ギュスターヴ・モローが描いた女たち。「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」がパナソニック汐留美術館で開幕
フランス象徴主義を代表する画家、ギュスターヴ・モローの大規模展「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」がパナソニック汐留美術館で開幕した。ギュスターヴ・モロー美術館の所蔵品が一堂に会する本展の見どころとは?
産業の発展によって現実主義的、物質主義的な潮流にあった19世紀後半のフランスにおいて、神話や聖書を主題としながら独自の理念や内面世界を表現した象徴主義の画家、ギュスターヴ・モロー(1826〜1898)。その世界を堪能できる展覧会「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」が、東京のパナソニック汐留美術館(4月1日に改称)で始まった。
パナソニック 汐留美術館は、ジョルジュ・ルオー作品を収蔵する美術館であり、モローはルオーの師匠でもある。2013年にはパリのギュスターヴ・モロー美術館協力のもと、同館で「モローとルオー -聖なるものの継承と変容-」展を開催した経緯があり、今回モローだけの展覧会が実現したと担当学芸員の萩原敦子は語る。
「モローは伝統的な主題を描きながら、ただの絵解きではなく、登場人物が織りなす世界に隠された人間の精神世界、つまり情念や理念などを象徴的に描こうとしました。このことから、象徴主義絵画の巨匠とも呼ばれています。モローは人の心を揺さぶるようなテーマを好んで描きましたが、なかでも女性は生涯大切にして描き続けた主題です」。
萩原が語る通り、本展ではその主題を「女性たち」に絞っており、回顧展というよりはテーマ展の側面が強い。来日したルオー美術館事務長のダヴィッド・レン・シモアンも「ファム・ファタルというテーマの展覧会は初めてです」と本展が貴重な機会であることを強調する。
モロー美術館所蔵品から約70点が来日した本展は4章構成。展示は「モローが愛した女たち」からスタートする。モローにとって、「世界で一番大切な存在」であったという母ポーリーヌや、結婚はしなかったものの30年近くモローに寄り添い続けた恋人アレクサンドリーヌ・デュルーなど、モローが実生活に深く関わってきた女性たち。(幻想的な主題ではない)実生活の女性たちを描いた素描画や資料などを通してギュスターヴ・モローの素顔の一端を探る本章は、展覧会の特色をもっともよく表していると言えるだろう。
続く第2章「《出現》とサロメ」は、本展のハイライトとしてモローの代表作のひとつである1876年頃の油彩画《出現》に焦点を当てる。本作は、新約聖書で王妃ヘロデヤにそそのかされ、踊りの褒美としてヘロデ王に聖ヨハネの首をねだったサロメの物語を描いたもの。裸体に豪華な衣装を纏い、眼前に出現したヨハネの首の幻影と対峙する場面が描かれている。血を垂らした輝く頭部と、豪華な衣装を纏ったサロメ。独特の構図によって、ヨハネの聖性が強調されている。
また本作では、細かな線描にも注目したい。これらは完成から20年後に書き加えられたものであり、萩原は「サロメとは無関係の中世のロマネスク彫刻の文様です。装飾的な文様加えることで、神秘さを増すことを意図したのではないでしょうか」と話す。
モローはこの「サロメ」を執拗なまでに描いており、本展ではその最初期に当たる1870年頃の作品《洗礼者ヨハネの斬首》をはじめ、油彩・素描など数々の作品(習作含む)も展示。モローがいかにサロメの表現に対して試行錯誤したのかを、様々な角度から見ることができる。
このサロメは、男を破滅に導く残酷な女性「宿命の女(ファム・ファタル)」として次の章へとつながっていく。第3章「宿命の女たち」に登場するのは、ギリシア神話に登場するヘレネや、悪女の名をほしいままにしたメッサリーナやメデイアなどのほか、スフィンクスやセイレーンといった異形の女たちも取り上げられている。「歴史画家」を自認していたモローが、神話や聖書の主題を通して造形化した独自の世界がそこには広がっている。
展覧会の最後に待ち構えるのは、悪とは無縁の存在として描かれる「純潔の女性」だ。純潔を象徴する一角獣を伴う女性たちを描いた《一角獣》。これは、モローが1883年にパリのクリュニー中世美術館で6枚のタピスリー《貴婦人と一角獣》を見たことから生み出された作品であり、モロー芸術の傑作として高い人気を誇る。
なお、本展を見終わった後は、モロー美術館の初代館長であったジョルジュ・ルオーの作品が並ぶ「ルオーギャラリー」へ。こちらでは「モローの愛弟子ジョルジュ・ルオー」と題し、モローに関連する作品や映像を見ることができる。