アニッシュ・カプーアが語る監視社会、金融資本主義、そして飼い馴らされていない芸術
東京・神宮前のGYRE GALLERYで個展「アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」を開催しているアニッシュ・カプーア。その作品制作において抱えている問題や本展について、企画者である飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)との書面インタビューをお届けする。
展覧会「アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」は、2017年に企画開催された「コンセプト・オブ・ハピネス_アニッシュ・カプーアの崩壊概論」展(GYRE GALLERYの前身EYE OF GYRE、2017)の続編という位置付けとなっている。カプーアの作品を通して、飼い慣らされた「幸福観(euphoria)」に内在している野蛮とは何なのかという命題を掲げ、政治・哲学的イデオロギーでは映し出せないほど複雑な様相を呈している現代の一端を浮かび上がらせようとするものであった。アニッシュ・カプーアは、秩序と混沌、美と醜、生と死、つまり、表層と深層の境界で画することではなく、人間に内在している感覚領域において、理性的な記憶に止まらない身体的記憶を呼び起こすことによって、「文明」と「野蛮」を対峙させ、あたかも「人新世ルネサンス」を目指そうとしているかのようだ。私たちの身体を覆っている皮膚を反転させたとしよう、そこには、人種や性別、年齢を超えた内蔵的身体感覚が漲ってくる。つまり、カプーアの作品には、位相的空間領域が必然的に内在しているのだ。作家のこのような創造の宝庫と発祥地となっているスタジオは、まさにこの「ルネサンス計画」を準備するインスピレーションに充ちた空間なのである。
作家のスタジオは、ロンドン南部にある古い工場群が建ち並ぶ一角にケイシーフィエッロ・アーキテクツによって改修設計され天高10メートルの建築空間である。このスタジオの壁面には、作家による過剰なメモ書きが詩のように制作中の作品の横に書き連ねられており、そして自らの作品を展覧会前に展示できるプロジェクト・ギャラリーが併設されている。本展の打合せもこのアトリエで行われた。筆者が企画した本展「奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」は、インスピレーションに充ちたこのスタジオの空気感を再現しようとしたものである。アニッシュ・カプーアは私の企画コンセプトに興味を抱き、受け入れ賛同したところから本展の準備が始まった。GYRE GALLERYにて展覧会が立ち上がったのち、彼が作品制作において抱えている問題や本展について語ってくれた。
インタビューでは、社会における強大な権力構造のなかで「飼い馴らされないアート」の存在意義、現代におけるパノプティコン(監視体制)とアートの関係、金融資本主義とアート、展示構成の重要な要素となった彫刻作品、そして将来の作品制作の方向性について語ってもらった。
服従しない、異議を唱える、否定する自己
──本展のタイトルである「アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」は、あなたの作品から触発されています。あなたの作品は、秩序だった日常生活に潜在する感情を扱います。監視に脅かされるなかで人々は、権威的な構造に課せられたコンプライアンスという制約のなかに、これまで以上に閉じ込められています。そのような状況下であなたの作品は、コンプライアンスの支配のうちに忘れてしまった本来の記憶や、無意識のうちにレイヤー化された混沌とした感情を呼び起こしてくれます。あなたにとってのアートの役割についてご教示ください。
アニッシュ・カプーア(以下、カプーア) 私はスタジオの壁に、「Disobey(服従するな)」「Disagree(異議を唱えろ)」「Disavow(否定しろ)」という3つの重要な言葉を書いています。つねにこの3つの言葉を目にし、読み、熟考しているわけです。
アーティストの役割は、物事がどうあるべきかではなく、どうあるのかに目を向けることだと信じていますし、世界中の人々に完全なコンプライアンスを強要しているこの時代においては、なおさらです。私たちはもはや、若者を教育しなくなってしまったと思っています。彼らを、世界規模の資本主義の肥やしにしているのです。顔の見えない上司のために資本をつくるような無意味な仕事で彼らを奴隷化し、かろうじて生計を立てられる手段のみを与えている。
現実には、今日に言う教育が本当に意味するのは服従とコンプライアンスです。私たちの精神に潜む闇や問題を、完全に追放している。やんちゃな子供、あるいは言うことを聞かないようで実際には個性を発揮している子供は、言うなれば隅(corner)に追い込まれて罰せられたり躾けられたりします。
これが、服従しない自己を参照するかたちとして私が「dirty corner」(編集部注:カプーアのInstagramアカウント名でもある)に回帰する理由です。詩的な行為は、私たちが個性を発揮し、コンプライアンスを拒否するために残された数少ない方法のひとつですが、悲しいことにアートの世界でさえ、横行する資本主義の力は巨大で、ますます強力になっています。
──英国の哲学者ジェレミ・ベンサムは、経済効率主義を提唱する功利主義の旗印のもと、「最大多数の最大幸福」を希求し、監獄「パノプティコン」を設計しました。ベンサムの思想は、現代の金融資本主義にも通底しています。こうした現代社会について、ご意見をお聞かせください。