2024.10.4

「癒しのアート」を支援して10年。その理由と展望は? 神山財団理事長・神山治貴インタビュー

神山財団とは、半導体、サイバーセキュリティなどの最新のテクノロジーを取り扱う技術商社である株式会社マクニカの創業者・神山治貴が2013年に発足した財団であり、次代を担う人材育成を目的として「海外留学奨学金制度」と「芸術支援プログラム」を展開している。「芸術支援プログラム」は今年10周年を迎え、上野の森美術館ではこれまでの奨学生ら55名の作品を展示する記念展「KAMIYAMA ART カドリエンナーレ2024〜4年に一度の展覧会〜」が開催された(9月8日~15日)。この支援プログラムの特徴やカドリエンナーレの開催について、神山理事長に話を聞いた。 ※インタビューはカドリエンナーレ会期中の9月9日に実施。

聞き手・撮影=中島良平

神山治貴
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経営者としての経験から支援する「癒しのアート」

──まずは、一般財団法人神山財団が創立されるまでの経緯をお聞かせください。

 1972年に半導体事業を中心とするジャパンマクニクス株式会社(現・株式会社マクニカ)を立ち上げ、曲がりなりにも成功させていただいたものですから、今度は私が社会にお返しをする番だと思い、ひとつのかたちとして考えたのが、人材を育成するための財団です。そこから、2013年に神山財団を立ち上げるに至りました。

──具体的には、「海外留学奨学金制度」と「芸術支援プログラム」のふたつが財団の活動の軸となっていますが、そのように事業設定をされた経緯についてもお聞かせください。

 社会がより良くなっていく、あるいは、健全で強靭な社会になっていくためには何が必要でしょうか。世の中はリーダーで決まると考えています。会社であれば社長、病院であれば院長、学校であれば校長、国家であれば首相です。色々なフィールドで良いリーダーが出れば、より良い社会に変わっていくと考えています。そこで将来グローバルで活躍できるリーダーたちを想定し、海外に留学する社会人を支援する「海外留学奨学金制度」を始めました。例えば、MBAを取得しようとアメリカの大学院やビジネススクールに入るには、相当な額の費用がかかります。入学したら手持ちが5万円しかなかった、などという悲劇も耳にします。そういう人をサポートすることで良いリーダーになってもらえるように応援しています。また、健全な社会には、豊かな芸術文化が欠かせません。そこで芸術支援プログラムをもうひとつの軸として考えました。

──「芸術支援プログラム」は、その理念に「文化の向上・芸術の振興に貢献でき、芸術が本来持つ“癒し”を追求する人材の育成事業」であることを掲げています。これはどのように決められたのでしょうか。また、奨学生の対象は絵画を専攻する大学院1年生とのことですが、この条件設定にはどんな理由があるのでしょうか?

 癒しの芸術を支援しようと思ったきっかけには、ある音楽との出会いあります。経営者や組織のリーダーというのは時として孤独になるものです。相談する人が減ってきてしまったり、ひとりで大きな決断をする必要にせまられたりもします。私自身も現役の社長のときには多忙でストレスを抱えることがつねでしたが、その出会った音楽を聴くと疲れが取れ、リラックスでき活力が湧くという経験をしました。芸術の持つ癒しの力を感じ、何十年経ったいまでも聴き続けています。

 当初は音楽を学ぶ学生を支援しようと考えていたのですが、美大生のほうが金銭的に苦労しているように感じられました。また、私は自身が所有している絵画作品にも癒されてきた経験があるので、絵画を専攻し、「癒し」を感じられる作品を手がける大学院生を支援することにしました。大学院1年生を対象としているのは、大学院に進学する学生は、基本的に将来プロの作家を目指す傾向が強いという認識からです。

──支援プログラムは具体的にどのような内容なのでしょうか?

