さらばサックラー・ファミリー。メトロポリタン美術館の決断
現在アメリカで問題となっているオピオイド危機への関与で、批判にさらされているパーデュー・ファーマ社と同社を経営するサックラー・ファミリー。一族から数十年にわたって寄付を受けていたメトロポリタン美術館が、今後の寄付の受付を見合わせることを発表した。
メトロポリタン美術館、アメリカ自然史博物館も寄付の受付見合わせへ
オピオイド問題の渦中にあるパーデュー・ファーマ社と同社の経営に携わるサックラー・ファミリーのメンバーは、現在複数の訴訟の対象となっている。この状況を受け、一族から寄付を受けていたナショナル・ポートレート・ギャラリー(ロンドン)、テート美術館、グッゲンハイム美術館などが相次いで、今後一族からの寄付を退ける決定を下した件は、以前の記事で触れた。
その後、ほかの美術館の対応にも注目が集まっていたが、5月15日、メトロポリタン美術館が「オキシコンチンの製造元、パーデュー・ファーマ社に関わるサックラー・ファミリーのメンバーからの寄付の受付を見合わせる」と発表した。「オピオイド製品の製造、及び製品の乱用に起因する公衆衛生危機に関与した個人からの寄付が精査されるなか、当館における寄付に関するポリシーの見直しもせざるを得なくなった」という。
同美術館の館長兼CEOのダニエル・ウェイスは、「サックラー・ファミリーは、50年にわたって、寛大にメトロポリタンをサポートしてきてくれた。新しい寄付の計画はなかったものの、現在進行中の訴訟を考慮し、同館としては慎重な対応をとることとなり、この公共衛生危機に関与した個人からの寄付を見合わせる決定を行った」とコメントしている。
また、ニューヨークタイムズ紙によると、アメリカ自然史博物館も同様に、サックラー一族からの寄付の見合わせることにしたという。
問題視されているマーケティング方法
2017年にニューヨーカーに掲載されたオピオイド問題とサックラー・ファミリーに関するルポでは、パーデュー・ファーマ社がオキシコンチンの販売を開始する前から、ペイン・マネージメント(疼痛管理)の専門家に報酬を支払い、メディアでオピオイドの持つ依存性を否定するようなコメントを出すよう依頼していたことなどが、明らかにされている。製品発売開始後も、同様のアプローチが取られ「オキシコンチンはあらゆる痛みの緩和に使用できる依存性のない安全な鎮痛剤」というイメージを頒布するための積極的なマーケティングが行われていたことが仔細にレポートされた。
しかし、オピオイド危機へのサックラーの関与について、一般の関心が高まったのは今年に入ってから。昨年、パーデュー・ファーマ社と同社の経営に関わっていたサックラー・ファミリーのメンバー8名に対する訴訟が、マサチューセッツ州で起こされた。今年初めに、その裁判資料が公開されると、その内容が広くメディアで報道されるようになった。
96年に開かれたオキシコンチンのローンチ・パーティーで、パーデュー・ファーマ社の経営に関わるリチャード・サックラーが参加者に対し「オキシコンチン錠剤の販売開始で、処方箋の嵐が巻き起こり、競合他社を埋め尽くす」とコメントしたとする証拠などが、資料の中には含まれている。
争点になっているのは、サックラーが医師や患者に対しオキシコンチンのリスクについて誤った情報を提供していたのではないかという点。さらに、オピオイドを大量に処方する医師に狙いを定め、積極的な製品の売り込みを行った疑いも持たれている。サックラー側が、オキシコンチンが乱用され、ブラックマーケットで流通していることについても把握していながら、事態を軽視し当局に報告を怠ったことなども、裁判資料の中で示されているという。
サックラー側は嫌疑を一貫して否定しているが、裁判資料の公開に伴い報道が過熱するなかで、サックラーの取ったこれらの営業手法により、本来であればオピオイドを必要としない人々にオキシコンチンが広まり、オピオイド危機へと発展したのではないかという疑いが強まっている。
訴訟に関する報道が広がるなか、美術館が相次いでサックラー・ファミリーからの寄付受付の停止を表明していたが、メトロポリタン美術館、アメリカ自然史博物館もそれに続いたかたちとなる。
美術館の対応にも厳しい目
メトロポリタン美術館のハイライト、デンドゥール神殿があるエリアは、「サックラー・ウィング」と命名されているが、サックラーの名を取り除くことは予定していないという。ウィングがオープンしたのは、1978年。パーデュー・ファーマの創設者である、アーサー、レイモンド、モーティマーの3兄弟の名が刻まれているが、この寄付が行われたのは、オキシコンチンの製造が始まる20年以上前のこと。またアーサーは、同製品の製造が始まる10年近く前に他界しており、オピオイド危機との直接的な繋がりはない。このような背景は、過去に行われた寄付への対応を難しくしている。
サックラー側は、メトロポリタンの決定に関し「一族に対する嫌疑は誤りであり、不当であるものの、現状において我々から寄付を受けることは、メトロポリタン美術館を厳しい立場に置くことは理解しており、それは我々の望むところではない」とコメントしている。
大きな社会問題である「オピオイド危機」に関連するとあって、美術館の対応も厳しい目にさらされている。サックラー・ファミリーに限らず、寄付受付に関するポリシーの見直しなど、美術館運営に少なからず影響を与えている本件。今後の動向にも注視していきたい。