2024.11.18

混迷の時代における芸術の役割とは? 第35回世界文化賞受賞者ら集う

世界の優れた芸術家に贈られる「高松宮殿下記念世界文化賞」。その第35回受賞者がオークラ東京に会し、記者会見と記者懇談会を行った。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖編集長)

第35回世界文化賞受賞者。左から、坂茂、ソフィ・カル、マリア・ジョアン・ピレシェ、ドリス・サルセド、アン・リー
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 1988年に設立され、世界の優れた芸術家に贈られる「高松宮殿下記念世界文化賞」。その第35回受賞者たちが一堂に集う記者会見がオークラ東京で行われた。

 世界文化賞は、1887年に設立された公益財団法人日本美術協会の設立100年を記念し、前総裁・高松宮殿下の「世界の文化芸術の普及向上に広く寄与したい」という遺志を継いで創設されたもの。毎年、世界の芸術家を対象に絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門において受賞者が選ばれ、それぞれに感謝状、メダル、賞金1500万円が贈られる。

 1989年以来、高松宮殿下記念世界文化賞では35ヶ国180名の受賞者が選ばれており、オラファー・エリアソンアイ・ウェイウェイ、妹島和世+西沢立衛/SANAAウィレム・デ・クーニングデイヴィッド・ホックニー李禹煥草間彌生杉本博司三宅一生アントニー・ゴームリージェームズ・タレルなどが名を連ねている。

受賞者はソフィ・カルら5名

 今年の受賞者は、ソフィ・カル(絵画部門)、ドリス・サルセド(彫刻部門)、坂茂(建築部門)、マリア・ジョアン・ピレシェ(音楽部門)、アン・リー(演劇・映像部門)の5名。加えて、今年で第26回となる若手芸術家奨励制度の対象団体としても同時に発表され、コムニタス・サリハラ芸術センターが選ばれている。

 絵画部門を受賞したソフィ・カルは1953年フランス・パリ生まれ。フランスを代表するコンセプチュアル・アーティストのひとり。三菱一号館美術館のリニューアルオープンを飾る「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」(11月23日~25年1月26日)も予定されている。

ソフィ・カル《眺めのいい部屋》(2003年、ギャラリー小柳での展示風景
© Sophie Calle / Courtesy of Gallery Koyanagi

 彫刻部門のドリス・サルセドは1958年コロンビア・ボゴダ生まれ。力、喪失、記憶、痛みをテーマに、そのメタファーとして椅子など木製家具や衣類、花びらといった身近な素材を再利用・再構築しながら表現しており、2014年にはヒロシマ賞を受賞。現在は、ウクライナ、ガザ、シリアのような場所で目撃される「被害者を苦しめ、強制的に移住させることを目的とした、故意による家の破壊」を扱う、人間の髪の毛を使った作品を制作している。

ア・フロール・デ・ピエル 2012 バラの花びらと糸
バーゼル・バイエラー財団美術館の展示風景(2023)
Photo: Mark Niedermann
Courtesy of Doris Salcedo Studio

 建築部門の坂茂は1957年東京生まれ。「紙管」を使った革新的なデザインで建築の世界で新たな地平を切り拓いた、日本を代表する建築家のひとり。また世界各地で被災地支援活動を継続的に行うなど、「行動する建築家」として高い評価を得ている。2014年には「建築界のノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞を受賞。ミュージアム建築としては、ポンピドゥー・センター メス大分県立美術館下瀬美術館豊田市博物館などを手がけてきた。

下瀬美術館(2023)
Photo: Hiroyuki Hirai Courtesy of Shigeru Ban Architects

 また音楽部門の受賞者であるマリア・ジョアン・ピレシュは、現代を代表するピアニストのひとり。1999年には、農村出身の子供たちのための合唱団、実験的なコンサート、プロ・アマを問わないアーティストのためのワークショップを展開するベルガイシュ芸術センターをポルトガル東部に設立している。

 演劇・映像部門の受賞者であるアン・リーは、アメリカ中心に活動する台湾生まれの映画監督。洋の東西を問わず、時代の奔流と向き合う人間を描く芸術性と、多くの観客を引きつける娯楽性を両立させた作品を生み出し、世界的な名声を得ている。男性同士の「愛」を描いた『ブロークバック・マウンテン』(2005)でアカデミー賞監督賞を初受賞。この作品と、日本軍占領下の上海を舞台にしたスパイ映画『ラスト、コーション』(2007)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を2度にわたり受賞した。

ブロークバック・マウンテン(2005)
Photo: Kimberly French/Focus Features
Courtesy of River Road Entertainment
Courtesy of Universal Studios Licensing, LLC

「芸術は暴力に対する勝者になる」

 今回の受賞者記者会見には世界文化賞の国際顧問らも出席。そのうちのひとりであるヒラリー・ロダム・クリントンは、「この賞が創設された35年前の状況は、今日とはかなり違うものだ」としつつ、「しかし芸術の持つ力はさらに重要さを増している。政治的あるいは経済的な課題などがある変化が早い時代にあっても、芸術の力や役割は我々を光に導くものだと信じている。今後、この賞の重要性はさらに高まるだろう」と世界文化賞の意義を強調した。

合同記者より、右から二人目がヒラリー・ロダム・クリントン

 世界を戦争や環境危機、経済格差の拡大などが取り巻く「混迷の時代」において、芸術家たちは何を思うのか? ソフィ・カルは一見政治的なコンセプトを持つアーティストではないが、自身の活動を次のように語っている。「私が1979年にアーティストとして仕事を始める前、私は政治活動をしていた。アーティストになったときも活動家的なアーティストになりたいと思っていたがうまくいかなかった。私はもしかしたらほかの受賞者と比べたら政治色は少ないかもしれないが、奥深くではそうした(政治的な)懸念が私を突き動かしている。私の活動は女性としての取り組みであり、それ自体が政治的な側面を帯びている」。

ソフィ・カル

 もっとも強い印象を残したのは、すべての作品において、暴力の被害者をモチーフにするドリス・サルセドの言葉だ。サルセドは現代を「我々は共感する力をなくしてきており、人間性が失われていく時代」としつつ、次のように語りかけた。「芸術家として、悲惨な体験をもっと高みに上げ、根本的な人間の感覚を取り戻せればと思う。悲惨な状況に抵抗する人々はつねにいる。それを考えると、人生や生命は素晴らしいものだ。だからこそ、それを無にする暴力を深く憎む。芸術は暴力に対する勝者になる。芸術は命を救ったり、傷を癒すことはできないが、社会を変えることはできると思っている」。

ドリス・サルセド