台湾海峡で緊張が続くなか、30周年を迎えた「ART TAIPEI」はいかにサバイブするのか?
アジアでもっとも長い歴史を誇るアートフェアで、今年30周年を迎えた「ART TAIPEI」が開幕した。アジア各国に新しいアートフェアが次々と誕生し、また中国と台湾の緊張関係が続くなか、同フェアはどう対処しているのか? 現地からレポートする。
「台湾のアートマーケットが強い。海外で同じ都市のアートフェアに1年2回も出展するのは台北だけだ」と、10月20日に台北で開幕したアートフェア「ART TAIPEI」の出展ギャラリーのひとつ、小山登美夫ギャラリーのディレクター・長瀬夕子は話す。
1993年に設立され今年30周年を迎えたART TAIPEIは、アジアでもっとも長い歴史を誇るアートフェア。中国本土のアートマーケットが爆発的な成長を遂げた2000年代半ば、同フェアはアジアの主要ギャラリーが必ず参加すると言ってもいいフェアのひとつになった。しかし2010年代に入ると、アート・バーゼル香港や上海のART021、ウェストバンドなどのアートフェアの台頭により、同フェアは地域内の国際的なアートフェアからより国内の若いギャラリーにフォーカスしたフェアへと徐々に変わっていった。
2019年、The Art Assemblyは台北で「初回のアートフェアとしては最強の出展者リストを持つ」と言われるTaipei Dangdaiを新たに立ち上げ。コロナ禍以降は、フリーズ・ソウルや同じくThe Art Assemblyの主催によるART SG、Tokyo Gendaiといった新たなアートフェアがアジア各国に次々と誕生し、ART TAIPEIにとっては挑戦的な時期を迎えたと言える。
こうした背景のもと、同フェアの主催者である社団法人中華民国画廊協会の理事長を務める張逸群(オリバー・チャン)は、今年のフェアで「業界の自助、地域の自立」というスローガンを打ち出している。その具体策のひとつとしては、日本や韓国を中心とした北東アジアと、インドネシアやシンガポールを中心とした東南アジアの出展ギャラリーを増やすことが挙げられる。
今年のフェアには144軒のギャラリーが参加。68軒は海外に本拠地を置くギャラリーであり、そのうち約半数は日本のギャラリーとなっている。
会場内を巡ってみると、所々にある2次元的なかわいらしい作風の作品に退屈や疲れを感じるいっぽう、通常、大型の国際的なアートフェアで見逃されがちな中小ギャラリーによって展示される作品のなかには目を見張る良質なものがある。
台北に拠点を置くDouble Square Galleryは、2018年に森美術館で開催された「カタストロフと美術のちから展」の参加作家のひとりであるホァン・ハイシンによるブラック・ユーモアにあふれる絵画作品をはじめ、6人のアーティストによる絵画、彫刻、映像、インスタレーションなどの作品を紹介。ギャラリーの創設者である胡朝聖(ショーン・フー)はこう話している。「アートフェアではトレンドな作品に流されがちなので、自分が信じるアーティストの紹介に専念すれば、ギャラリーの価値を際立たせることができる。これは私にとってとても大事なことだ」。
YIRI ARTSは、1962年に出版された生物学者レイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』をテーマにしたグループ展を開催し、環境問題への関心を喚起することを目的として人間と環境との多次元的な関係を探求し、それに呼応するような作品を紹介。ルー・ロス、マティアス・ガーフ、ローラ・リンブルク、丸山太郎、小瀬真由子、中村太一など、若手からベテランまで世界各国のアーティスト23名が参加している。
ギャラリーオーナーの黄禹銘(オートン・ホァン)によると、開幕初日にはすでに合計1000万ニュー台湾ドル(約4600万円)を超える作品20点近くが売れたという。台湾の2大アートフェア、Taipei DangdaiとART TAIPEIの比較について彼はこう続けた。
