アーティストとともにマーケットを見つめる。GALLERY TARGET 水野桂一・岡本智子インタビュー
2007年に開廊した東京・神宮前のGALLERY TARGET。KYNE、高木耕一郎、長場雄、花井祐介、MHAK、LY、ロッカクアヤコといった日本人アーティスト、ピーター・サザーランド、スティーブン・パワーズ、ホーネット、ミーシャ・ホレンバックなどの海外アーティストを中心に、若い世代から支持を集める作品を中心に取り扱っている。代表の水野桂一とキュレーションを担当する岡本智子に、設立までの経緯やマーケットに対する考え、今後の展望を聞いた。
──ストリートカルチャーの発信源であり続ける渋谷・神宮前にギャラリーを構えていますが、水野さんはストリートカルチャーへの関心から、この場所を選んだのでしょうか?
水野 たしかに、ストリートカルチャーの盛り上がりは意識していました。ただ、ギャラリーを始めた2007年当時、現代美術とストリートカルチャーはそこまで深く関係していなかったと思います。KAWSやバンクシーは、いまでこそ現代美術のスターですけれど、00年代はストリートアートの文脈で知られていましたし、それが現代美術と交わるなんて、当時はなかなか想像できなかったです。だから、ストリートカルチャーも現代美術もそれぞれ好きだけれども、当時は別のものという感じでしたね。個人的な印象としては、2010年くらいから両者が明確に交わり始めたという気がします。
僕はアンディ・ウォーホルの作品が好きで、この物件も、ウォーホルが好きな知人から紹介されたんです。当時のこの周辺は、原宿の喧騒から忘れ去られたようで、どこか哀愁があって、いいなと思ったんですよね。そういった縁があり、07年に主にウォーホルのセカンダリーを販売するギャラリーとして、GALLERY TARGETをこの場所にオープンさせました。
──水野さんはギャラリーを始める前から、ウォーホル作品のコレクターだったということでしょうか?
水野 はい、ギャラリーを始める前は20点から30点くらい作品を持っていました。バブル経済が崩壊してから、ウォーホルの作品がすごく安くなっていて。それこそ、いまの価値の10分の1くらいだったでしょうか。当時は、サービスが始まったばかりのネットオークションなどでもかなり売りに出されていたんですよ。シルクスクリーンの作品でも10万円くらいから売られていたので、いまでは考えられないほど安かったです。そういった作品のコレクションを展示し、販売するギャラリーとして、GALLERY TARGETは始まりました。
──GALLERY TARGETの原点として、ウォーホルは重要なアーティストということですが、なぜウォーホルを好きになったのですか?
水野 サラリーマン時代に勤めていた会社の社長が、ウォーホルのコレクターでした。かなりの量を持っていて、いつも目にするうちに作品に惹かれていきました。同じような作品が無機質に並んでいるのが、感覚的に好きでしたね。当時はそこまでアートに詳しくはなかったのですが、ウォーホルやロイ・リキテンスタイン、ほかにもポップアートと呼ばれる作品を見る機会が多く、魅力を感じていました。
──セカンダリーの作品販売から始まったというGALLERY TARGETですが、現在のようにプライマリーの作品を扱うようになったのは、展覧会のキュレーションを務める岡本さんが加わってからですか?
