「田名網敬一 記憶の冒険」(国立新美術館)開幕レポート。世界初の大規模回顧展
国立新美術館で、国際的にも高い評価を得る日本人アーティスト・田名網敬一の世界初となる大規模回顧展が始まった。会期は11月11日まで。
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デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、60年代から現在に至るまで幅広いジャンルを横断し、独自の地位を築いてきたアーティスト・田名網敬一(編集部注:田名網は8月9日に88歳で逝去した)。その世界初の大規模個展「田名網敬一 記憶の冒険」が国立新美術館で幕を開けた。担当キュレーターは小野寺奈津(国立新美術館特定研究員)。
田名網は1936年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業。在学中にデザイナーとしてデビューし、75年には日本版月刊『PLAYBOY』の初代アートディレクターを務めるなど、早くから雑誌や広告を主な舞台に、日本のアンダーグラウンドなアートシーンを牽引してきた。また60年代からはデザイナーとして培った方法論・技術を駆使し、絵画、コラージュ、立体作品、アニメーション、実験映像、インスタレーションなどを制作。アートディレクター、グラフィックデザイナー、映像作家など、そのジャンルを横断した類まれな創作活動により、他の追随を許さない地位を築いてきた存在だ。
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今年米寿を迎えた田名網にとって世界初の大規模回顧展となる本展は、そのタイトルのとおり「記憶」という言葉をキーワードに作品をたどることで、田名網の半世紀以上にわたる創作活動の全貌に迫ろうというもの。
国立新美術館館長の逢坂恵理子は、田名網について「戦後のアメリカ大衆文化に影響を受けながら、ジャンルとメディアを特定させず旺盛な活動を続けてきた。その源には、幼い頃の戦争の記憶や大病の体験がある」としつつ、「類稀なアーティストの創造の世界を体感していただきたい」と語っている。
本展のイントロダクションにあたる0章「生と俗の境界にある橋」でまず登場するのが、田名網にとって重要なモチーフである橋を使った新作インスタレーション《百橋図》だ。田名網はこれまで葛飾北斎の《諸国名橋奇覧》(1833-34)や、幼年時代の遊び場であった目黒雅叙園にあった太鼓橋の絵、日本映画や演劇に登場する橋などから、橋にまつわる不思議な逸話や歴史に関心を持っており、近年はこうしたエピソードを背景に橋を主題とした作品制作に取り組んできた。田名網は「橋の下にひっそりと広がる無限の暗闇、底知れぬほどの謎を秘めた神秘的異空間への興味は、尽きることがない」と語っている(本展公式図録 P.12より)。
本展で初披露となったこの新作は、橋が幾重にも渦高く重なり合う、高さ約3.5メートルのインスタレーション。そこにプロジェクションマッピングで投影された田名網が描く奇妙な生き物たちが歩き回る、まるで異界への入口だ。これと対を成すように、新作の屏風型のコラージュ作品も展示され、田名網が想像する橋の向こうの世界が暗示されている。これから始まる「記憶の冒険」へと鑑賞者を誘うキーピースだ。
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1章には、日本最初期のポップ・アートとも評される「ORDER MADE!!」シリーズ(1965)や、幼少期の戦争の記憶と結びついている金魚モチーフが初めて登場した《Gold Fish》(1975)、『Avant Garde』誌(アメリカ)が主催したベトナム反戦ポスターコンテストに入選した「NO MORE WAR」シリーズ(1967)など、60〜70年代の作品が壁面を埋める。
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続く2章の「虚像未来図鑑」では、69年に出版された同名のアーティストブックや日本版月刊『PLAYBOY』、そして70年代のコラージュ作品が紹介。無数のイメージを組み合わせる、現在の田名網の作品にもつながる手法が確立されていく時代を振り返る。
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田名網は60年代、グラフィックデザイナーとして活動する傍ら、アニメーション作家・久里洋二のもとで映像制作を学んだ。3章「アニメーション」では、田名網による60〜70年代の映像作品の素材が絵画のように並ぶ(実際の映像も見ることができる)。
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81年に結核を患い、4ヶ月に及ぶ入院生活を余儀なくされた田名網。薬の強い副作用によって幻覚に悩まされたが、そのイメージは極彩色かつキッチュな作品へと昇華されていった。4章「人工の楽園」には、その入院以降に制作された絵画群のほか、幻覚のイメージが幼少期の積み木と結びついた《昇天する家》(1987)などの立体作品が、ひとつの街のように空間を構成する。
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90年以降、ドローイングによって自身の記憶の検証を試みるようになった田名網。5章「記憶をたどる旅」には、同名シリーズの一環である「エレファントマン」シリーズ(1990頃)や、夢や記憶にもとに制作された「生命誕生」シリーズ(1995〜2000)、過去の美術作品と田名網の夢のイメージが組み合わさった《蝸牛の迷宮》(1995)などが並ぶ。
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先述のアニメーションとは別に、田名網は70年代アメリカのアンダーグラウンドなインディペンデント映画に影響を受け、実験映像も制作した。6章「エクスペリメンタル・フィルム」では、印刷技術を映像に取り入れ、新聞や雑誌の網点を拡大し動かした《Why》(1975)などが、いまなお新鮮な驚きを与えてくれる。
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7章「アルチンボルドの迷宮」は、アルチンボルドの作品を引用してつくられた新作の立体《アルチンボルドの迷宮》(2024)を中心に、壁面には色指定原画と完成されたポスター、そしてアトリエのような小部屋があり、田名網の脳内を覗き込むような空間だ。
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8章「記憶の修築」は、2012年に発見した過去のコラージュ作品に触発されて制作したキャンバスのコラージュ作品とともに、《記憶の修築》(2020)と題された温室が展示室の中心に佇む。田名網のアイデアの源泉たる夢と記憶。、《記憶の修築》の中に閉じ込められた、田名網の夢日記にも注目してほしい。
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コロナ禍以降、田名網はピカソの模写である「ピカソ母子像の悦楽」シリーズを手がけており、その数は700点を超える。9章の壁面はこのシリーズが埋め尽くす。古今東西の様々なイメージを使いこなしたピカソと田名網。時空を超えた巨匠のリンクが見られるだろう。
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2000年代以降の田名網の根幹にあるのが、自身の記憶の曼荼羅とも言える大画面の作品だ。戦闘機から金魚、松などに至るまで、膨大なモチーフがコラージュされるこのシリーズは平面・立体の双方に及んでおり、尽きることを知らない田名網の制作意欲が存分に感じられる。作品に登場する奇形の生き物たちは、「戦争で傷ついた人々であり、恐れることを知らない私たち自身」だという。
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最後の2章は、コラボレーションにフォーカスしたものだ。11章では、2015年以降続けられてきた赤塚不二夫作品とのコラボレーション絵画が並び、エピローグにはファッションや音楽界など様々なジャンルとの協業よって生み出されたクリエーションの数々、また田名網がアートディレクションしてきた書籍やレコードなどが凝縮されてれる。
コラボレーションによって広く流通していく田名網の作品。そこからは、田名網の活動初期から一貫している姿勢が見えるとともに、尽きることがない興味の源泉を感じることができる。
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