『時をかける少女』と日本美術の関係性を探る。バーチャル展特別対談:細田守×松嶋雅人
バーチャル東京国立博物館「バーチャルトーハク」では、アニメーション映画『時をかける少女』の劇中のために企画された展覧会「アノニマス ─逸名の名画―」を再現したバーチャル特別展が開催中。現代アニメーションと日本美術の関係や、本展の展示作品と映画との関連性などについて、『時をかける少女』の監督である細田守と、同館研究員の松嶋雅人が対談を行った。
2006年に公開されたアニメーション映画『時をかける少女』の劇中、少年・千昭は東京・上野の東京国立博物館をモデルにした博物館で、ある絵画作品を探し求めていた。映画公開から14年を経て、同作のストーリーで重要な意味を持つその架空の絵画作品《白梅ニ椿菊図》を中心に構成されたバーチャル特別展「アノニマス ―逸名の名画―」が、バーチャル東京国立博物館「バーチャルトーハク」内で実現した。
本展では東京国立博物館の監修のもと、作者が不明とされながらも名品として脈々と受け継がれてきた作品を集めて展示。前述の実存しない《白梅ニ椿菊図》をはじめ、同館所蔵の国宝《孔雀明王像》や重要文化財《玄奘三蔵像》、そしてアメリカ・キンベル美術館のコレクションから《隠岐配流図屏風》などの名品が、バーチャルSNS「cluster」を通じて実現したバーチャルミュージアムに登場している。
本展の開幕に先立ち、バーチャル会場内で『時をかける少女』の監督である細田守と、同館研究員の松嶋雅人がclusterのアバターとして登場してトークイベントを開催。『時をかける少女』をはじめとする現代アニメーションと日本美術の関係や、本展の展示作品と映画との関連性などについて対談を行った。
アニメーションが絵画であることを強調したい
対談の第1部は、『時をかける少女』で現れたシーンと日本美術の手法との類似性から切り出された。
松嶋は、「(細田)監督の作品では、しばしば主人公が“異世界”や仮想空間などに入り込む設定が見られる」としながら、『時をかける少女』の主人公・真琴がタイムリープしているときにその輪郭線が朱色になっており、その色は国宝《孔雀明王像》に描かれた仏様の輪郭線の色と似ているのではないかと指摘。「日本の仏教絵画では、神様や仏様の肉身の輪郭線が赤色で表されることが本当に多いです。もちろん仏教絵画はある意味、現実の世界を描いているわけではないので、そういう異世界を示す色は神秘性や荘厳さ、神々しさを表すためのものかもしれません。(細田監督の作品は)仏教絵画の特徴とある意味、視覚的な共通性を持っているのではないかと思いました」。
この朱色の輪郭線について細田は「特別な人間が時を飛び越えていく描写で、一種の神様的な領域のなかでのことなので、それを現実世界と区別するために普通のアニメでの黒い線ではなく、朱色の線で描こうとしました」と、その意図を明かす。
また松嶋は、細田の作品における人物の描写を日本絵画の表現手法と比較。江戸時代までは日本絵画において人物に影を描かないことと、細田作品の人物に影がないことの共通点を挙げた。
その意図について細田はこう説明している。「アニメーションは絵だということを強調して見せています。アニメーションにおける影は実写映画みたいなもので、影や光が当たっているところを細かく人物に付けることには『絵であることから抜け出たい』という思いがあります。僕は逆のアプローチで絵画であることを逆に強調したいです。絵画史のなかの一番最先端にこのアニメーションという表現があるということを自覚してつくったんです」。
時空を越える作品配置
第2部は、『時をかける少女』の劇中のために企画された架空の展覧会「アノニマス ―逸名の名画―」を再現したバーチャルトーハク特別展示室でスタート。当初、松嶋は本展のための作品をすべて選定してその設定を細田に渡したが、劇中では一部の作品しか映らなかった。今回のバーチャル特別展では、当時選定した作品をすべて展示しており、その配置も映画中と一致しているという。