水野 そうですね。それまでの僕はプライマリーとセカンダリーの違いもあまり意識していなかったし、展覧会もあまり重視してはいませんでした。そこに、岡本が入ってきてくれました。
岡本 水野に「このギャラリーで展覧会をしよう」と提案したんです。私は、もともとアメリカの美術大学に通っていて、イラストや写真などの制作を学んでいました。その後、ニューヨークで暮らしていましたが、いつか自分のまわりの大好きなアーティストを日本で紹介したいと思っていました。
水野 展覧会を始めたのは2010年くらいですね。とはいえ最初は、人が来そうな作品を岡本に選んでもらったり、知り合いづてにアーティストを紹介するということを、ちょっとずつ始めた感じです。
岡本 ピーター・サザーランドやミーシャ・ホレンバック、日本人だと高木耕一郎や渋谷ゆりなどが初期から取り扱っているアーティストですね。外国人のアーティストは、主に私が見つけてきています。基本的に、私と水野の感性に響いたアーティストを扱う、というスタンスは、当時もいまも変わらないです。
水野 ただ、最初は全然売れませんでした。展覧会はアーティストの名前をプロモーションするものという認識でしたね。
でも「売れなくて当たり前」と思い込んでしまうと、負け癖みたいなのがついちゃうので、それはやめたかった。うちはスペースだって広くないから、お客さんがいろいろ見て回って帰るというのにも限界がある。だから展覧会では、お客さんが本当に欲しいと思い、買ってもらえる作品を用意することを、心がけています。
──取り扱いアーティストには、現在アートマーケットで評価されているロッカクアヤコさんやKYNEさんも名を連ねています。アーティストのキャリアのどの段階で取り扱うようになったのでしょうか。
水野 ロッカクアヤコは、昔から好きなアーティストで、それなりの数の作品を持っていました。ヨーロッパに拠点を移していた彼女の、国内における久々の個展が、2010年に原宿のVACANTで開催された「About Us」でした。当時はリーマンショック後で、アートマーケットの購買へのモチベーションが低く、展覧会の告知も行き渡っていなかったので、いまでは信じられませんが、作品があまり売れていませんでした。そのときに、展示作品を私が多数購入したことが縁で、2014年に「Never Ending Love Letter」をGALLERY TARGETで開くことになりました。
岡本 KYNEさんは福岡のストリートシーンで人気を集めるアーティストとして、知人を介して紹介してもらいました。2017年に福岡と同時開催というかたちで、「KYNE TOKYO / KYNE FUKUOKA」という個展を、ここで開催しています。
──展覧会を定期的に開催するには、スケジュールを立ててアーティストに作品をつくってもらわなければいけません。アーティストの制作のスケジューリングや支援はどのように行っているのでしょう?
水野 アーティストのタイプにもよります。きちっと期限を決めて作品をつくるアーティストも、なかなかつくらないアーティストも、両方いるわけです。早めに作品が用意できていれば、プロモーションとか展示方法をじっくり考えたりとか、いろいろなことができるのですが、これがなかなか難しい(笑)。
岡本 でも、考えてみれば、こちらからの要望を伝えづらいアーティストは所属していませんね。やっぱり、気が合うかどうかが、アーティストと仕事をするうえでは一番大切かもしれません。
調整という点では、海外アーティストが大変ですね。例えば、向こうが善意でサプライズとして追加の作品を用意してくれていたり。やってくれるのは嬉しいんですけど、こちらとしては全貌を早く知りたいよ、みたいな(笑)
水野 販売がうまくいかなかったときに、ギャラリーのせいにされてしまったりすると、次の仕事につながっていきませんしね。
あと、こちらが展示したかったものをアーティストがつくってこないこともありますね。最終的には、企画段階とはまったく違うものを展示することになってしまい、結局売れないで終わってしまったり。アーティストがそう望んだのだから、それはしょうがないことだとは思っていますが。
岡本 ただ、値段をつけて売っているのですから、やはりお客さんの手元に届いてほしいですよね。好きなようにやってもらっても良いと思っていますが、売れなかった理由については、アーティストといっしょに考えることが大切だと思います。ただ失敗したというのではなく、時世が悪かったのか、顧客層に合ってなかったのか、そういったことを事例として、次へ生かしていくのが重要です。
──取り扱いアーティストを守り、育てるという点では、アートマーケットの動向もかなり意識されているのではないでしょうか?
水野 していますね。例えば、ロッカクアヤコは、取り扱いを始めた当初、作品の価格がいきなり上がってしまって、アートディーラーの取り扱い銘柄になりました。彼女は比較的多作ですから、作品が転売によってセカンダリーマーケットを巡回し、本当にアーティストの作品が好きで、家に飾りたい人の所に納まっていない現状があると思います。
とくにKYNEのように購入希望者が多いアーティストは、すぐ転売されるより長く所有してくれる人のところに作品を納めたいですよね。だから、アーティストによっては「一定期間は所有する」という同意書へのサインを、購入した方にお願いしたりしています。
別に作品を転売するのがいけないわけではないし、値段が上がることもアートの楽しみ方のひとつだとはもちろん承知していますが、モラルとかマナーの問題もあったり、そのあたりはとても難しいです。だから、マーケットの動向を見ながら、アーティストにエディションを用意してもらうとか、流通する作品数を絞ったりとか、調整を行います。
──ロッカクアヤコさんやKYNEさんが頻繁に出品される、アートオークションの動向には、どのような注意を向けていますか?
