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2025.1.30

「宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」(東京ステーションギャラリー)レポート。領域を超越した“布絵”の豊かな芸術性

「創作アプリケ」で知られる宮脇綾子を造形作家としてとらえ、その創造の魅力を美術史の観点から見直す展覧会「生誕120年 宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」が東京ステーションギャラリーで開催中。手芸の域を超え、美術のジャンルをも無化する、軽やかな感性とたぐいまれな造形センスを実感できる。

文・撮影=坂本裕子

展示風景より
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宮脇綾子という造形作家

 宮脇綾子(1905~95)をご存じだろうか。工芸の分野では知る人ぞ知る「アプリケ作家」だ。アプリケというと、型紙に沿って切った布を組み合わせて絵や文字を布に縫い付ける“手芸”を思うかもしれないが、彼女のそれは、自身「創作アプリケ」と名付けたように、モティーフ、素材、造形いずれもが独創性に満ち、クリエイティビティあふれる“作品”になっている。日本のみならずアメリカでも紹介されるなど、多くの展覧会も開催され、作品は美術館にも収蔵されている。この宮脇の創作を改めて美術史のキーワードから分析し、新たな光をあてることを試みた、包括的な展覧会が東京ステーションギャラリーで始まった。

  戦前の東京に生まれ、愛知県名古屋市の洋画家・宮脇晴と結婚。戦中の困窮を主婦としてやりくりし、1945年、終戦を機に好きな縫い物を活かしたアプリケの制作を始める。生活を守りつつ作れるものという自身に課した条件に、姑から教え継がれた小さな古裂の収集がきっかけになったという。宮脇40歳のこと。子供のころから美しいものへの関心が強かった生来の感性に加え、いっときは佐藤高等女学校(現・女子美術大学付属高等学校・中学校)に通っていた経験や、夫が画家という環境もあったのだろう、創作はめきめきと開花していく。それはアプリケの概念を超え、初個展では“布絵”と形容された独特の造形に昇華する。やがて注目を集め、1953年には第27回国画会工芸部に入選。以後様々な展覧会に出品するようになる。習いたいという希望者も増え、1960年には「アップリケ綾の会」を結成して主宰を務め、1991年、86歳の時にワシントン女性芸術美術館で個展も開催された。

  展覧会では、その造形的な特徴に注目し、8章のアプローチから、宮脇の比類ない才と作品の魅力に迫る。

会場看板のひとつ

モティーフとまなざし

 日常を崩さない創作をめざした彼女のモティーフは、野菜や魚といった主婦が日々目にする、生活に密着した誰もが見慣れた親しみやすいものだ。しかし、それらは徹底した観察とそれを写し取る写実を基本とした。珍しい食材をもらったりすると料理の前に観察が始まり、家族はそれが終わるまでお預けを食らうこともしばしばだったとか。こだわりは色や形のみならず、個々のパーツや構造にまで至り、果実や野菜などの断面、魚や鳥の表裏、多様な角度や、身を取った後の姿にも及んでいる。そのまなざしは、同じ食材でも個々の違いや微妙な変化をも見逃すことがなかった。

 「1. 観察と写実」「2. 断面と展開」「3. 多様性」では、身近な生物への宮脇のあくなき探求心と美を見いだす眼を作品に追う。

「1. 観察と写実」展示風景より、左から《椎茸》(1975、豊田市美術館)、《あさがほ 紅蜀葵 かぼちゃ》(個人蔵)
「2. 断面と展開」展示風景より
「3. 多様性」展示風景より
「3. 多様性」展示風景より、左から《フィルターのするめ》(1985)、《小鯛の干もの》(1978)、《骨・美味なり》(1986、いずれも豊田市美術館蔵)

素材のこだわりと活用の妙

 宮脇は創作が進むと、好みの古裂を探して骨董屋や骨董市をめぐったり、業者から古布を引き取ったりと素材にこだわったという。様々な布を持ってきてくれる知人も多かったようだ。「世の中に廃物なんか一つもない」という言葉の通り、レースやプリント地、古くなった柔道着から、使用後のコーヒーフィルターに、石油ストーブの芯まで、ときにはビーズや刺繍糸なども含め、あらゆるものを用いている。

 また、こうして集まった布の柄や模様を巧みに組み合わせて、モティーフの特徴をみごとに表したり、見立てたりする。さらには、模様そのものの面白さを活かして、模様の本来の意味を離れた思いもよらない大胆で楽しい造形を生み出すことも。

 「4. 素材を活かす」「5. 模様を活かす」「6. 模様で遊ぶ」の章では、姑の影響でどんなハギレも捨てられないと残している宮脇の素材の幅広さと、自由でセンスあふれる活用の秀逸さに魅せられる。

「4. 素材を活かす」展示風景より
「5. 模様を活かす」展示風景より
「6. 模様で遊ぶ」展示風景より
「6. 模様で遊ぶ」展示風景より

造形の展開とデザインへの志向

 宮脇の作品は、布を切り、縫い合わせることで成り立っているが、そこに紐や糸で線を加えることでさらに表現に広がりをもたらしているものが少なくない。タマネギやジャガイモの芽が伸びていく様子も楽しんだ彼女は、そうした植物の根や細い茎の繊細さをそれらで表し、さらには透明なガラスの器をも描写していく。

 写実に根差した表現は、やがてその本質を抽出し、単純化やデフォルメ、あるいは同モティーフを反復する、異なるモティーフを並べるなど、デザイン的な作品も多く生み出された。

 「7. 線の効用」「8. デザインへの志向」で、こうした宮脇の表現の幅広さを感じよう。

「7. 線の効用」展示風景より、左から《筍》(1977)、《からす瓜》(1983)、《きんめ鯛》(1979、いずれも豊田市美術館蔵)
「8. デザインへの志向」展示風景より
「8. デザインへの志向」展示風景より、《縞魚型文様集》(手前)と《木綿縞乾柿型集》は、いずれもその数1万。各所に展示される「はりえ日記」とともに何年もかけて制作した偉業は宮脇の生涯を象徴する
「8. デザインへの志向」展示風景より

 素朴な日常の食物や身近な生物たちは、いずれも繊細で絶妙なハギレの組み合わせでできている。近くでじっくり観察してほしい。あたり前のモノたちが、実に楽しげに、ユニークに、大胆に、愛らしく生命の輝きと、創作の喜びを伝えてくれる。地にしている布との対比にも注目。ひとつの作品で発見があると別の作品でも気になってくる。会場を往還して確認したい。

 作品に記される「あ」のアプリケ。「綾子の“あ”であるとともに、自然を見て『あっ』と新鮮に驚いたときの感動をひそかに縫い込んでいるつもり」という。そのすぐれた色彩感覚と「布絵」としか言いようのない、あらゆる領域を超えた豊かな創意にさらに「アッ」となること間違いなし。

展示風景より、《あんこう》(1975、豊田市美術館蔵)