美術手帖2021年4月号
「アーカイヴの創造性」特集
「Editor’s note」
『美術手帖』2021年4月号は「アーカイヴの創造性」特集。雑誌『美術手帖』編集長・望月かおるによる「Editor’s note」です。
美術分野で「アーカイヴ」といえば、作品の記録、保存、再現といったキーワードが浮かぶ。日本では10年ほど前から美術館や大学を中心に、物や資料を網羅的に収集・整理し、その情報をデータ化する取り組みが本格化し、近年は拠点やプロジェクトも増え、デジタル化の動きも進みつつある。
いっぽう、それぞれの作品や作家の活動を綿密に調査し、その記録、保存方法を検証するという作業において、コンセプチュアル・アートを軸とする現代美術には特有の課題がある。伝統的な保存修復法では、本来の状態へ戻すことが目指されるが、とくに1960年代以降に登場したパフォーマンス・アートやメディア・アートといった非物質的な表現や既成品を用いた作品は、オリジナルの再現がつねに作品自体を正しく未来に伝えるかたちであるとは言い難い。そのためより幅広い方法や考え方が必要となってくる。では作品の何を、いかにして残すのがよいのだろうか?
そこで本特集では、保存への問題意識を持つ作家や修復に携わる人たちに、どんなアーカイヴの方法があるかを取材した。パフォーマーたちが演じる「ライブワーク(出来事)」を表現形態とし、作品を記録しないことで知られるティノ・セーガルは、日本の人間国宝制度を例に引きながら、身体というアーカイヴを介して、人から人へ伝えることを重視する。モーターや楽器による動きや音の生成を含み、時間とともに変化する毛利悠子の作品は、当初の状態を残すより、誰もが作品の「ふるまい」を再現できるようにすることが大事だとインストーラーは言う。高知県立美術館では作品の上映の様子を映像で記録したり、作家に保存についての見解をインタビューしている。いっぽう、作品の修復法について意見したくないというアーティストも多い。つまり、保存の方法はひとつではなく、作品や作家とのコミュニケーションのなかから最適な方法を見つけ出していくしかない。
一つひとつ作品が問いかけることはなんであり、何を残すべきかを議論し続けるという、受け手や継ぎ手の絶えざる営みのなかに宿る「創造性」によってこそ、作品はいつまでも生き続けることができるとも言えるだろう。そして、このような営みの総体であるアーカイヴをどう活かしていくのかが、これからの私たちに与えられた課題なのである。
2021.02
雑誌『美術手帖』編集長 望月かおる
(『美術手帖』2021年4月号「Editor’s note」より)