多角的な視点から世界をとらえたい。薄久保香インタビュー
アーティストの薄久保香は、写真撮影、デジタル画像の制作、絵具と筆を用いたペインティングという3段階の制作過程を経て作品を完成させる。個展が開催中のMA2 Galleryで、世界をとらえるその方法論について話を聞いた。
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「私の作品制作がどういう風に始まるか、その根幹を担うコンセプトとして、偶然の法則によるということを大事にしています」と、制作の核について薄久保は話し始める。「そこに着眼する意図としては、私たちの意識だけでコントロールできない世界を見てみたいという思いがあり、実際に私が作品で扱うモチーフやモデルも主体的に選ぶというよりも、偶然的な宿命を大事にしています。私が好きな民藝運動の陶芸家で詩人の河井寛次郎が、『鳥が選んだ枝。枝が待っていた鳥』という言葉を残しています。通常、鳥が主体的に選んだものが枝で、枝は受動的な存在としてとらえられますが、じつは一見能動的には見えない受動的な何かが鳥を引きつけたのかもしれない。鳥を人間に置き換えると、自分たちが主体的に何かをする他方では常に静的な何かに行動や思考を操られているのかもしれません。私は、そういった多角的なアイディアをもってこの世界を見続け、絵画に表現していきたいと考えています」。
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本稿冒頭の作品に描かれたサングラスをかけた少女は、ベルリンのギャラリストであるフリードリッヒ・ルークの娘だという。一家で京都を訪れる機会があった彼から、京都のスタジオで娘の撮影をしないかと提案を受けたことから制作がスタートした。「彼女の曽祖母から受け継いだ120年前のドレスがあるけど、興味があるなら持って行くよ」と。120年間の歴史が蓄積するドレス、100円ショップで手に入れたサングラス、即興で作ったペーパークラフト。これらは、まったく異なる価値と文脈のなかにありながらも、一枚の絵画のなかでは共に等しい価値をもって存在している。
カメラという客観的な目線で最初に世界を切り取り、そこからCGによってドローイングを行いながら画像を再制作する。そして最終的には、アナログな描く行為を経て絵画作品を完成させる。写真のリアリティやCGの表現、絵具とキャンバスの物質感などを組み合わせて、自身がどのように主題と向き合ってその対象物を認識したのかが画面に刻まれる。
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「モチーフと手法との出会いが自分にとっては重要です。一目惚れみたいなのとはちょっと違っていて、出会った瞬間には気づかないけれど、写真撮影やCGでのドローイングなどを通して、反復される現実の狭間に現れる特異点を見つける瞬間があるんです。おそらく、写真を通した光と時間、CGを用いた反復される世界、絵具や筆によるアナログで不完全な手法とが、それぞれ出会ったときに化学反応を起こす感覚のようなものかもしれません。そして、それぞれは絵のなかで段差を持たないレベルで溶け合いながらひとつの像(絵画)へたどり着きます。その瞬間に出会えるのが絵を描く喜びのひとつです」。
絵画にはフレームがあり、それは制限でもある。しかし、広い世界と向き合う方法は多様であり、それを表現する手段も無限だ。そう信じる薄久保香は、あらゆる制作方法を手放すことなくペインティングの可能性を追求し続ける。
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