水野 国内外含めて、見るべきものは見ていますね。とくにロッカクアヤコなどは、真贋の危ういものがたまに出てしまうので、コンタクトのあるオークションハウスに対しては、ギャラリーとして一定の距離からコミュニケーションをとれるようにしています。
同じアーティストのオリジナル作品が1回のセールに多数エントリーされている場合などは、事前に出品がわかっていれば、出品数を絞ってもらえないかと協力をお願いしたりします。こちらの意図を理解してくれて、そういったお願いに前向きに取り組んでくれるオークションハウスもあります。
とはいえ、中小のものや非公開のものを含めると、オークションは無数にありますし、基本的には自由なので、厳密にすべてを確認するのは不可能です。それでも、できる範囲で見るようにはしています。
──セカンダリーのマーケットを始め、日本のアートマーケットが盛り上がっているという印象はありますか?
水野 純粋にプライマリーの作品を買う人は増えてはいるんじゃないですかね。展覧会で作品に魅了されて、購入していただく方は以前より増えていると感じます。
いっぽう、アートの投資的な側面が広く知られるようになったことも、要因としては大きいと思います。それは、転売のために買っているという即物的なことだけではありません。買い慣れないものを買うときのハードルは、純粋に気に入ったからという理由だけで越えられるほど低くないと思っています。最初に買うときに「値段が上がるかもしれない」という付加価値があることも、購入する動機として存在するのではないでしょうか。
岡本 日本人の気質かもしれませんね。洋服を買うときに値段を見て、知らないブランドのワンピースが5万円だったら躊躇するけれど、それが名の知れているブランドだったら購入の動機につながってくる。そういう価値観が根づいている気がします。
──岡本さんは常に海外のアーティストと連絡を取りながら、グローバルなアートマーケットの最新の動向をキャッチアップしてるのでしょうか。
岡本 テクノロジーのおかげで、いまは飛行機に乗らずとも情報が入ってくるけれども、海外で盛り上がってることが日本でも盛り上がるかというと、必ずしもそうじゃないですよね。まったく異なるマーケットだと思っています。
ニューヨークはアーティストにもいろいろな層がいて、例えば、ZINEをつくったり、市民参加型のものがあったりと、いろいろな形態がアートとしてちゃんと認められるけれども、日本ではそれをやる場所があまりないですよね。
いずれ日本でも、アーティストのバリエーションは増えるのかもしれませんが、GALLERY TARGETとしては、そこからおもしろくて売れそうなアーティストをピックアップしていきたいところです。
──いつもGALLERY TARGETのオープニングには、若い方たちがたくさん集まっている印象があります。
水野 いわゆるアートコレクターの方々も来てくれますが、それは一部で、中心となるのは30〜40代の、アート以外のカルチャーにも興味を持っていそうな若い人たちですね。だからSNSでのプロモーションが響きやすいのかもしれません。
KYNEはSNSでの拡散力がすごいですし、今度12月に日本での初個展をやるアドリアナ・オリバーというスペイン人の女性も、ファンがSNSで広げていってくれています。そのおかげかもしれませんが、地方の方が上京するタイミングで来てくれることも多いです。
岡本 あとは、アーティストとつながっている友達やお客さんと私達が、そのまま仲良くなっていくというパターンも多いですね。
──SNSを通じて海外のお客さんから問い合わせがくることも多いと思います。今後、海外での展開を増やしていく計画はありますか?
水野 来年1月に、海外アートフェアとして台北當代(タイペイダンダイ)に出展し、KYNEと花井祐介を展示します。でも、海外の売上の比率を増やしたいというよりは、日本を拠点に、海外でもちゃんと売れるような作品を用意し続けるということを大切にしたいです。
岡本 展覧会の出展作品について、海外のお客様からもたくさん問い合わせを頂きますが、基本的には展覧会に実際に足を運んでくれた方を優先するようにしたいと思っています。問い合わせに対しては、展覧会終了後にご案内することが多いですが、アーティストによってはコミッションワークなどで対応する事もあります。
──最後に、これからのGALLERY TARGETとして、目指したいことを教えてください。
水野 大きなアート業界の流れとはあまり関係なく、これからも自分たちのやりたい形態で続けていきたいとは思っていますね。そのために、ギャラリーのカラーをもっと出していきたいので、年に4回か5回ある展覧会の質をもっと上げていきたいです。すべての展示で、一定のクオリティーを持った作品を紹介できることが理想です。
岡本 それと、作品を本当に好きで買うお客さんを増やしたいです。自分のセンスを信じて買い物してくれる、そういう人が集まるギャラリーになったらと思っています。