アートの概念的改変。アーティストの同一性保持権はどこまで及ぶのか?
アートに携わるすべての人が知っておきたいアートと法の基礎知識を、Art Lawの専門家である弁護士・木村剛大が解説する本シリーズ。現代美術の世界で度々行われる作品の改変のうち「物理的改変」に続き、今回は「概念的改変」について、事例を踏まえて紹介する。
前回の「アートの物理的改変。所有権と著作権が交錯するとき」に続き、今回はアートの「概念的改変」の事例を紹介する。
概念的改変は、様々なタイプが考えられるため、物理的に作品自体を改変する態様以外の改変と整理した。今回は、①別作品の付加、②作品の移設、③部分的展示、④タイトルの改変について紹介する。
①別作品の付加
国際女性デーの前日の2017年3月7日、ニューヨークの金融街に設置されていた彫刻家アルトゥーロ・ディ・モディカの《チャージング・ブル》の視線の先に少女の彫刻《恐れを知らぬ少女》(Fearless Girl)が設置された。投資会社ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズと広告会社マッキャンの委託でクリステン・ヴィスバルによってデザインされた作品である。
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズによれば、《恐れを知らぬ少女》は、企業の要職への女性登用によって性別の多様性を実現し、女性のリーダーシップを会社経営に活かす意識を高めることをメッセージとしていた。
当初はニューヨーク市の許諾の下で数週間の予定で設置されたものの、その後瞬く間に少女は人気者になり、ニューヨーク市はこの設置を2018年2月まで延長する決定をした。
これに対して、アルトゥーロ・ディ・モディカは、元々1987年の株価大暴落後のポジティブで楽観的な象徴としての作品のメッセージが少女に対するネガティブなものへと改変されてしまうと主張した。
このケースでは、設置されていた《チャージング・ブル》を明らかに想定して別作品である《恐れを知らぬ少女》が設置された。結局米国で裁判には至らなかったが、このような別作品の付加は、アーティストの同一性保持権を侵害するのだろうか?