なぜ福岡市はアーティスト支援に注力するのか。福岡市長・高島宗一郎とアートプロデューサー・山出淳也が語る
九州随一の大都市であり、複数の美術館やアートフェアなどを有する福岡市。政令指定都市のなかでも「人口増加数・増加率」が第1位と勢いづくこの都市で、2010年から指揮を執る高島宗一郎市長にインタビュー。九州・別府で長年アートプロジェクトを率いてきたアートプロデューサーの山出淳也と、行政が現代アートを支援する必要性を語り合った。
福岡市美術館や福岡市アジア美術館を有し、2015年からはアジアをコンセプトとした日本唯一のアートフェア「ART FAIR ASIA FUKUOKA」も開催されている福岡市。同市は2022年9月にアーティストの成長・交流拠点として、 「 Artist Cafe Fukuoka 」(管理運営受託事業者:カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)をオープンさせるなど、現代アートに熱い視線を向けている。なぜ行政がここまで現代アートに注力するのか? そしてその意義とは? 2010年から指揮を執る高島宗一郎市長と、九州・別府で長年アートプロジェクトを率いてきたアートプロデューサーの山出淳也が語り合った。
市長はアートコレクター
──元中学校を活用したArtist Cafe Fukuokaは、コミュニティスペースや展示場所としての機能を有する場所です。今年秋には体育館を改装し、大型作品も展示できるスペースが生まれると伺いました。こうした支援のかたちは素晴らしいですが、いっぽうでKPIが設定しづらい面もあるかと想像できます。まずは高島市長に、福岡市がアート、それも現代アートを支援する理由について伺いたいと思います。
高島 アーティストの皆さんにとって展示場所の確保というのは大きな課題のひとつです。とくに大型作品の展示場所は行政がよっぽど支援しないと、個々人での確保は現実的に難しいですよね。そこは行政が支援する大きな意味だと思います。こういった場所を整備すれば、みんなが利用し、展示も制作もできるようになります。また、福岡には美大がない、つまり、美術を好きでも学ぶ場所があまりないんです。
──美術館はあるが、ということですね。
高島 そうです。仮に美大を出たとしても、その後アーティストとして活動していくうえで交流できる場や、アーティスト同士が交わり化学反応が生まれる仕掛け、もしくは企業などとの接点がなかなかありません。福岡市にはこれまで「スタートアップカフェ」を整備し、10年間にわたりスタートアップを支援してきたノウハウがありますので、そうした知見をアーティスト支援にも活かせるのではないかと考えています。また、私自身がここ数年でアートを好きになったということも大きいかもしれません。
──高島市長はご自身も作品をコレクションされているとか?
高島 いまはひとりの作家だけを飾る部屋できるほど作品が増えてきました。まだ無名の作家さんなのですが、個人的にはすごく刺さる。応援しているんです。彼のもがいている姿などを見ると、やっぱり作家は誰かが支援しなくちゃいけないなと思いますね。──市長ご自身に作品(しかも若手作家)購入経験があることは非常に大事ですね。アーティストが求めていることを肌身に感じてご理解されているのだと思います。
これは僕のちょっとした後悔なのですが、学校で美術の成績が10段階中2だったからか、アートについて「僕はダメな人なんだ」と勝手に思っていたんです。「触れちゃいけないんだ」と。でも、そのマインドは作品を買うことで変わりました。作品を1枚購入したことがあるのかないのか、その経験の差はとても大きいと思うんです。
作品を買うと自分の家で毎日それと向き合うことになりますよね。そうすると風景すら違って見えてくる。それは絵が変化しているのではなく、自分が変わっているということにほかなりません。
福岡市では「Fukuoka art Next」という事業のなかで、「FaN week」(市内各所でトークや作品展などを展開)を開催していますが、これも「最初の1枚を買ってもらう」ということをKPIにしているところもあります。
アーティストを知っていくと、絵の表現の上手い下手ではなく、アーティスト自身がどんな問題意識を持ってそれを可視化しているのか、その面白さがわかりますよね。そういうことをもっと多くの皆さんと共有したい。美術の成績や模写が上手い下手ではなく、自分の中で問いを立てることや、アーティストが持っている問題意識に触れることがとても大事。アートの知識を増やすだけでなく、そういうきっかけになる場が必要とされているのだと思います。
行政のなかでアートをいかに根付かせるのか
──山出さん、いま市長のお話を聞きながら強く頷いてらっしゃいましたね。
山出 素晴らしいですね。僕も全国様々な自治体でお話に加えさせていただくことが結構多いのですが、「福岡市はすごいな」といまの市長の発言からビシビシ感じました。
自治体とアートの関係性では、「作品で集客を」のようにアートを課題解決として使うケースもあるわけですが──もちろんそれが悪いわけではありません──アーティストは必ずしも課題解決をしているわけではなくて、どちらかというと社会に対して問題を提起している存在です。もしくは長い歴史のなかで、美学的な意味も含めて、新しい価値をつくろうとしている。人がどう生きるか・人の幸せとは何かということも含めた問いを投げかけ続けているんです。僕たちはそういうことをいろんな方々にずっと伝えてきて、今日も僕はそれを話そうと思っていたんですが、市長がもう本質をとらえていらっしゃった(笑)。
