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2021.8.2

書評:式場隆三郎のエネルギーに共鳴する1冊。『式場隆三郎[腦室反射鏡]展図録』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本から注目の図録やエッセイ、写真集など、様々な書籍を紹介。2021年8月号の「BOOK」2冊目は、精神科医でありながら、民藝運動からゴッホ論、精神病理学入門にいたるまで健筆をふるい、多彩な活動を行った式場隆三郎の足跡を紹介する『式場隆三郎[腦室反射鏡]展図録』を取り上げる。

評=中島水緒(美術批評)

『式場隆三郎[腦室反射鏡]展図録』の表紙

式場隆三郎と重なる、1冊への情熱

 始めに断りを入れよう。本書は新潟市美術館ほか2館を巡回した式場隆三郎展の公式図録であるが、ただの展覧会カタログではない。まず、書籍のデザインからして破格だ。やけに触覚に訴えかける分厚い用紙、ヌラヌラギラギラと照りつけるインクの発色、妖しい朱色のキャプション、変幻自在に縮小/拡大する文字ポイント、本文ばかりか帯裏から見返しまでを埋め尽くす膨大な文字情報、図と地が干渉して液状化を起こした紙面──。すべてが過剰なのは、多方面にわたって執筆・事業活動を展開した式場の怪物的なエネルギーに本書が共鳴しているせいだろう。文芸誌同人として、美術や民藝運動を紹介する著述家として、ゴッホの複製画展や山下清展を組織する事業家として、造書にも蔵書にもこだわりのある愛書家として。式場は傾倒する対象に資力・労力を惜しまない人物であり、医師とそれ以外の顔、さらには昼夜の区別もなく精力的に動いた。その脳内にはめくるめくイメージがつねに乱反射していたに違いないのだから、式場の世界像をVRゴーグルのように強制装着させる本書が眩暈を引き起こすのは無理もないことだ。さらに警戒心を抱かせることに、本書からは最後まで読んだら気が狂う、との評判高い『ドグラ・マグラ』(夢野久作著、1935年)と同種の香りが漂う。

 書物をめぐる語りがこのような大言壮語に近づいてしまうのも、「腦室反射鏡」がもたらす副作用かもしれない。なので、ここから先は酔いから醒めるための案内を。

 カタログの後半には式場の業績に多角的に切り込む5本の論考が収録されている。いずれも式場の「多産」で「放射的」な活動を整序する貴重な研究である。まずは収録順通り、本展企画者の藤井素彦による論考の一読をおすすめしたい。式場が青年期に関わった同人誌『アダム』と『白樺』の関係をひもとく同論文は、当時の文芸潮流が式場にもたらした影響、そして本づくりに懸ける式場の情熱の原点に思いを至らせるものだ。

 式場は高尚な知識人の地位などには恋々としない存在だった。その仕事を正しく評価・相対化するには、時代を牽引した先見の明のみならず、いかがわしさや俗っぽさも加味して文化史全般への影響力を見ていく必要があるだろう。展覧会カタログの定石を覆した恐るべき奇書にして、今後の式場研究が必ず通過する資料集。式場の本分にかなったこの危うい二面性にこそ、本書の最大の魅力がある。

『美術手帖』2021年8月号「BOOK」より)