「出展ギャラリーのラインナップという点では、Taipei Dangdaiのほうがより魅力的だと言えるだろう。地元のコレクターは海外に行かなくても国際的に有名なアーティストの作品を購入することができる。しかし、地元のギャラリーにとってはこうしたコレクターが海外のギャラリーで予算を使い切ったあと、地元のギャラリーで作品を購入するお金がなくなるというデメリットがある」。
いっぽうで、ART TAIPEIに出品される作品の平均単価は比較的に低いため、地元のギャラリーにとっては売れ行きがより良くなる。また、こうした作品は同時に若いコレクターにとって入手しやすいので、このフェアは新しいコレクターが作品収集を始めるきっかけにもなる。
こうした売れ行きのいい作品があるいっぽう、時折、非常にアカデミックな作品を紹介するギャラリーも見られる。例えば、インドネシア・バンドンに拠点を持つギャラリー・ArtSociatesはジャカルタ出身のアーティスト、エディ・スサントの個展「Geohistorical Romance of Asia(アジアの地史ロマン)」を開催。同フェアのために制作された5点の絵画新作が展示されている。
南シナ海と台湾問題に代表される東アジアの激動する地政学的状況の複雑性を反映するこれらの作品。そのうちの3点には、1940年代の北京、香港、台北の地図がその背景に描かれており、上には約13世紀から15世紀にかけてインドネシア諸島全域とマレー半島を統一していたマジャパヒト王国の年代記『Babad Majapahit』からのテキストを用いて描かれた当時3都市の風景や人物が重なっている。かつて日本の植民地支配に抵抗していた中国、台湾、香港の一体感や団結が表れながら、対立や権力闘争があるにもかかわらずアジアや世界諸国が平和的に共存し、他者を尊重し合うことに対する期待も込められているという。
ギャラリーディレクターのアンドノワティによれば、北京と香港を描いた作品は開幕前に既存の顧客によってそれぞれ1万6800ドルの価格で購入。台北の作品に対しても東南アジアのコレクターから購入の希望があったが、「台湾人のコレクターの手に渡したい」ため作品をキープしているという。
台湾のアートマーケットについて語るとき、その「部屋の中の象」、つまり中国と台湾の現在の緊張関係や、中国が台湾にかけた政治的・経済的圧力について言及しなければならない。
中国政府は2019年、中国本土から台湾への中国人の個人観光旅行を禁止し、いまだに再開していない。その影響により中国本土のコレクターやギャラリストの姿はフェアの会場からほぼ完全に消えてしまっている。
前述の中華民国画廊協会のチャン理事長にこうした影響にどのように対処しているのかと尋ねると、彼は率直な様子で、北東アジアや東南アジアのアートコミュニティとの交流を拡大することの重要性を改めて強調している。
加えてチャン理事長は、同協会が台南と台中で行う「ART TAINAN」と「ART TAICHUNG」、そして昨年台北で立ち上げた、アーティストを個展形式で紹介する「ART SOLO」といったよりローカルなアートフェアによってもたらされた効果を付け加える。こうした中小規模のアートフェアを開催することで、台湾各地の若いコレクターのリソースを深く耕すことができるだけでなく、シーズンごとにフェアを開催することにより運営チームの組織力や企画力を短期間に向上させることもできる。
中国人コレクターの不在についてDouble Square Galleryのフーは、彼らの来場が叶えないかわりに、ギャラリーはWeChatや小紅書(シャオホンスウ)など中国のSNSを介して国内のコレクターに積極的にアプローチしていると言う。いっぽう、小山登美夫ギャラリーの長瀬は台湾のコレクターのポテンシャルに対して高い期待を示している。
長瀬はこう話している。「彼らは企業やファウンデーションのお金を使って作品を買うわけでなく、ほとんどは個人で動いていて自分の判断や意思でコレクションを形成している。その点では海外のコレクターたちとかなり違う。たとえこの国になにが起きたとしても、台湾のコレクターたちは逞しくサバイブすると思うのだ」。