現代美術が呼び覚ます日本画の巨匠の遺産。「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション」が開幕
大田区立龍子記念館で、日本画家・川端龍子の作品と現代美術コレクター・高橋龍太郎のコレクションをともに展示する「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション」が開幕した。そのハイライトをレポートする。
東京・大田区の大田区立龍子記念館で、同館所蔵の川端龍子(かわばた・りゅうし)の作品と、精神科医であり現代美術コレクターでもある高橋龍太郎のコレクションを一堂に展示する展覧会「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション」が開幕した。会期は11月7日まで。
川端龍子(1885〜1966)は大正から昭和にかけて活躍した日本画家。《鳴門》(1929、山種美術館蔵)や《草炎》(1930、東京国立近代美術館蔵)、《愛染》(1939、足立美術館蔵)、そして龍子記念館所蔵の《爆弾散華》(1945)などが代表作として知られている。1963年に開館した龍子記念館は、大正から戦後にかけての140点あまりの龍子作品を所蔵し、その画業を紹介してきた。
本展は、日本画家ながらジャンルにとらわれない作品を生涯発表し続けてきた龍子の作品を、高橋龍太郎コレクションの会田誠、鴻池朋子、天明屋尚、山口晃の作品とともに展示することで、新たな視座の付与を試みるものだ。
本展冒頭で展示されるのは、幅7メートルを超える6枚1面の作品《香炉峰》(1939)だ。九六式艦上戦闘機が半透明で表現され、強いインパクトを与える同作は、唐代の詩人・白居易が「香炉峰雪撥簾看」(香炉峰の雪は簾を撥[かか]げて看る)と歌ったことにちなみ、戦闘機を透かせて見せる独創的な表現が特徴だ。
この《香炉峰》と対応するかのように展示されているのが、高橋コレクションの会田誠《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》(1996)だ。ホログラムペーパーを切り抜いてつくられた零式艦上戦闘機が「∞」を描き、碁盤の目のニューヨーク・マンハッタンを空爆するという本作は、戦争画への批判的な観点も内包している。戦闘機という同じモチーフの二作に込められた様々な引用の意味を、比較しつつ考察してみてはいかがだろう。
龍子の《爆弾散華》(1945)は見逃せない作品のひとつだ。同作は、終戦直前に爆撃を受けて龍子の自邸が壊滅的な被害を受けたことを受け、爆風で飛び散る庭の草花を描いたもの。戦争の集結を示唆するような本作は、《越後(山本五十六元帥像)》(1943)や《水雷神》(1944)といった、戦中に描かれた連作と同じく、龍子の戦争についての懐疑が見て取れる。こうした作品も、会田の《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》と対応させることで、また異なる見方が可能となるのではないだろうか。
鴻池朋子の《ミミオ─オデッセイ》(2005)は、小さくて丸い存在「ミミオ」が、未知の世界を冒険し様々な動物と出会うアニメーション作品。いっぽう、本作と対置するように展示された龍子の《百子図》(1949)は、戦中の作品とは打って変わり、象と遊ぶ子供が描かれた作品だ。鴻池のやわらかな視線にも似た、龍子のやさしげな眼差しを感じることができるだろう。
鴻池の大型絵画《ラ・プリマヴェーラ》(2002)は、川端の人気作品《草の実》(1931)と並べられた。鴻池の立体的で鮮やかな色彩を持つ草花と、川端の黒と金を基調とした平面的な草花は対照的だ。両者を並べることによって、絵画おける植物表現の多様性が強く印象づけられている。
龍子は歴史的なモチーフも物語性豊かに描いた。自害したとされた源義経がモンゴルへ渡りチンギス・ハーンとなったという説を想像力豊かに膨らませたた《源義経(ジンギスカン)》(1938)や、奥州藤原氏ゆかりの中尊寺金色堂に安置されたミイラに思いを馳せた《夢》(1951)などからは、詩情豊かな作品世界が感じられる
山口晃の《當卋おばか合戦》(1999)や、《今様遊楽圖》(2000)といった現代の人々や風俗を近世の様式で描いた作品は、たんなるパロディとしてのみならず、現代社会をジャーナリスティックに見つめる山口の視線を感じる作品だ。これらの山口の作品と並べられるのが、龍子の《逆説・生々流転》(1959)だ。28メートルにおよぶ本作は、1958年の狩野川台風の惨状や、それに立ち向かう人々が描かれている。その時代の人々の生き様や事象を見つめることで作品を生み出す、美術家の共通する態度を垣間見ることができるだろう。
仏教への信仰が篤かった龍子は、邸宅内に仏像を納める持仏堂を設け、そこに奈良時代の《十一面観音菩薩立像》を納めていた。龍子がこの仏像をモチーフに描いたのが《吾が持仏堂 十一面観音》(1958)。そして、同作と並べられたのが、天明屋尚の《ネオ千手観音》(2002)だ。従来の日本画に対するアンチテーゼとしてアクリル絵具による繊細な技術によって描かれた本作の観音は、銃器や刃物を握っている。観音という宗教的モチーフが持つ多様な側面が、ふたりの作家の共演によって立ち現れる。
日本画の巨匠・川端龍子の作品と、現代美術の著名作家4人の作品を一堂に集めた本展。ジャンルや時代を超えて共通する美術表現を見出だせると同時に、龍子の作品を現代の視野をもって再評価できる、示唆に富む展覧会となっている。