鎧兜のなかに宿る「人間」を見つめる。群馬県立館林美術館で「野口哲哉展-THIS IS NOT A SAMURAI」が開催中
群馬・館林の群馬県立館林美術館で、野口哲哉の大規模個展「野口哲哉展-THIS IS NOT A SAMURAI」が、9月5日まで開催されている。鎧兜の男たちをモチーフに様々な表現を展開する野口の制作活動の全貌に迫る展覧会だ。会期は9月5日まで。
群馬・館林の群馬県立館林美術館で、野口哲哉の個展「野口哲哉展-THIS IS NOT A SAMURAI」が、9月5日まで開催されている。展覧会のハイライトをレポートにてお届けする。
野口は1980年香川県高松市生まれ。2003年広島市立大学芸術学部油絵科卒業、05年同大学大学院修了。鎧と人間をテーマに彫刻や絵画の制作を行い、多様な文化や感情が混ざり合った作品を通じて、現代社会の構造や、人類の歴史において普遍的に受け継がれてきたものを問いかけてきた。
本展は今年2月から、野口の出身地にある高松市美術館を皮切りに、山口県立美術館、館林美術館、刈谷市美術館に巡回する。展覧会全体を通して貫かれている大きなテーマは、野口の「人間」に対するまなざしだ。彫刻や絵画のモチーフとなっているのは一見我々とは遠い存在に思える鎧兜をまとった男たちだが、それらはいずれも現代の人間と同じ心の機微を感じさせるものとなっている。
本展は5つの章により構成される。最初の第1章「IN THE ARMOUR ~鎧の中へ~」では、異なる容姿や文化を持っているかに見える鎧の武士たちに、我々と変わらない人間としての体や心があることを強く感じさせる作品が集まる。
雨傘を持って空を見る、手に持った花を見つめる、ソファーに座りくつろぐ、といった様々な姿の甲冑姿の男たち。現代を生きる人々が日常のなかで感じる小さな気づきや、心のやすらぎなどが、細部までつくり込まれた仕草や表情から伝わってくる。
また、現代の社会の構造を武士たちの姿を借りて映し出すような作品も展示されている。例えば《small & Giant》(2012)は、巨大な武士と小さな武士が並んで座っている作品だが、両者の大きさには約10倍の差がある。これは、それぞれが受け取っていた当時の給与の額に呼応しており、給与や雇用といった現代にも共通するテーマが見て取れる。
第2章「REAL IN UNREAL ~仮想現実の中で~」は、野口の作品に出てくる「現実にありそうで、ないもの」と「現実になさそうで、あるもの」というふたつの要素を軸に、虚構の世界のなかに宿るリアルな人間の気配を探る。
《Talking Head》(2010)は頭にかぶった兜が男に向かって何かを喋っているが、それを見上げる男の表情は困惑していえるように見える。相伝品である兜は、着用者の先輩ともいえる存在だが、その世代間に生まれる価値観の衝突が表現されている。
猫を散歩する男や、当てどなく飛んでいく赤い風船を眺める男たち、プラモデルのパッケージに収まった弾丸のように飛ぶ男など、現実と架空のあいだをさまよう鎧兜たちの姿は、鑑賞者それぞれの経験を照らしながら多様な意味を見い出すことができるだろう。
第3章「ARMOURD DREAM ~鎧を着て見る夢~」は、その名のとおり「眠り」をテーマとした作品を集めている。標本箱に収まるように眠る兵士たちや、机に頬杖をつきながら眠る男など、鎧兜を身に着けたままの姿で眠るその姿からは、睡眠という共通の行為を通じて一人ひとりの人間としての個性が現れているようにも感じられる。
第4章「TRIP TO THE WORLD ~別世界旅行~」は、幻想的な世界観や、ヨーロッパの古典技法で描き出された、鎧姿の人物たちの物語の断片を紹介する。
野口が「別世界旅行」と名づけたシリーズは、夜の明けない不思議な世界を舞台に、尖り兜に白いコートを羽織った無口な男「ヘルム」と多弁なガチョウ「グース」がともに旅をする物語だ。その旅路や出会う人々をモチーフとした絵画や立体作品が、野口のつくりだす世界への想像を喚起させる。
また、この章では野口がもっとも影響を受けた作家のひとりだというレンブラント・ファン・レインの豊かな陰影表現の画風を模した絵画に注目したい。レンブラントが自身のコレクションとして持っていたという兜に着想を得た、兜をかぶったレンブラントの自画像《AD1660 〜日本の兜を被ったレンブラント〜》(2017)など、その発想のユニークさに目を奪われる。いっぽうでレンブラントを、鎧兜の武者たちが活躍した戦国時代に遥か離れたオランダに生きた同時代人としてとらえた、野口の俯瞰的な目も感じることができるだろう。
最後となる第5章「THIS IS NOT A SAMURAI ~鎧を纏うひとびと~」では、人間と感情、そして鎧兜を精緻に表現した野口の近作を一挙に紹介する。展示室に所狭しと並んだ鎧兜の男たちの姿は圧巻だ。
ある者はジーンズを履き、ある者は頭を抱えて座り込み、ある者はギリシャ彫刻のようなポーズをしている。皆が鎧をまとっているが、それぞれの多種多様なあり様は、現実の社会の群像をも想起させる。
また、展覧会の最後には野口の作品制作のメイキングとして、制作過程を知ることができるシリコンの原型や成形した合成樹脂、実際の鎧兜と同じ工程でつくられる甲冑のパーツ、さらにデッサン類も紹介される。野口の作品のメッセージやコンセプトを中心に組み立てられている本展だが、展示の最後にはそれらを支える卓越した技巧の一片を垣間見ることができる。
なお、群馬県立館林美術館での展示では、同館のコレクションとして著名な彫刻家のフランソワ・ポンポンにちなんだ野口の作品《フランソワ・ポンポン像》(2016)も、特別出品というかたちで、ポンポンの《シロクマ》(1923-33)とともに常設展のなかで展示されている。こちらも見逃せない。
一貫して「鎧兜」という題材をあつかいながらも、「THIS IS NOT A SAMURAI」という本展の副題に込められているように、「侍」というイメージを取り払った先にある「人間」を多岐にわたる表現で見せる野口。その創作の全体像を見渡すことができる展覧会となっている。