「具象が抽象に変わり始める」とき、浮かび上がる多様なモチーフと色彩。セシリー・ブラウンインタビュー
古典、近代、現代の絵画から大衆文化まで、様々なモチーフを参照し、セクシュアリティや欲望についての問いを示唆する絵画をつくり出すセシリー・ブラウン。日本での初個展に際して、抽象と具象、色彩と動きにあふれる絵画の制作方法について話を聞いた。
画家セシリー・ブラウンは1969年にロンドンで生まれ、90年代半ば以降はニューヨークを拠点に制作活動を続けている。英国在住の芸術家マギ・ハンブリングの指導で芸術に目覚め、その後はロンドンのスレード美術学校で絵画を修めた。ブラウンにとって「生まれて初めて会った本物の芸術家」であったハンブリングからは、「ドローイングにおける多大な影響」だけでなく、「他者を尊重する人格や作家としての真摯な姿勢」を学んだ。いっぽう、彫刻家でパフォーマンス・アーティストでもあるブルース・マクレーンらが教授を務めていたスレード美術学校では、「教員からだけではなく、時には激しい議論を重ねた同世代の仲間からも多くのことを吸収しました」とブラウンは回顧する。
ブラウンはヨーロッパ諸国やアメリカで数多くの展示に参加し、欧米ではその名を広く知られている。日本でも、例えば2006年に大阪の国立国際美術館で開催された「エッセンシャル・ペインティング」展では、ピーター・ドイグやマルレーネ・デュマスら本邦でもよく知られた画家たちの作品と一緒にブラウンの絵画も並べられた。とはいえ、欧米諸国に比べて、ブラウンの作品が──その奥深さを知るのに足るほど──日本でしっかりと紹介されてきたとは言いがたい。現在、BLUM & POE東京で開催中の「The end is a new start(終わりは新しい始まり)」展は、ブラウンの日本での初個展である。その意味で、同展は注目に値する。
「エッセンシャル・ペインティング」展を企画したキュレーターの中西博之は、ブラウンの絵画の特色として、画面全体において「モチーフと筆触のいずれかが、他方を支配するのではなく、ほぼ対等の関係に保たれる(*1)」ことを指摘する。この指摘と関わるが、ブラウンの作品には具象と抽象という相反する要素がバランスと緊張関係を保持したまま混在し、それゆえに静謐でありながらも同時に特異なダイナミズムを有している。アーシル・ゴーキーやフィリップ・ガストンといった初期抽象表現主義の作家を先例に挙げながら、ブラウンは自身の作品もまた「具象が抽象に変わり始める瞬間」をとらえようとしていると述べる。そのため、それらのなかには、「どれほど抽象的に見えたとしても、かたち(form)や存在(presence)を看取することのできる具象性の余地を残しています」と彼女は説明する。