2024.10.4

「おせっかい」という名の濃密なコミュニケーション。スタッフとファイナリストたちが語る「BUG Art Award」の現在地

リクルートホールディングスが主宰する「BUG Art Award」は、制作活動年数10年以下のアーティストが対象のアワードとして、2023年より東京駅八重洲南口にあるアートセンター「BUG」を拠点に始動した。第1回における作品募集・展示と審査・受賞者決定というサイクルが一巡し、現在は第2回のファイナリストが決定。ファイナリスト展が開催中となっている(〜10月20日)。新しく誕生したアワードの船出はいかに行われてきたのか。今後は舳先をどちらへ向けるのか。日々業務に携わるスタッフと、第1回のファイナリストとなったアーティストたちの声を聞いた。

聞き手=山内宏泰 写真=手塚なつめ

ファイナリストは、左から乾真裕子(オンライン)、彌永ゆり子(オンライン)、前列の向井ひかり、山田康平、宮内由梨、近藤拓丸。BUGスタッフは後列左から野瀬綾、石井貴子、片野可那恵
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既存アワードにおける「不」をきっかけに

 まずは「BUG Art Award」に携わるスタッフの奮闘ぶりを伺おう。アートセンター「BUG」の立ち上げから携わり、アワードのプロジェクト・マネージャー的立場にある野瀬綾、審査の対象となるファイナリスト展の運営を担う片野可那恵、第2回から募集に関する業務を担当する石井貴子の3人が、その実状を語る。

──まずは「BUG Art Award」の成り立ちを教えてください。どのようなきっかけで始まり、どのような構想だったのでしょうか? また、現在第2回のサイクルも終盤に差し掛かっていますが、アワードとしてのブラッシュアップは随時行われているものなのでしょうか?

野瀬綾(以下、野瀬) もともとリクルートホールディングスではガーディアン・ガーデンというギャラリーを銀座で運営しており、公募展「1_WALL」も主宰していました。1990年代から継続してきたものですが、長く続けるうち時代に則さない面も出てきます。例えば、募集ジャンルを「写真」と「グラフィック」に分けていたものの、いまやそれぞれの定義が揺らぎ、分離させておく必然性は薄れてきました。

 そこで公募の在り方を見直そうと、アーティストや学生など約20人にヒアリングをしたんです。リクルートでは「不」という言葉を使うのですが、「不満」「不安」「不便」などをあぶり出そうと考えまして。どんな「不」が挙がったかと言えば、世のなかに公募は多いけれど案外ハードルが高い、ということ。応募料がかかる、地方在住だと参加しづらい、年齢制限に引っかかる、ジャンルがあわない、などです。

 それらの「不」を取り除いたアワードを新たにつくろうと考え、ジャンルの撤廃、応募料不要、年齢制限なし(制作活動年数10年以内の方は応募可、年数は自己申告)、審査過程の展示へ制作費を出す、といった要素を盛り込んだ設計のもと、BUG Art Award を立ち上げました。

野瀬綾

片野可那恵(以下、片野) BUG Art Award では、様々な発表の場を設けることに注力しています。作品を自分の望むかたちで発表したり、想いを伝えられるようになることは、アーティストが独り立ちするうえでも必須の能力となるので。審査を経て選ばれたファイナリストたちによるファイナリスト展やグランプリ受賞者の個展はもちろん、トークイベントやレクチャーを開く機会もできるだけつくろうとしています。

 展覧会やイベントをつくり上げるには、費用や経費がかかり、多大な時間も割かなければなりません。アーティストの負担は想像以上に大きくなります。そうした面もできるかぎりのフォローをしたいと思っており、制作費はきちんとお支払いし、必要な金額をきちんとヒアリングし、できる限りその要望に応えていけるように努めています。

石井貴子(以下、石井) 第1回からたくさんの応募をいただいていますが、地域的な偏りが出てしまっていることは課題としてとらえています。第1回、第2回とも40パーセント以上が東京在住の方による応募で占められており、応募者ゼロの県もあるのが実際のところです。BUG Art Award の波は全国へ広げていきたいと思っているので、これから始まる第3回の募集は、東京近郊以外の地域へスタッフが赴き、説明会などを開いていこうと考えています。

 アワードとしては、何より応募しやすい環境をつくりたいと考えています。応募期間を毎年1月末〜2月末に設定しているのは、卒業制作の作品やポートフォリオを、アワードの応募にも活用してほしいという意図があるからです。応募の準備には時間と労力がかかり、そうした作業に慣れていない方もいらっしゃるので、BUGではポートフォリオづくりやステートメントの書き方をレクチャーする基礎講座も開催しています。

 応募のためのみならず、アーティストの基礎知識を身につける第一歩としても、こうしたレクチャーを活用いただきたいです。

石井貴子

「BUG Art Award」はおせっかいやき?

──実際の運営するなかで、ほかに注力したり気を配っている点はありますか?

