チームラボの個展を通じて考える「美術館の存在意義」。姫路市立美術館の挑戦
姫路市立美術館の「世界は暗闇からはじまるが、それでもやさしくうつくしい」が好調だ。来場者数は10万人を突破し、閉幕を前に開館以来最高となる数字を記録している。なぜ同館はリニューアル開館のこけら落としとして、チームラボの個展を選んだのか? そこに込められた地方美術館の思いを、同館副館長兼学芸課長の不動美里に聞いた。
世界文化遺産であり、国宝である姫路城。姫路市立美術館は、その東隣に1983年に開館した美術館だ。特徴的な赤レンガの建物は、かつての姫路陸軍兵器支廠の西倉庫。終戦の年の空襲で焦土と化した市街地のなかで、城とこの倉庫は奇跡的に残り、戦後には市役所として復興の要所になったという歴史がある(2003年には国の登録有形文化財に登録されている)。
この美術館が、2017年度から文化庁の指導を仰いで真剣に取り組んでいるのが「ひとにも、モノにもやさしい美術館」を目指す環境改善。半年余りの改修工事を経て、今年4月にリニューアル・オープンを迎えた。このリニューアルを記念して開催されているのが、特別展「チームラボ 世界は暗闇からはじまるが、それでもやさしくうつくしい」だ。
本展では、大規模なデジタルインスタレーションである《世界は暗闇から生まれるが、それでもやさしくうつくしい》(2018)、《Black Waves: 埋もれ失いそして生まれる》(2019)、《永遠の今の中で連続する生と死、コントロールできないけれども共に生きる》(2019)の3作品に、伊藤若冲の桝目描きとして知られる《鳥獣花木図屏風》と《樹花鳥獣図屏風》をモチーフにした作品で、高橋コレクションに収蔵されているモニター作品《世界は、統合されつつ、分割もされ、繰り返しつつ、いつも違う》(2013)の計4作品を展示。アートファンのみならず、ふだん美術館に来館しない層にもアプローチし、10万人超えという同館にとって空前の来場者数を記録している。
チームラボとえいば、東京・お台場にある「チームラボボーダレス」や豊洲の「チームラボプラネッツ」などが人気を博しているほか、日本および世界各国で展覧会を展開するなど、いまや引っ張りだこの存在だ。姫路市立美術館はなぜ、リニューアルという節目のタイミングにチームラボの個展を選んだのだろうか? 同館副館長で学芸課長の不動美里は「チームラボの新しさと包容力」が関係すると話す。
「本展はリニューアル後のスタート地点。これまで当館は、近・現代美術を専門とする美術館として実に豊富な展覧会実績をもっていますが、同時代の現代美術、映像インスタレーションの例はなかったと言えるでしょう。美術館は設立されて以来35年、収集方針としては一貫して近現代の美術を標榜してきましたが、国内の多くの公立美術館同様、積極的に同時代美術に向き合うという方針が打ち出されてきませんでした。常識を疑い、世界像を更新する契機となる現代美術に向き合うことは、歴史的に評価が定まった作品の価値や固定概念を常に現在の視点で再検証し、新たな価値を創出する批評精神を養うという観点から、美術館の内にも外にも極めて有効です。このリニューアルを皮切りに現代美術にもしっかり取り組み、『いまを生きる人々と、いまを語る美術館でありたい』という思いがありました。チームラボはいま、万人を受け入れ、また万人に受け入れられるインクルーシブな表現を展開しているアート集団。同時代の表現の最前線で彼らが構想する新しい世界観を、ここ(美術館)に持ち込めたら、まだ誰も見たことのない風景がこの場に創出されて、無尽蔵の可能性が拓かれるだろうと考えました」。
「万人を受け入れ、万人に受け入れられる」というフレーズには、日本のいずれの地方美術館も抱えている危機意識が窺える。人口減少やインフラの老朽化、美術への関心の低下、若年層の美術館離れなど、美術館の存亡に関わる様々な課題。それはここ姫路市立美術館にとっても例外ではなかった。
「いまこそ『美術がもつ普遍的な力』というものをよりよいかたちで発信したかったのです。美術という言語を通じて、『生きていてよかった、美術館に来てよかった』という気持ちをみなさんに実感してもらうことが重要だと。それは展覧会を通じてしか感じてもらえないこと。そしてまさにそれが美術館の本分。チームラボの表現は、圧倒的な包容力で一人ひとり、どんな人をも肯定して受け入れる。だから万人に受け入れられる。つまり、双方向の奥深い受容によって成り立つ、奇跡的な時空――この展覧会は、『人間にとって美術は命の糧なのだ』と雄弁に語ってくれている。そんなクリエイティヴな現場をつくっていると我々は確信しています」。
チームラボが様々な作品を展開しているなか、当初は子供向けの作品を主体に紹介するという話も出たという。しかし美術館が発信するチームラボの展覧会とはどうあるべきかを突き詰めた結果、前述の作品選択に到達したという。
「現代社会の体勢を支配する西洋の近代主義は、ルネサンス期の透視図法の遠近法に象徴されるように、主体と客体を区分して人間中心に世界を捉えようとしてきました。しかしチームラボは、自我の輪郭が曖昧で、人間と万物が互いに交流する日本古来の時間や空間の捉え方を再発見し、独自に分析して描画法を生み出したといいます。仮想の三次元空間で生成したものを二次元に変換し、描出した画像世界を『超主観空間』と呼び、人間の視覚、世界イメージの変革という壮大なアートプロジェクトを企てているアート集団です。そのコンセプトをまさに純粋に体現する作品が、水の粒子の動きをもとに描き起こされた波景《Black Waves: 埋もれ失いそして生まれる》です。そんなチームラボの造形思考のルーツ、近代以前の日本の絵画に対する独自の解釈がもっとも端的に表れているのが、高橋コレクションからお借りした《世界は、統合されつつ、分割もされ、繰り返しつつ、いつも違う》。これは展覧会アドバイザーの南條史生さんとともに我々の強い要望で『必要不可欠』として出品を依頼し、会場の冒頭に展示しています」。
若冲の作品を再解釈した《世界は、統合されつつ、分割もされ、繰り返しつつ、いつも違う》は、チームラボの一瞬一瞬変化し続けるデジタルインスタレーションと、それらの奥底に流れる美術史の大河とを観客の意識のなかで接続させる蝶番のような役割も果した。
2004年頃から猪子寿之をはじめとするチームラボの活動コンセプトに注目してきた不動は、美術館として「チームラボの個展」を十全に実現するためには、集客力や話題性に翻弄されることなく、美術館側も作家側も相互にチャレンジすることが求められると言う。
「美術館が展覧会をすることの意味を、我々自身改めて問うと機会となりました。美術館の役割はチームラボの表現行為の裡にある『アート性』を照射すること。その裏側や奥底にある強靭な批評精神、そしてラディカリズムを読み解いて言語化していくのがキュレーターの仕事」。
今回、辻惟雄、建畠晢らの美術評論家など多彩な分野の論客が名を連ねる初のチームラボの展覧会公式カタログ『チームラボ 永遠の今のなかで』が上梓された。リニューアルを迎えて新たな地平を目指そうと動き出した姫路市立美術館。この展覧会を経てから先の活動こそが、館の将来を左右するのだろう。