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2020.7.5

隈研吾が語る「角川武蔵野ミュージアム」に込めた意図。「建築を地形に近づける」

埼玉県所沢市に誕生する「角川武蔵野ミュージアム」。隈研吾が設計したこの美術館は、全面を石で覆われた特徴的な建築だ。隈はなぜ石を選び、何を表現しようとしたのか? 東京の隈研吾建築都市設計事務所で本人に話を聞いた。

聞き手=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

角川武蔵野ミュージアム
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──ところざわサクラタウン内に位置する「角川武蔵野ミュージアム」は外観が非常に特徴的でインパクトも強いですね。まず、このデザインコンセプトについてお聞かせください。

 大地から盛り上がったみたいな美術館をつくりたいと思ったんです。最近は地形に強い感心があって、V&Aダンディーも「崖」をひとつのヒントにしたんですね。いままでは自然と建築は対立するものだったけど、建築はもっと自然、あるいは地形に近づくことができるんじゃないかと。地形の上に立っている彫刻、ということではなく、地形そのものが建築になったようなものがつくりたかったのです。角川武蔵野ミュージアムは敷地も広かったので、それが実現できました。

隈研吾 Photo (C) J.C. Carbonne

──「地形」という点から見ると、角川武蔵野ミュージアムが立つ場所は何か特徴があるのでしょうか?

 武蔵野の大地というのはそもそも不毛な地質であり、昔の人たちは苦労して緑を育ててきた。そういう「地面と土地の格闘」の痕跡を感じる土地なんですね。決して穏やかな土地ではない。

──この美術館は上に向けて広がっていくようなフォルムをしていますね。V&Aダンディーも同様です。こうしたかたちにはどのような意図が込められていますか?

 建築は、「箱」にしてしまうと人工的な感じがしてしまう。それでは「地形」には近づけない。どうやったら「箱」のイメージを崩せるか考えたときに、下から見上げるとそそり立っているような多角形であれば可能なんじゃないかと。

(C) KENSHU SHINTSUBO
V&Aダンディー (C) Ross Fraser McLean

──角川武蔵野ミュージアムは、60面以上の超多角形建築です。こうすることで建築は様々な表情を見せるわけですが、これも「箱」のイメージを崩し、「地形」へと近づけるためなの工夫なのでしょうか?

 そうですね。地形の凄さというのは、人間が規定したかたちを遥かに逸脱した複雑さを持っているところ。それをつくりたいなと考えたら、自然とああいうかたちになってきたんです。

角川武蔵野ミュージアムのドローイング

──2018年には東京ステーションギャラリーで「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」という個展を行っています。このときのテーマは建築素材でしたが、隈さんの素材との向き合い方について教えて下さい。

 僕は素材それぞれを束縛から解放してやろうと思っているんです。20世紀の建築にも石貼りの建築は色々あるけれど、コンクリートの箱に貼る、というある種の束縛、拘束のなかでしか使われていなかったので、石がかわいそうだった。木も同様で、木や石の本質が抑圧された状態にあったんです。そこから解放してやりたいなと。その方法は、石のテクスチャーを活かすこと。今回の建築は、そうしたことからでてきたんです。

──コンクリートを水平に積み重ねたV&Aダンディーもそうですが、角川武蔵野ミュージアムも外観からは階層が判別できないですね。これにはどのような意図があるのでしょうか?

 これまでの箱の建築というのは、シルエットはありものの幾何学でつくってあり、内部はただのフロアの積層だった。ただ今回は、内部も階層に囚われない、迷宮的な構造になっています。外もそれに相応しいように、20世紀のルールを逸脱してやろうと。その結果なのです。

──ミュージアム建築ならではの工夫があるとすれば、どういったポイントでしょう?

 ミュージアム建築も、20世紀に建てられたものは(ホワイトキューブと呼ばれるように)ハコモノでした。しかし本来、ミュージアム建築はアートと人間が原始的な状態で向かい合うような空間なのだから、キューブに囚われない多様なあり方が可能だと思っているんです。

 僕はよく「ケーブ(cave=洞窟)」ということを考えるんだけど、古代の洞窟には壁画があり、濃密な空間で人がそれと向き合っていた。今回も建物のなかには、ケーブ状の空間がたくさん内包されているのです。

(C) KENSHU SHINTSUBO

──隈さんのプロジェクトは膨大な数ですが、すべての作品の根底にあるものはなんですか?

 工業化社会のなかで生まれてきたモダニズム建築をどうやって超えるか、ということです。

 美術館で言えば、ニューヨーク近代美術館は工業化社会のなかで誕生し、時代にもっともフィットするかたちとして誕生した。そうした工業化社会を超えた世界──それは原始的なものと結びつく社会だと思うんだけど──に合う建築は何か、ということを考えているのです。

──そこにはテクノロジーの進化も関係するのでしょうか?

 そうですね。建築では、テクノロジーが進化したことでより原始的な表現ができるようになったと言えます。テクノロジーが中途半端だったときは「直線」などの表現しかできなかった。でもいまは角川武蔵野ミュージアムのようにとても複雑な建築でも、コンピュータ上でシミュレーションできるわけです。

──最後の質問です。以前、隈さんはトルコのオドゥンパザル近代美術館を手がけた際、「美術館はコミュニティのリビングルーム」とおっしゃったのが印象的でした。今回の角川武蔵野ミュージアムは、地域にとってどのような存在になるのでしょうか?

 神社や神殿に近いような気がするな(笑)。ところざわサクラタウンには神社もありますが、全体が鎮守の森のような雰囲気です。武蔵野という大きな地域にとって、心の中心となるような、神殿的な象徴性を持ちうるのではないでしょうか。