高島 いえいえ、たくさん教えていただきたいと思っています。別府での取り組みやそのきっかけ、アーティストたちと仕事をするなかで、街にどう変化が出てきたのかなど、ぜひご経験を聞かせていただきたい。
山出 僕は大分県出身で子供時代を福岡で過ごしたのですが、美術・図工は苦手だったんですよ。そんな僕ですがアーティスト活動を始めて、文化庁在外研修員としてパリで2年間を過ごしました(2002〜04)。そこで日本の様々な情報を得るなかで、たまたま大分県のまちづくりの話を聞いたことが最初でしたね。誰からも何も頼まれてないけれど市民が立ち上がり、まちづくりをやっているということにすごく興味を持ったんです。
2004年に帰国して、別府で活動を始めるなかで僕はたくさんのことを学ばせていただきました。「アートがあって当たり前」という生活を送っていた僕にとって、そうじゃない人たちがたくさんいるという環境で活動をしていると、「そもそもアートとは何か」という問いが立ち上がってくる。そしてその問いはこの20年間、ずっと僕の中で消えずにいるんです。
考えてみれば、次々と新しいアーティストたちが出てきては、僕らが知り得ないような、考えたこともないような問いを突きつけてきます。「更新し続ける」ということがアートにおいては特別な行為であり、「答えがない」ということ自体もとても重要なんですよね。
市長もおわかりいただけると思いますが、「答えがない」ものは世の中では少数派です。だからこそ、企業や社会、まちづくりや福祉、教育などの部分においてもそれはとても重要なことなんじゃないかなと思います。
──しかしながら、そうしたある種「マイノリティ」な存在を社会に根付かせるのは大変ですよね?
山出 別府の人口は12万人なのですが、我々が活動してから120人=人口比0.1%のアート関係の方々が移住してくださいました。昨年別府市は、この数字を10倍(1200人=人口比1%)にまで増やす5ヶ年計画をつくりました。もちろん時間はかかるのですが、大切なのは、アーティストを育てることは社会にどう役立つのかということを、我々のような中間支援する人間が示し続けるということです。そして、その効果を数字としても公表し続けることがとても重要なのです。
そのために、つねにプロトタイプをつくり続ける意識をもちながら2〜3年というタームで世の中にはないサービスをやってみる。もしそれがうまくいかなければ改善して次につなげていく。僕たちはこの20年で1000以上のプロジェクトを企画してきましたが、その半分がアートに関係することで、残りが教育・福祉・観光に関するものです。
高島 そんなにあるんですか。驚きですね。
山出 そうして気がついたら、行政の様々なところにアートやクリエイティブが横串になって刺さっていました。とにかく諦めずにやることが大事ですね。
高島 20年ということは、何代もの市長さんが皆さんの活動をご覧なってきたと思うんです。そうしたなかで、なかなか自分の思いが行政届かない、市民の巻き込みも思うようにいかないというような状況もあったと思いますが、どう乗り越えてきたのでしょうか?
山出 まずひとつ、事業をするときには予算が必要ですが、仮に事業構想が膨らむなどして収支のバランスが取れなくなってもその始末は絶対に僕がすると決めてやってきました。だから行政も地域も企業も信頼してくれるところもあります。とはいえ、我々がやりたいことを勝手にやるのではなく、ほかの企業や街で活動している人たちに「目標は近いんですよ。ただアプローチが違うだけです」ということを見えるかたちで伝えるようにしています。そして先ほど申し上げたように、実際の結果や変化を全部数字にして公表していく。「アートは大切です」と言うだけであればとても簡単ですが、それでは結局誰にも伝わらないんですよね。やっぱり第三者に理解してもらうためには根拠が必要です。
数字も、数字じゃないものも
──数字という意味では、ACFの2022年度の活動報告を拝見すると、当初のKPIをはるかに上回る数字が出ています。これを市長はどう受け止めてらっしゃいますか。
高島 たくさんの方にご利用いただきましたね。その数字はアーティストだけじゃなくて企業さんの利用も含まれているので、そうしたニーズも大きいというころがわかりました。でも大事なことは、アートが目的になるのではなく、アートをきっかけにして人生が豊かになっていくことだと思いますね。
──数値化できる定量的なものと、そうではない定性的なもののバランスが難しいのかなと思いますが。
高島 先ほどの山出さんのお話にも通じますが、私もアートのデータ化は必要だと思います。つまり、なんとなくの雰囲気でやるのではなく、エビデンスベースに変えていこうということです。これから税収も厳しくなるなかで、文化政策も最大の効果があるものを最小のコストで打ち出していかなくてはならない。そこはデジタルで解決できる部分もあると感じています。
そのいっぽうで、生成AIをはじめとする「答えがすぐに出てくる時代」において、もがいている人間とか、思考する人間、感情の役割や意味をもう一度とらえ直すこともとても大事だと考えています。
いま福岡市はビルの建て替えが進み、街が大きく生まれ変わっている時期ですが、その生まれ変わる街が無機質なものになるのではなくて、そこには人間味や肌触りを意図的にインストールする必要があると。
山出さんは、答えがすぐに出る時代における迷いや思考の大切さについてどうお考えですか?
