2025.3.27

「アート・バーゼル香港2025」が開幕。逆風のなかで示されたアジア市場の可能性

アジア最大級のアートフェアであり、同地域のアートマーケットを象徴する存在とも言える「アート・バーゼル香港2025」が3月26日に開幕した。世界経済が不安定ななかで、同フェアはどのような可能性を示しているのか。会場からレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

会場風景より、ルー・ヤン《DOKU the Creator》(2025)
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 世界経済の低迷とそれに伴うアートマーケットの停滞が続くなか、アジアのアートマーケットを象徴する存在である「アート・バーゼル香港」は今年どのような成果を見せたのか。

 3月26日、香港コンベンション&エキシビションセンターで開幕した「アート・バーゼル香港2025」のVIPプレビューには、世界中からアート関係者や愛好家が集まった。開幕に先立ち、アート・バーゼル香港のディレクターであるアンジェル・シヤン・ルーは記者会見で次のように語った。

会場風景より

 「2023年のアート・バーゼル香港は『再開』の年であったが、2024年は東西の『再連結』がテーマであった。そして、アート業界やコミュニティとともに進化を続けた2年間を経て、今年のテーマは自然と『再構築』にたどり着いた。私たちは、たんなる売買プラットフォームを超え、『創造的機会の交差点』として自己を再定義しようとしている」。

 ルーは「美術手帖」のインタビューで、過去数ヶ月間にわたりアジア各地を飛び回り、新たなコレクター層を育成する「カルトベーションイベント」を開催してきたと話す。「近年、アジア各都市では大小様々なアートスペースやプライベートミュージアムが次々と誕生している。これらの新しい機関は、優れたアート作品を自らのコレクションに加えたいと考えており、アート・バーゼル香港はそうした機関が世界一流のギャラリーから作品を発見し紹介できる場を提供している」。

会場風景より
会場風景より

 今年のフェアには42の国と地域から240の出展者が参加。大型インスタレーションを特集する「エンカウンターズ」部門と、ギャラリーブース内でテーマごとの展示を行う「キャビネット」部門は過去最大規模を誇り、それぞれ18と38のプロジェクトが展開されている。

会場風景より、「エンカウンターズ」部門の様子

 とくに注目すべき部門として、ルーはアジア地域の作家による企画展示が展開される「インサイト」部門を推薦している。「この部門は、アジア現代美術の歴史的文脈を示すものであり、アジア以外の観客がこの地域の現代美術を理解するための絶好の機会を提供しているからだ」。

 今年の「インサイト」部門には24のギャラリーが参加し、そのうち6つが日本からの出展。例えば、Yutaka Kikutake Galleryは、1960年代にアメリカに移住した杉浦邦恵と1992年生まれの三瓶玲奈の作品を対話形式で紹介。Yoshiaki Inoue Galleryは戦後日本の前衛作家・嶋本昭三(1928〜2013)の作品を、√K Contemporaryは前衛画家・藤松博(1922〜1996)の作品を出品した。

会場風景より、Yutaka Kikutake Galleryのブース
会場風景より、Yoshiaki Inoue Galleryのブース
会場風景より、√K Contemporaryのブース

 また、KOSAKU KANECHIKAでは、佐藤允の個展を行っており、「果物」をテーマにしたポートレイトの新作を展示している。これらのギャラリーの担当者は、アート・バーゼル香港が日本のアートの多様な魅力を海外の鑑賞者に示す貴重な機会であり、幅広いコレクターや美術機関との関係を築く場でもあると述べている。

会場風景より、KOSAKU KANECHIKAのブース

売上と市場の反応

 開幕初日にはいくつかのギャラリーが目覚ましい成果を上げた。デイヴィッド・ツヴィルナーは草間彌生の絵画《INFINITY-NETS [ORUPX]》(2013)を350万ドルで、ミヒャエル・ボレマンスの新作《Bob》(2025)を160万ドルで販売し、合計12点の作品が取引された。ハウザー&ワースも初日に15点の作品をソールド。なかでも、現在同ギャラリーの香港スペースで個展を開催中のルイーズ・ブルジョワの彫刻《Cove》(1988/2010鋳造)が200万ドルで取引されたほか、最近ギャラリーがリプレゼンテーションを発表したイ・ブルの立体作品2点(26万~27万5000ドル)が含まれている。

会場風景より、デイヴィッド・ツヴィルナーのブース
会場風景より、ハウザー&ワースのブース

 タデウス・ロパックでは、ゲオルク・バーゼリッツの絵画《Luise, Lilo, Franz und Johannes》(2010)が120万ユーロで販売されたほか、合計6点の作品が成約した。ホワイト・キューブは、アントニー・ゴームリーの彫刻《HOIST II》(2019)を50万ポンドで販売したほか、10万ドル以下の作品を4点売却した。

会場風景より、タデウス・ロパックのブース

 Pace Galleryでは6点の作品が売れ、価格帯は5万ドルから45万ドルに及んだ。ペロタンでは、加藤泉やエマ・ウェブスターの作品を含む4点が売却され、さらにリン・チャドウィックによる一連の作品も取引された。これらの作品の価格帯は最低4万ポンドから最高35万ドルであった。

 いっぽうで、2~3年前と比較すると、ギャラリーの売上がやや鈍化している印象も否めない。それにもかかわらず、デイヴィッド・ツヴィルナーのシニアパートナー、クリストファー・ダメリオは「今年は多くの人々が集まり、コレクションやビジネスに対して意欲的であり、全体のエネルギーやムードが非常に楽観的であると感じた」と述べている。

 ダメリオは、アジア市場には依然として大きな成長の可能性があると考えている。「私はつねにアジアの可能性を信じている。経済が良いときも悪いときも、その成長ポテンシャルは揺るぎないものだ。だからこそ、作品を見せ続け、この地域に根を張ることが重要である」。

会場風景より

 また、経済状況が悪化しているときこそ、地域やギャラリー、フェアへの投資を続けることが最良の選択肢だとダメリオは強調する。「経済が回復したときには、困難な時期に努力した成果が実を結ぶ。逆に、経済が悪いからといって後退すれば、景気が良くなったときに取り残されてしまう」。

 世界経済が不安定ななかで、ギャラリーがどのようにこの状況を乗り越えるべきか。タデウス・ロパックは次のように語っている。「私たちはただプログラムを進め、アーティストとともに展示を行い、その結果が自然と現れるだろう」。

会場風景より
会場風景より