• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」(水戸芸術館現代美…
2025.2.20

「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)開幕レポート

2012年に画家としてデビューして以来、躍進を続ける近藤亜樹の国内の公立美術館で二度目となる個展「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」が水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催中だ。会期は5月6日まで。

文・撮影=中島良平

展示風景より、《ザ・オーケストラ》(2024)
前へ
次へ

 サンフランシスコ・アジア美術館で2012年に開催された企画展「PHANTOMS OF ASIA: Contemporary Awakens the Past」で幅10メートルを超える大作絵画《山の神様》を出展してデビューを飾った近藤亜樹水戸芸術館現代美術ギャラリーでスタートした今回の個展では、22年以降に制作された作品24点と、本展のために制作された新作64点のあわせて88点を展示する。

 展覧会を担当するのは、水戸芸術館現代美術センター学芸員の後藤桜子。展示構成は、1990年に水戸芸術館が開館した当時、磯崎新アトリエに勤務し、現場責任者として設計から竣工にまで関わった青木淳が手がけた。意外にも、同館で青木が展示構成に携わるのは初めてのことだという。

展示風景より
展示風景より

 「サボテン」と題されるシリーズから5点が、最初に来場者が出会う作品だ。なぜサボテンを選んだか。普段は作品ができるときに、作品から声が聞こえるのだと近藤はいう。「ここで終わりだ」「もう触るな」といった声がしたときに、作品が完成するのだが、今回の展示に向けて制作を始めたものの、なかなかその声が聞こえない状態が続き、ホームセンターで一点の枯れかかったサボテンと出会ったことが転機になったという。

 「モグラのように毛だらけの枯れかかったサボテンをうちで引き取ることにして、水をやり始めたら、10日間ですごく大きくなっていったんです。彼らは、本当に少しの水で生き延びようと成長する。そうすると今度は自分の身をさいて、そこに子ができ、今度は自分を成長させるのではなく、どんどん自分の体をさいて、新たに子を増やしていく。

 私は水戸芸術館から個展の話をいただいて、自分がどこまでできるのかやってみたいと思ったわけだけど、挫けてしまいそうになったことがなんだか恥ずかしく感じられました。我が身をさいて、どれだけ世界を開いていけるか。そう考えて個展のタイトルを考え、『サボテン』のシリーズを増やしていきました」。

近藤亜樹。奥に見える作品が、展覧会タイトルになった《我が身をさいて、みた世界は(「サボテン」シリーズより》(2024)

 プロローグのような位置づけの展示室を抜け、幅9m超の新作絵画《ザ・オーケストラ》が登場する隣の展示室が最初のハイライトとなる。

展示風景より、《ザ・オーケストラ》(2024)の部分

 山形から仙台にバスで通うことがあり、高速バスから見える1本の黒く焦げた木が着想源となった。「森の方を見ると夕陽にたなびく雲があり、バスが動くと、電線が五線譜のように現れ、おそらく落雷によって黒焦げになった木が指揮者のように思えた」ことをきっかけに、オーケストラの絵を描くことを決めたという。

 そのときにバスで聞いていた音楽が、小澤征爾のオーケストラだった。「小澤さんのオーケストラの演奏する音楽は、音が喜んでいるんです」と近藤。程なくして小澤征爾が館長を務める水戸芸術館から個展の依頼が届いたのは、ある種の運命だったのかもしれない。生前の小澤と出会い、言葉を交わすことはできなかったが、「小澤さんにとって音はどんなかたちでどんな色なのか」という問いを胸に、《ザ・オーケストラ》を制作していると、「音はかたちでも色でもなく、耳を塞いだときに感じる響きだった」ことに気づいたという。その響きをうねりと動きで表現し、幅9mを超える大作をかたちにした。制作の起点となった焦げた木を近藤は「音が固まったもの」ととらえ、作品のなかでは火の鳥のように躍動する元の姿を想像して描いた。

展示風景より、《ザ・オーケストラ》(2024)
展示風景より、《ザ・オーケストラ》(2024)の部分

 作品の下にはステージが設置されているが、きっかけとなったのは、展示構成を行った青木淳からの提案だ。水戸芸術館にはホールがあり、そこにはステージがあるのだから、ジャンルを超えた文化体験という意味でも、近藤の展示空間にステージを設置したらどうだろうかと。来館者がそこに上り、絵を近くから鑑賞することができることに加え、会期中には関連イベントとして音楽家を招いて演奏会を行うことも予定している。

展示風景より、《我が身をさいて、みた世界は(シリーズ「サボテン」より)》(2024)

 通路を進むと、個展タイトルにもなった作品が展示され、奥の長い通路へと「サボテン」シリーズが続く。会場を下見した近藤亜樹は、絵の展示といえば壁にかけることがこの空間をどのように扱うのかアイディアが浮かばず、設計を手がけた建築家に相談しようと考えた。そして青木淳にコンタクトをとったところ、「絵を立ててみたらよいのではないか」と提案され、目から鱗が落ちたような感覚を得たようだ。「空間が絵画の一部になるのだ」と。

展示風景より
展示風景より
展示風景より
展示風景より 窓の外には、「いい顔してる植物」をコンセプトに活動する「叢」とのコラボレーションで、実物のサボテンも展示

 「サボテン」シリーズが展示された通路から左に曲がると、2023年に発表され、今年手がけられた新作も加わった「わたしはあなたに会いたかった」シリーズの展示室だ。人間も植物も動物もぬいぐるみも関係なく、みんなが抱える「誰かに会いたい気持ち」を解放したポートレートシリーズから26点が並ぶ。

展示風景より
展示風景より
展示風景より

 続く空間には、「サイレントベルシリーズ」より7点を展示。生きている人にもこの世にいない人にも、いつも花がそばにあり、その生きる姿や小さな声に寄り添うことを描いたという。そして、描かれる花はすべて、正面を向いている。その理由は、「花が出会うあなたが光だから」。作家にとって、作品と鑑賞者との間に生まれるインタラクションは重要だ。

展示風景より
展示風景より

 近藤が抱き合う姿を多く描いてきた背景にも、植物を主題に選んだそうした動機とシンクロするものを感じられる。

展示風景より
展示風景より

 最後の展示室に向かうと、国際芸術祭「あいち 2022」で発表された《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》など4点が、白い壁面の余白を活用しながら展示されている。

展示風景より
展示風景より《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》(2022、森美術館蔵)

 この作品を制作した2022年2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった。戦争への憂いを抱きながら筆を取っていた近藤は、戦争を報じるニュースを見た子供のふとしたつぶやきから、悲しい世界の向こうにある希望を描くことを決めたのだという。太陽は片目で泣いてはいるが、皆を照らし、もう片方の目では笑っている。 

展示風景より、《Planets》(2022、個人蔵)

 展示室を抜けたところに、抱き合う親子を描いた《Planets》を展示。冒頭に展示されていた新作《ザ・オーケストラ》であらゆる生き物がともに音楽を奏でているように、展示全体を通して、平和や共生への思いが伝わってくる。色とかたちに込められた生命感、躍動感を全身で体感し、そんな作家の思いへの共感が内部に湧き上がってくるような力に満ちた個展に足を運んで欲しい。絵具で描かれた物質感を伴う実際の作品からは、イメージとはまた異なるエネルギーを感じられるはずだ。