野瀬 これはリクルートの社風の影響も大きいのですが、私たちは「おせっかいをやく」ことを大切にしています。こちらから積極的に働きかけ、コミュニケーションをとっていきたいと常々考えており、様々なレクチャーがあるのはその表れのひとつです。また審査過程においても、審査員やインストーラー、展示プランのアドバイザーからフィードバックがいくようにしています。

片野 おせっかいされるのを嫌がる人もいるかもしれないので注意は必要ですが、ご縁のあった方々とは長期的にお付きあいしていきたいと考えているので、こちらからの働きかけはどんどんしていきたいです。アートの世界は、おせっかいをする雰囲気があまりないようにも見えるので、新しい流れをつくれたらと思います。

片野可那恵

野瀬 審査の態勢もこだわりを持ってつくってきました。だれが審査員になるかによってアワードの色はかなり決まってくるので、お願いする前にできるかぎりのリサーチをおこない、コミュニケーションもとってきました。ジェンダーや専門分野などに偏りが出ないよう留意し、多様な視点を持ち込んでいただける方々にお声がけできたと思っています。

 審査員、スタッフともども、権威や高圧的な空気とは無縁でありたいです。応募者に寄り添い、ともに歩んでいける関係を築きたいと考えています。

 様々な点を考慮した末、第1回の審査員は内海潤也(石橋財団アーティゾン美術館学芸員)、菊地敦己(アートディレクター・グラフィックデザイナー)、たかくらかずき(アーティスト)、中川千恵子(十和田市現代美術館キュレーター)、横山由季子(東京国立近代美術館研究員)[敬称略]の5名にお願いすることとなりました。第2回でも、みなさん引き続き審査にあたっていただいています。

 実際の審査において、みなさんの意見や主張はほぼあいませんが、むしろそれがいいのだと思います。そのうえで運営側としては、声の大きさに引きずられない審査の仕組みを考え抜いて実行し、審査員のみなさんには粘り強く議論を重ねていただく。そうした積み重ねにより、納得度の高い審査を実現しようとしています。

第1回BUG Art Awardの2次審査での1on1の様子
第1回公開最終審査の様子。審査員は、内海潤也、菊地敦己、たかくらかずき、中川千恵子、横山由季子

石井 BUGでは審査の在り方や運営方法などを含め、すべてにおいて関係者や参加者からのフィードバックを得ながら、よりよいかたちへ変化する柔軟性を保つようしています。これから第3回のサイクルも始まっていきますが、ぜひご期待と応募の検討をいただければと思います。

 実際的な注意点を付け加えておきますと、募集期間の最終盤になると応募がかなり集中します。期限を少しでも過ぎてしまうと応募不可となってしまいますので、事故のないよう早めの応募準備をお願いいたします。

アーティストとともに歩んでいくアワードに

 ここからは、第1回のファイナリストである乾真裕子(オンライン参加)、彌永ゆり子(オンライン参加)、近藤拓丸、向井ひかり、宮内由梨、山田康平の6名に顔をそろえていただき、応募から審査までを通じて得たものやBUGの印象について話を伺っていく。

──BUG Art Awardに応募した動機を教えてください。なぜBUGだったのでしょうか? また、「おせっかい」を標榜するBUGとの関係性はどのようなものでしたか。

乾真裕子(以下、乾) 私は大学の修了制作で応募しました。学外の人に作品を見てもらう機会がほしかったからです。BUGに出した決め手は、審査員の顔ぶれです。フェミニズム、クィア、LGBTQをテーマとする作品を、しっかり見ていただけそうという期待がありました。

 審査が終わりしばらくしてから個展を開いたとき、BUGのスタッフの方が足を運んでくださり、新作について熱心に質問してくださいました。長期的に付きあっていただけるスタンスを大変うれしく感じました。

乾真裕子(画面左)

彌永ゆり子(以下、彌永) BUGという名称のアワードは、「デジタル」「ノイズ」といった要素がある私の作品との相性がいいのではないかと考えて、応募を決めました。新しいアワードなので様子がまったくわからず、ジャンルの規定もないという未知数なところに惹かれました。作品や展示のプランについて、フィードバックやレクチャーを手厚く受けられたのが自分にとっては役立ちました。

近藤拓丸(以下、近藤) 募集要項や審査員の顔ぶれを見て、自分のベストを出せそうだと思い応募しました。審査後に個人で展覧会をしたのですが、その告知にもご協力いただけたりしてありがたいかぎりでした。

向井ひかり(以下、向井) 学校を卒業して1年というタイミングで、以前「1_WALL」の展示を手伝った先輩からリニューアルしたらしいと聞き、応募しました。私の作品は状態を維持するのが難しいものだったので、管理上のやりとりをスタッフの方と濃密にさせていただいたのですが、いつも親身に相談にのってくださって感謝しています。そうしたきめ細かい対応がすでに、作家や作品への大きな支援だなと感じました。

