げられます。それが私の理念であり、トレードマークでもある。それはアートにおいても例外ではありません。建築的な要素もアートも、カクテルのように混ざり合っているのが、私のシグネチャーなのです。
――展覧会を見たあとに改めて強く印象に残ったのが、「俺たちは全員、消費という行為によってかたちづくられている」というステートメントです。ファッションでも展覧会でも、あなたの表現には現代の消費社会に対する考察が通底して感じられますが、あなたにとって「ブランド」あるいは「広告」とは、なんなのでしょうか?
「ブランド」というのは、理想とする原理・原則の集合体を表したものだと思います。それをあたかも食器のようにぐっと凝縮して提示するものではないでしょうか。ブランドは善し悪しではなく、神聖なものであってほしいと思う。(作品としては)コンテンポラリーなブランドに、私のDNAを注いでかたちづくっていきたい。ハイカルチャーとロウカルチャー、ストリートとシック、人工と自然......そういう二項対立の構造がありますが、その双方がなにかを見出すかたちの作品を提示できれば、プロジェクトは成功だと思います。
――最後に、今後の作品のアイデアについて教えてください。
作品づくりはやめます。ぜんぜん眠れてなくて(笑)。(というのは冗談で)2019年にシカゴの現代美術館で個展を開催する予定なんです。それは違ったタイプのチャレンジになると思う。2019年の展覧会は網羅的でナラティブなものになるのですが、今回の展覧会は、その構成要素の中で重要な部分になると思う。今後の最大の課題は2019年の展覧会ですね。