まず、劇中で重要な意味を持つ非実在の絵画作品《白梅ニ椿菊図》は、何百年も前の歴史的な大戦争と飢饉の時代を描いたもの。同作は未来で消失してしまっているため、未来人の千昭はこれを見るために訪れてきたという設定だ。
劇中のため同作を描いたのはアニメーション監督の平田敏夫。同作に込められた思いについて、細田は次のように話す。「もちろん昔の絵画ですが、未来から来た少年・千昭の世界とも通じるような絵画であったらいいなと思いました。何か遠い未来を描いてあるような古美術の作品です。つまり、未来と過去が共存するような絵画です」。
同作の両脇に展示されているのは、《玄奘三蔵像》と《隠岐配流図屏風》。前者は、インド各地を巡って多数の経巻を入手して中国に持ち帰った玄奘三蔵の姿を描いたもの。後者は、金色の雲や打ち寄せる荒波、そして右端に男性が佇んでいる姿を描いた作品。男性は、従来の解釈では島流しにあった後鳥羽上皇もしくは後醍醐天皇と考えられてきたが、直近の研究では『源氏物語』で京の都から離れて隠棲している光源氏だとされている。
「玄奘三蔵は、決死の覚悟でお経を持ち帰って、強い信仰で行動している人です。この絵は玄奘三蔵がかかった時間や距離など特徴的な真意を表した作品だと思います」という松嶋に対し、細田はこう続けた。「未来から来た千昭も遠くから危険を冒して、ある使命を帯びて決意のもとにやってきたんです。その点が三蔵法師と一致していて、その気持ちが共通していると思います」。
同じく宗教への信仰に思いを馳せる作品には、同館所蔵の《聖母像(親指のマリア)》がある。17世紀にイタリアで制作された同作は、江戸幕府が禁教令を出している宝永5年に宣教師に持ち込まれたもの。長崎奉行所に押収されたあと、同作は明治政府に渡され、最終的に東京国立博物館に管理が移されたという。細田は、「壮大な障害を乗り越えてやってきたということを考えると、その未来から来た少年と通じるものがあると思います」と話す。
限られた人しか見られなかった作品を多くの人に届ける
しかしそんな遠い未来からの少年・千昭が博物館に訪れたとき、《白梅ニ椿菊図》は修復作業中だった。細田は、「絵画というのはやっぱり一期一会のものです。展覧会のとき見ないとずっと見られないかもしれないのです」と語り、ふたりの話題は古くから受け継がれてきた重要文化財や国宝に推移していった。
長年作者不詳と表記されてきたが、研究の進展とともに作者が岩佐又兵衛とされ、2016年に国宝に指定された《洛中洛外図屛風(舟木本)》について、松嶋は次のようにコメント。「国宝になるために何が必要かというと、現代では国民的な認知が一番重要だと思います。そのために、全国の学芸員たちは一生懸命作品を紹介しています。多くの人がこの作品を知ることで、『国民の宝、日本の宝だ』ということが蓄積されて、国宝になるわけです」。
約400年前の京都の風景を描いた同作を引き合いに出し、細田は「昔の絵画を見るために人は時空を超えるのです」と話す。「例えば昔、学生のときに日本からアメリカやヨーロッパに行って、ずっと見たかった絵にやっと会えたという体験がありました。この気持ちは、未来から来た少年が過去に飛んできて、やっと絵に出会えたということにも通じるでしょう。絵画というものが、人間を動かす意味のあるものだという気もします」。
日本の古美術は大寺院の発注であったり、天皇や貴族、将軍など限られた人が発注したものなので、見る人も限られていた。しかし現代は博物館や美術館がその作品を広く公開する役割を持っている。このバーチャルトーハクを通じ「一度は本物を見に行きたいと思ってもらえれば」と松嶋は期待を寄せた。
絵画作品に出会うために未来から訪れてきた少年の物語を語る『時をかける少女』と、時代を超えて愛される日本美術。今回の対談は両者の関係性を再認識する機会ともなった。