建築家人生50年をたどって。「赤鬼と青鬼のせめぎ合い」から内藤廣の真髄に触れる
日本を代表する建築家であり、島根県芸術文化センター「グラントワ」の設計者である内藤廣。その過去最大規模の個展「建築家・内藤廣/Built と Unbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」が同センター内・島根県立石見美術館でスタートした。会期は12月4日まで。
日本を代表する建築家であり、島根県芸術文化センター「グラントワ」の設計者である内藤廣(1950〜)。その過去最大規模の個展「建築家・内藤廣/Built と Unbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」が同センター内・島根県立石見美術館でスタートした。担当学芸員は川西由里(島根県立石見美術館専門学芸員)。
本展の見どころは、内藤の初期から近作までの建築のみならず、今回初公開となるものも含めた「アンビルト(実際には建てられていない)建築」の設計図面や模型も紹介される点にある。また、展覧会タイトルにもあるように、会場内には「赤鬼(情熱、逸脱、放蕩)」「青鬼(論理、堅実、緊縮)」といったキャラクターや、内藤に関連する「亡霊」も登場し、プロジェクトにまつわるエピソードが会話形式で紹介されているのがポイントだ。
会場は5つのエリアで構成されている。「Built 内藤廣の建築」では、三重県鳥羽市の「海の博物館」や、本展が開催されている「島根県芸術文化センター グラントワ」など、内藤が手がけ、実現した建築の模型や設計図、そして赤鬼と青鬼のやりとりが展示されている。青鬼が大活躍した「海の博物館」プロジェクトのやり取りは、思わず裏側を想像してしまうようなあけすけなやりとりに驚きつつも、笑みがこぼれてしまう。
内藤は展覧会において、たびたびインスタレーションを発表している。本展で発表される《瓦の壁》は、グラントワを上空からドローンで撮影した映像展示だ。天候や時間帯によって変化する石州瓦の外壁や中庭の水盤、益田の街並みなど、この場所ならではの美しさが発見できるものとなっている。
2004年以降の内藤の著書から印象的な言説を抜き出し紹介する《言葉の壁》は、内藤のうちなる葛藤(赤鬼と青鬼のせめぎ合い)が、空間を通じて体感できるようだ。
本展はタイトルにもあるように「Built」と「Unbuilt」大きく分けてふたつのテーマがあるが、そこを架け橋のようにつなぐインスタレーションも展示されている。実際に建設された「海の博物館」の架構模型を、現実とは異なる長さで拡張してみる。その現実と非現実のあわいを表す役割を、この模型は果たしていると言えるだろう。写真家・石元泰博による「海の博物館」建築写真にも注目だ。
様々な事情により実現しなかった建物や架空のプロジェクトの、設計図面や模型、スケッチを紹介する「Unbuilt 内藤廣の思考」は、今回初公開となるものも多く含まれており、大きな見どころと言えるだろう。
とくに内藤が「これはなんとしても実現したい建物だった」と悔しさをあらわにするのは、「アルゲリッチハウス」(2012)のプロジェクトだ。これは、ピアニストであるマルタ・アルゲリッチの名を冠した音楽祭の演奏会場と、来日中の滞在場所となる記念館の設計企画であり、世界唯一となるはずのものであった。着工直前まで進んだものの、依頼主の体調不良により計画はストップすることとなる。会場で展示されている模型は、本展のためにいちから模型をつくり直したという。
もうひとつ紹介したいのは、現在建て替えか保存かで議論を呼んでいる、沖縄を代表する建築のひとつ「名護市庁舎」のプロジェクトだ。この建築は日本の建築家集団・象設計集団が手がけたものであり、ここでは、じつは腕試しにこのコンペに参加していた内藤の、一次選考で落選してしまったという設計案が公開されている。内藤(赤鬼)は象設計集団の設計した庁舎を見て「あの造形力には、かなわない」とコメントしている。
また、内藤の約50年にもわたる活動をたどる年表や、様々なプロジェクトや出来事にまつわるスケッチが描かれた手帖も展示されている。ここからは、建築家、そして内藤廣というひとりの人間とは何かについて自身と向き合う姿も垣間見える。
本展の二大テーマは「Built」と「Unbuilt」であると述べたが、さらに「Ongoing(オンゴーイング)」といった、現在進行中のプロジェクトを紹介するエリアも設けられているのだから驚きだ。ここでは建築のみならず都市計画まで携わっている「渋谷駅周辺計画」(2020〜)に関する資料が公開されている。渋谷近郊に住む人であれば、東京メトロ銀座線渋谷駅のM型アーチは目にしたことがあるのではないだろうか。ほかにも数多くの進行中プロジェクトが初公開されているため、こちらも要チェックだ。
一見、建築模型や図面を読み解くのは難しいと感じるかもしれない。しかし、赤鬼と青鬼の対話から、当時の内藤が感じたことや人との関わりなどが、その建築ごとのエピソードとなって紹介されているため、親近感を持つことができるのがユニークかつ鑑賞者を惹きつけるポイントだ。
開幕にあたって、内藤は次のように語った。「赤鬼と青鬼が出てくる変な展示になった(笑)。建築家の展覧会としては、見たことのないテイストなのではないか。面白いと思うので、たくさん模型や設計図面とともに、それにまつわる赤鬼と青鬼のコメントもぜひ読んでほしい。半分は『読む』展覧会となったので、読みきれない場合は適当に飛ばして。とにかく楽しんで。『Built』に関しては半分自慢話ないっぽう、『Unbuilt』は負けた話。世間の人は負け話や失恋話の方が盛り上がるでしょう? 悲しさや情けなさ、悔しさが詰まったこっちが本展の目玉です(笑)」。
また、同館センター長である的野克之と担当学芸員の川西は、このグラントワ設立のためのコンペから内藤とは付き合いがある。そんなふたりが「今回の個展開催は同館にとって長年の夢であった。ようやく実現できた」と語る様子からは、コロナ禍も経てようやく開幕できることの喜びが、言葉の端々から滲んでいるようであった。
島根県の益田市で、いま同地の人々の思いが詰まった展覧会が幕を開けている。島根県立石見美術館のみの開催となるため、この機会にぜひ島根へと足を運んでみてはいかがだろうか。