サカナクション・山口一郎と
スマイルズ・遠山正道が語る
「音楽とアートのシナジー」
昨年秋、東京・中目黒にオープンしたアートがあるレストラン「PAVILION」で1周年を記念するイベント「MEET@ART」が行われた。「アートを介して人と出逢う」をテーマに、サカナクションの山口一郎が登場。自身初となるインスタレーションを披露し、スマイルズ代表の遠山正道とトークを行った。
「PAVILION」は、遠山正道が代表を務めるスマイルズが2016年11月にオープンさせた、LOVEとARTがテーマのレストラン。店内には西野達や名和晃平らの作品が設置されており、食事とともにアートも楽しめる場所として、中目黒の名所の一つとなっている。
この「PAVILION」1周年イベント「MEET@ART」に登場したのが、アートファンとして知られるサカナクションの山口一郎だ。
遠山とのトークセッションでは、「文学の美しさを理解してもらうために音楽を始めた。個人的なもの、美しいもの(マイノリティ)と大衆的なもの(マジョリティ)、その間を重心移動してバランスを取っている」「音楽だけでは感動できなくなっている。アートやファッションなど別のカルチャーに触れることで感動の種類が増えてくる」など、音楽制作における自らの考えを語った山口。
この日は、山口は初めて手がけたインスタレーション《ANDON》も披露された。PAVILIONの50メートルという長い回廊に設置された同作は、高架を通過する電車の通過音に反応し、光を放つというもの。音の強弱にあわせ光の明度が変化するとともに、鮮やかな色彩を放つ。
なぜ山口はこのような作品をつくったのか。本人にそのコンセプトや、アートに対する思いを聞いた。
——《ANDON》は、その名の通り「行灯」のかたちをしたインスタレーションです。なぜこのようなかたちのものをつくろうと思ったのでしょうか?
遠山さんに50メートルの回廊を「音楽的アプローチでプロデュースしてほしい」と言われたんですね。暗がりの50メートルをお客さんが歩いてくるには灯りが必要だし、道しるべとしての灯りで一番古いものは行灯じゃないですか。だからこれをテーマに空間をデザインしました。
コンセプトは「音のない音楽」なんです。上を通過する電車の音をメロディーにして、それを「編曲」していくことができないかと考えたんです。
——先ほどのトークで山口さんは「生活する上で邪魔な音を排除せずに、リデザインした」と仰っていました。現代社会は無駄なものを排除しようとする傾向が強いと思いますが、山口さんはそうではないと。
音楽ってそもそも「無駄なもの」なんですね。でも、その「無駄なもの」に感動することは人間にとって重要。そこが失われると文化がなくなる。経済が中心になると、「無駄なもの」はどんどん排除されていってしまいますが、僕は経済は文化のためにあると思ってるんです。
無駄なものをどうわかりやすく”通訳”するか。それをできるのがミュージシャンだと思うんですね。
——今回の作品では、あえて「音のない音楽」としていますが、これはなぜですか?
この作品で提灯のデザインをしてくれたのは、ヘアメイクアップ・アーティストの根本亜沙美さんなんですが、普段僕の髪をスタイリングすることで音楽に関わっている人が、自分の仕事以外のデザインをして、化学反応を起こす。これが音楽的だなと思います。
——美術ではサウンド・アートやサウンド・インスタレーションなどがありますが、山口さんはこれまでそういった作品に触れる機会はありましたか?
ありましたが、僕はあまり感動したことがないんです。ミュージシャンの視点からそういう作品を見ると、観客を「突き放している」ように感じてしまう。僕たちは「手を伸ばせば一歩先にいる」ことをやりたいと思っているので、なかなか共感できないんです。
だから僕は、アートを知れば知るほど「アーティスト」にはなれないなと感じます。ただの「音楽変態」でいたいですね(笑)。
僕らの強みは、外に向けて音楽を発信できることなんです。僕らが今回みたいにアートに関わったりすると、普段アートに興味がないリスナーの人たちにも足を運んでもらえるチャンスが生まれる。
アート界はともすると閉鎖的になりがちだと思うんですね。しっかりしたコンテキスト=文脈がないと受け入れてもらえない。もちろんそれはそこ(コンテキスト)に価値があるからですが、僕はもっと現代アートを知ってもらいたい。そのために、僕らがアートをつくるのではなく、その入り口になれたらいいなと思っています。
——あくまでサカナクションも山口さんも「ミュージシャン」としてアートに関わりたいと。今回の作品の制作にあたり、音楽制作との違いはありましたか?
この作品で音楽的要素があるとすると、「ライブ」です。電車のメロディーをどう演出するかは、照明や感情の揺さぶりか方などを考えるライブの演出に近いんですね。だから普段自分がやっている仕事と大きな違いはなかったし、関わる人たちも同じチームなので違和感なくやれました。
——アート分野での活動は音楽活動にもいい影響を与えそうでしょうか?
もちろんです。ただ僕らの大義は、音楽を知ってもらいたいということ。それは曲だけでなく、音楽はどういう風に構成されているのか、その「仕組み」を知ってもらいたいんです。
音楽を伝えるために、ヘアメイクやスタイリスト、プロモーターなどいろんな人が関わっている。その仕組みを知ってもらいたいから、今回の作品はヘアメイクの根本さんと一緒につくったんです。
だから今回の作品も、アートを見にくるつもりでは来てほしくない。音楽を生み出している人たちが新しい表現を模索している、ということを知ってもらえたらと思いますし、その断片を感じ取ってもらえればいいですね。
もう一つの大義として、音楽に貢献したいんですね。ファションにもアートにも負けたくないんです。音楽を入り口にして、アートや写真、ファッションを好きになる人が増えれば、音楽が持つ価値の幅が増えると思う。僕はその取り組みを一生懸命やっているところです。
——山口さんご自身、アートから影響を受けることはあるのでしょうか?
もちろんです。音楽とアートの共通点は「コンセプト」なんですよ。どういうコンセプトをどう表現するか。以前はアートのほうが自由だと思っていましたが、音楽も同じなんだと思えたとき、自分の考え方が増えた。それがアートから得たことだし、一番大きな感動でしたね。
——ちなみに、いま一番興味のあるアーティストは誰ですか?
僕は「もの派」が好きなんです。李禹煥(リー・ウーファン)が好きで、彼の作品はすごく音楽的だなと思うんです。
「もの」と「もの」が向かい合う緊張感や、素材に対する人間の関わり方の線引き、せめぎ合いが音楽的なんです。たとえばドラムの音も、生音と録音ではまったく違うんですね。録音された音を生音に近づけるとき、近すぎるとつまらないし、遠すぎると別物になる。生と生じゃないもののせめぎ合いは「もの派」と近いと感じます。