文化芸術活動はいかに収益力を強化できるのか? Vol.2 公益社団法人能楽協会の事例から
多様な文化芸術活動の収益力強化について考え議論する場を提供する全5回のトークイベント「サバイブのむすびめ」。トークイベントの第2回目は、能楽師として舞台に立ち、公益社団法人能楽協会で理事も務める山井綱雄を迎えて行われた。モデレーターは事業構想大学院大学特任教授の青山忠靖。
新型コロナウイルスの感染が第一波として拡大した2020年春、緊急事態宣言が発令されたときに劇場は公演の自粛を要請されるなど演劇界は大打撃を受けた。能楽も例外ではない。現在では観客席50パーセントまでの集客を条件に劇場公演が認められてはいるものの、30パーセント程度しか埋まらないのが現実だという。能楽協会理事の山井綱雄は「650年から700年続いてきた能楽の世界を我々の時代に終わらせることはできない」と危機感をにじませる。
「我々の時代に終わりました、なんて言ったらあの世で先人たちにいくらお詫びしてもしきれません。いかに最高の形で次の世代にバトンタッチできるかというのが、我々能楽師にとって最大の使命です。能楽というのはどんなジャンルと並べても独自で、素晴らしいものだという矜持をもっています。最先端の技術を駆使し、踏み込んだかたちでの映像配信を行うことに可能性を感じたので、凸版印刷さんと組ませていただきました」。
山井理事は3本の映像を上映した。最初の映像は、広島県宮島の厳島神社の能舞台で撮影した『船弁慶』だ。天気も良い日を選び、満潮の時間を調べて撮影することで、自然の流れを感じ、自然とともに生きる日本人のメンタリティを映像に表現した。厳島神社での映像というだけでも美しいが、能舞台の臨場感を収めるために複数台の360度カメラで撮影を行い、ゴーグルで見れば全景を見渡せるVR映像に仕上げた。また、囃子方の手前など舞台上の複数の場所からも撮影が行われたため、VRゴーグルのスイッチによって舞台上から演目を楽しむこともできる。観客席最前列のプレミアシートで味わえる臨場感のみではなく、通常は上がることのできない舞台からの景色も味わえるのだから、有料配信するコンテンツとして高い価値をもっている。
2本目は、能楽の古語による言葉に漫画の吹き出しのように現代語訳をつけたり、わかりにくい場面の説明テロップを入れたり、徹底的にわかりやすく解説しながら演目を見せる動画だ。能に興味を持つビギナーへの入口として機能するのみではなく、教師が授業で子供たちに能を紹介するためなど教育の現場でも活用されている。無料コンテンツとして山井が自主制作したこの動画は、山井のYouTubeチャンネルと久良岐能舞台のホームページで見ることができる。そして3本目は、広告映像作家に委託し、能を徹底的にスタイリッシュに、アートの映像作品のようにその世界観を伝える演出が施された映像だ。
「大事なのは、彼らが我々の依頼を面白いと感じていただくことでした。そう感じていただけたことで、能楽師側と彼らがアーティスト対アーティストとして尊重しあい、能楽をモチーフにかっこよく、素敵で綺麗な映像をどこまでできるかのチャレンジが実現しました。実際に演じたら70分ほどになる『羽衣』の演目を5分弱にまとめたのですが、映像作家の方々からも『こんなに魅力的な題材だということを知らなかった』という感想をいただけたのは、大きな収穫でした」。
ユネスコ無形文化遺産に指定されている能楽だが、遺産ではなく、あくまでも現在進行形で現代の人々と関係を結ぶ芸術であることを山井は強調する。そして未来に受け継がれていくために、映像配信を通して能楽堂でのリアルな公演へと観客を呼び込む。モデレーターを務める事業構想大学院大学の特任教授、青山忠靖がマーケティングの観点から「ターゲットをグローバルに設定したほうがいいですね」と最後に助言を行った。
「従来の能楽好きの人々を大事にすることは大前提で、若年層の新しいファンを獲得するための発信が大切だと思います。たとえば最近だと『鬼滅の刃』が大ヒットしました。鬼というモチーフは能と相性がいいですし、『鬼滅の刃』を新作能として演目化できれば、そこから古典的な作品への興味が広がるきっかけにもなります。それと、最後に見せていただいた映像は、アート作品としてもグローバルにアピールできる力があると感じました。能には哲学がありますし、視覚的にもクールですから海外のアート好きな方を必ず惹きつけます。海外に配信をして、聖地となるような能楽堂をリアルでつくれば、公演で人を呼べるだけではなく能楽堂を見るためにファンが世界中からやってくるはずです。瀬戸内海の直島の護王神社じゃないですけど、それこそ杉本博司さんプロデュースで現代的な能楽堂をつくるイメージです」。