山出 そうですね、最近僕は価値が定まってないことに対する眼差しが重要であると考えています。例えば我々は市民文化祭も開催するのですが、そこでは作品を優劣とかクオリティで判断しない。すべての人が創造力=クリエイティビティを開放していくような試みそのものが重要だと思うんです。
悩みの多い時代、いろんな物事や壁に対して、我々は受動的にならざるをえないこともありますよね。でも、そこを乗り越えられる能力や意識が自分たちのなかにはあるんだということを、いろんな人たちに実体験として理解してほしいんです。
先ほどの定量・定性の話はもちろん両方とも重要ですよね。数字に置き換えられない価値というのはもちろんあるんだけど、それを可視化できる技術もあるはずなんです。「アートは感受性の問題だから」で終わらせてはいけない。アーティストの育成やアーティストと企業のマッチングは極めて重要です。それと同時に、「アートにはこんな意味や効果があるんだ」と評価できる仕組みづくりを、福岡市さんがリードしてやっていただけるのではないかと期待しています。
──そうした点から、市長は九州もしくはアジアからこの福岡を目指そうする若手のアーティストがキャリアアップをしていくとしたとき、どういう方向性があるとお考えでしょうか?
高島 福岡は音楽のアーティストもたくさん輩出していますが、この方々は音大出身ではなくストリートからなんですね。でもアートは美大を出ている方が多いですよね。少し前に、福岡PayPayドームの前でアートイベントを開催したときには、ストリートで活動しているようなアートの作家たちが参加してくれました。こういう人たちが発表する場から新たなヒーローが生まれてきても面白いと思うし、Artist Cafe Fukuokaのような場所から企業や世界につなげていくようなことも積極的にやっていきたい。この街から世界に出ていくアーティストが生まれてほしいし、アジアのアーティストたちから目指され続ける福岡でありたいですね。
山出 そうしたなかで、あえて「競争」をつくっていくということも重要な点かもしれませんね。例えば世界に出て行ったときに、出身美大などは問われません。作品でしか判断されないわけです。そして福岡の言語──これは文脈と言っていいかもしれませんが──と世界の言語が別だとやっぱり難しい。Artist Cafe Fukuokaでもやっているような様々なゲストを招くこともそうですが、もっともっと批評の目に晒して、アーティストがレベルアップしていけるような環境ができると、さらに広がりが生まれますね。
高島 その点、民間の皆さんも意識を高く持っておられますね。例えばアートフェアもアートフェアアジア福岡という「アジア」を入れた名称であり、グローバルを意識して取り組もうという姿勢を出していただいています。福岡市はそれに伴走し、フェアに保税エリアを設定することで海外ギャラリーも出展しやすくする枠組みを実現しました。
先日パシフィコ横浜で行われた「Tokyo Gendai」を拝見しましたが、「これだ」と思いましたね。ひとついい事例を見せていただいたので、そのライバルを意識することで、アートフェアアジア福岡も世界レベルの作品が並ぶ場へとさらに成長していけるのではないでしょうか。
「福岡はアジアのリーダー都市である」とつねに言い続けているので、その視座を自分たちの街で閉じるのではなく、アジアや世界に向けていきたいですね。アジアのリーダー都市というのは、アジアで一番高層ビルが多い街ではなく、アジアで一番幸せな人が多い街のことを言うのだと思います。その幸せを形成する要素に、すべてが思い通りにいかない人間の感情を含んだアートがある。それこそがとても大事なことなのではないでしょうか。
福岡市が主催するアートイベント「FaN Week」が今年も開催されます。Artist Cafe Fukuokaでのオープニングセレモニーを皮切りに、福岡市美術館や福岡アジア美術館、福岡城跡エリアなど、福岡のまちの様々な場所でアートに出会える特別な期間です。皆さま是非お楽しみください。