 財団として資金援助はもちろんですが、奨学生たちの要望をたびたびヒアリングし、作品の展示機会や作家同士のコミュニティづくり、契約や経理に関する勉強会なども実施しています。「お金を出したらおしまい」ではなく、様々な意見を取り入れながら実施を重ねています。

勉強会の様子

神山財団10周年を記念した「カドリエンナーレ」

──財団発足10周年を迎え、上野の森美術館では「KAMIYAMA ART カドリエンナーレ2024〜4年に一度の展覧会〜」(9月8日〜15日)が開催されました。

 これまで10年間で総勢240名の奨学生をサポートしてきました。そのなかから、最初の3年間で支援した80名の卒業生を対象に有志を募り、55名の作家が出展してくれました。このカドリエンナーレも、じつは財団の奨学生たちの意見を取り入れて開催されたものです。美術館で展示ができる機会を得られる作家というのは一握りですから、奨学生たちにとってもよい経験となったのではないかと思っています。

 展覧会のチラシには、小さなモチーフがたくさん並んでいますが、これは出展する55名一人一人がチラシ用に寄せてくれたオリジナルの一筆書きを集めてデザインしたものです。皆さんが自身の制作や仕事で忙しいなか、チラシのためにわざわざ描いて提供してくれたということですから、財団との関係性ができているからこそ成し得たことではないかと思っています。

──初日の来場者は1000名を超えたと伺っています。

 驚きました。8日間で1000人を超えればいいのではないかと想定していましたから。美術館で展示をするということは、より広い方々に見ていただける機会にもなります。オープニングで出展作家たちとも会って話をしましたが、友達からすごく羨ましがられたという話も聞きましたし、広い空間での展示だからこそ大きな作品に挑戦したという作家もいました。ほかにも、私の友人も来場してくれましたが、購入したいから連絡先を知りたいという話にもつながりました。やはり美術館で開催できる機会は貴重だと思います。

 「KAMIYAMA  ART カドリエンナーレ」は、副題に~4年に一度の展覧会~とあるように、4年ごとに開催していきたいと考えています。今回の記念開催で終わることなく、4年ごとに会を重ね、奨学生が卒業してからも、作家としてさらに飛躍できるような機会になればと考えています。

──支援プログラムの「展示機会の提供」としては、修士課程を修了した神山財団奨学生のアーティストらによる作品展も10月5日から9日にかけて六本木のアクシスギャラリーで開催されるそうですね。

 はい。10月5日からの展覧会は「KAMIYAMA ART Exhibition」(旧卒業成果展)です。サポートしている奨学生が、大学院を卒業して最初の年に出展する絵画の展覧会でして、こちらも今年10回目を迎えることができました。出展者18名が最大50号サイズの絵画を1点ずつ展示します。

 また、このような財団が主催する作品展のほか、グループ展の助成金制度もあります。出身校が2校以上で、3人以上の奨学生が集まれば、グループ展の開催費用を助成するという仕組みで、実施開始から今年で3年目となります。いずれも奨学生にとってどんなサポートがあれば有意義か、というリクエストを聞きながら、具体的に実現可能なプログラムを考えている事例です。

──今後、財団の活動の継続とさらなる発展のために、何か計画していることがありましたらお聞かせください。

 今後は、海外留学プログラムの奨学生と芸術支援プログラムの奨学生との交流の場をつくっていきたいと考えています。財団発足から10年が経ち、海外留学から帰国している奨学生も増えていますから、財団が支援する異なるフィールドの人々の交流を促進していけることは、私たちならではの取り組みだと思っています。

 海外留学プログラムの奨学生には、金融関係の人やベンチャーで起業する人、医療関係や教育関係の人などもいて、様々な領域で活躍しています。芸術支援プログラムの奨学生たちとの交流が生まれれば、それぞれが知らない世界と出会うことができるはずです。海外に行って広い視野を持っている人でも、アーティストと交流したことのない人は多いでしょうし、アーティストも広い世界を知るきっかけになるかもしれません。また、作品を気に入ってもらい、コレクターとなってもらえるケースもあるかもしれません。

 これまで神山財団は、事業を進めるうえで毎年改良点を話しあい、奨学生からのリクエストも吟味しながら、個々のプログラムを改善・進化させてきました。その結果として、毎年たくさんの方に応募をいただき、奨学生と財団との関係も築いてきています。設立から10年が経過し、さらに10年またその先も、地道に続けることが何よりも重要だと思っています。

 これからもよりよい社会、健全な社会、強靭な社会のために、微力ながら貢献できるよう努めていきたいと思います。