向井ひかり

宮内由梨(以下、宮内) BUGの応募規定には活動年数10年以内、ただし作家本人が決めるという趣旨の一文があります。またジャンルを問わないことも明記されています。それらの理念を体現する最初の例になれたらということを考えて、応募しました。審査員や運営の皆さんが受け止めてくださってうれしかったです。

山田康平(以下、山田) 創作のきっかけづくりに、また新しい出会いに期待して応募しました。経済的な支援を受けられるアワードはこれまでもあったと思いますが、教育的な側面をこれほど強く打ち出すものはほかにない気がします。制作に関して色々なことを教えてもらえてありがたかったです。

山田康平

──アワードのなかで審査を受けたり、ファイナリストとして展示をしたりするのは、自身にとってどのような体験だったでしょうか。

 アーティストの菅亮平さんがステートメントやポートフォリオ作成の講座をしてくださったり、展示の前にはプロのインストーラーの方から設営のことをイチから教えていただけたのはよかったです。どんなプロジェクターをどこで買えばいいかまで懇切丁寧に示していただけて、納得のいく展示をつくることができました。

彌永 展示のプランを出すとすぐにフィードバックをもらえて、そこから練ってよりよいプランにしていく体験は、きっとほかのアワードではできないものです。ひとりで制作していたら煮詰まってしまうところを、みなさんの力を借りてどんどん更新していけたのが、新鮮で励みになりました。

「第2回 BUG Art Award ファイナリスト展」展示位置決めの様子

近藤 長く続いているアワードだと「傾向と対策」があったりしますけど、BUGにはそういうものがなく、審査のときも将来性込みで作家と作品の可能性をじっくり見てくれた気がします。展示や審査を通してずっと独特の緊張感と楽しさがあってよかったです。

向井 応募者向けイベントに参加したとき、審査員の内海さんが仰っていました。理路整然と話すことを目指すというより、いま考えていることの何がわからなくて、どこまでわかっているのかを、自分の言葉で語るのが大事なのだと。それを聞いてすごく気持ちが楽になり、その言葉が以降の制作の後押しになりました。

宮内 BUGは準備期間から展示・審査まで半年くらいかかります。そのあいだずっと、これほど人から質問されることも、こんなに作品や創作について書くことも話すこともなかったので、おかげでとてつもない成長を遂げられて、感謝しています。

山田 ほかのファイナリストの人たちのプレゼンテーションを聞くのが、すごく勉強になりました。遠くに石を投げようとする姿勢が美しく感じられて、感動したんです。自分も現時点でのクオリティばかりを追わず、遠くを見ることをしなければと思い直しました。

第1回 BUG Art Award 公開最終審査の様子

──審査後もみなさんの作家活動は続きますし、BUG Art Award も回数を重ねていきます。これから応募する人へ向けてアドバイスはありますか。

 アワードは評価され審査される場ではありますが、作家がアワードにあわせたりする必要はないと思います。自分がやりたい表現をやりさえすれば、BUGはそれをしっかり見てくれるはずです。

彌永 BUGはただ応募して終わりではなく、いろんなサポートもありますから、そこを大いに活用すべしです。スタッフの方が「おせっかい」をやいてくれるというのもたしかです。展示プランをつくるだけでもいい経験になりますし、たとえファイナリストに残れなかったとしても、有意義な時間が過ごせます。

彌永ゆり子(画面右)

近藤 スタッフも審査員の方々も、本当によく応募者とその作品を見てくれるのが印象的です。応募作への評価だけでなく、長期的な伸びしろまで見てもらえるので、メリットばかりだと思います。

近藤拓丸

向井 時間をかけて審査が進むので、つどフィードバックを受けながら、いろんなことを考えるゆとりがあるのはいいところです。私は募集期間締め切りのギリギリで応募したのですが、自分のPCから応募フォームがうまく開かず、焦りました。余裕を持って送るのが大事かと思います。

宮内 審査されるというのは、作家の内側にあるものを、審査員と分かちあおうとする行為なのかなと思います。どう評価されるかは自分でコントロールできるものではないので、自分自身のなかにあるのがどんなものなのか、もう一度見つめ直して考えておいてから、応募・審査に進むのがいいのではないでしょうか。

宮内由梨

山田 アワード側が好む作品の傾向などは気にせず、モチベーションの赴くままに応募すべきだと感じます。審査員の方々は、作品に込めた感情までしっかり聞こうとしてくれるので、包み隠さずすべてを伝えたほうがいいですし、心配なく自分をさらけ出せる雰囲気が、BUGにはあると思います。

 なお、現在「第2回BUG Art Award ファイナリスト展」がアートセンターBUGで10月20日まで開催中。今回のファイナリストである新井毬子、岩瀬海、志村翔太、城間雄一、宮林妃奈子、矢野憩啓の6名による多様な作品が展示されているためぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

「第2回BUG Art Award ファイナリスト展」(9月25日〜10月20日)会場風景より
「第2回BUG Art Award ファイナリスト展」(9月25日〜10月20日)会場風景より