日本における初の⼤規模個展。弘前れんが倉庫美術館で概観する松山智一の「Fictional Landscape」
青森にある弘前れんが倉庫美術館で、ニューヨークを拠点とするアーティスト・松⼭智⼀の⽇本初となる⼤規模個展「雪⽉花のとき」が開幕を迎えた。日本初公開の作品23点を含む計31点が並ぶ。会期は2024年3⽉17⽇まで。
ニューヨークを拠点するアーティスト・松⼭智⼀。その日本における初の大規模個展「雪⽉花のとき」が、弘前れんが倉庫美術館で幕を開けた。会期は2024年3⽉17⽇まで。
松山は1976年岐阜県⽣まれ。上智大学を卒業後、2002年に渡米し、ニューヨークのプラット・インスティテュートコミュニケーションデザイン学科を首席で卒業。現在はニューヨークを拠点に国際的な活動を見せる作家だ。19年にはニューヨークのバワリー・ミューラルの壁画を制作し、翌20年には上海の龍美術館西岸館で大規模個展「Accountable Nature」を開催。日本では同年、JR新宿駅東口広場に高さ7メートルの大作《花尾(Hanao-San)》を設置するなど、絵画だけにとどまらない作品を手がけてきた。
⽇本や中国、ヨーロッパなどの伝統的な絵画からの引⽤や、ファッション誌の切り抜き、実在する消費社会の⽣産物や⽇常⽣活で慣れ親しんだ商品やロゴなど、様々なイメージがサンプリングして描かれる作品たち。その背景には、伝統⽂化から現代のカウンター・カルチャーまで、多様な世界に⾝をもって接してきた松山の半⽣が強く影響している。
本展タイトルの「雪⽉花のとき」は、中国・唐代中期の詩⼈・⽩居易(白楽天、772~846年)が著した詩の⼀節からの引⽤。この詩は、⽩居易が遠く離れた⼟地にあるかつての部下で友⼈でもある殷協律を、季節が変わっても思いつづける気持ちを詠ったものだ。英訳は「Fictional Landscape」。これは松山の代表シリーズ名でもあり、「ここではないどこか」へと誘うような松山の作品世界を表していると言えるだろう。
今年、同館副館長兼学芸統括に就任した木村絵理子は開幕に先立ち、「松山の制作には世の中の状況が反映されている。松山の作品を通じていかに世界を見ることができるのかを提示したい」とコメント。また同館で松山の個展を開催する意義については、「つねに様々な新しい文化を受け入れてきた弘前という土地で、新しい挑戦をしている松山を紹介することには大きな意味がある」と話している。
会場に並ぶのは、初公開の新作9点を含む⽇本初公開作品23点に加え、近年の絵画や彫刻など計31件(+資料)。総展⽰⾯積1200平米を超える美術館個展は松山にとって初の規模だ。黒い壁や高い吹き抜けなど、特徴的なこの弘前れんが倉庫美術館という会場について、松山は「とても難しい空間だった」としつつ、「壁がなく、梁がある空間を最大の長所にしたいと考えた」と振り返る。
様々な言語の「いらっしゃいませ」の文字が書かれた玄関マットが敷き詰められたホワイエ。これを抜けるかたちで、「Fictional Landscape (雪月花のとき)」シリーズが並ぶ部屋へと進む。
通常時の弘前れんが倉庫美術館とはまったく異なる、色鮮やかな空間となったこの部屋。「Fictional Landscape (雪月花のとき)」シリーズは、異なる時代や場所から選び取られた様々な要素が集約されており、時間や文脈、地域性からの解放されたいという松山の思いが反映された作品群だ。加えて、今回は作品の間に様々なオブジェを配置。松山スタジオにある日用品を3Dプリントしたこれらは、作品内の世界と美術館という現実の空間をつなぐような役割を果たしていると言える。
これらの作品を抜けた先にあるのは、ミュージシャンのゆずからの呼びかけで実現した《People With People(心の連鎖反応)》と、《We Met Thru Match.com(出会い系サイトで知り合った)》。とくに後者は横幅6メートルに及ぶ大作で、松山がスタジオで制作した最大の絵画作品だ。多様な動植物が描きこまれた作品は、松山が敬愛するアンリ・ルソーのエッセンスを強く感じさせるものだ。
弘前れんが倉庫美術館の特徴である高さ15メートルの吹き抜けの空間には、超大型のステンレススチールの作品が並ぶ。立体作品でありながら平面性を持つ、松山ならではの視点によってつくり上げられた作品は照明を反射し、巨大空間を巧みに支配している。
⽇本初公開となる極彩⾊の⽴体作品《This is What It Feels Like(たとえばこんな感じ)》にも注目したい。これは、嵌⽟眼や京都の截⾦職⼈による截⾦⽂様などの伝統技法と、FRPにポリウレタン塗装という新旧の彫刻技法が融合されることで⽣まれた作品。ステレオタイプなファッション誌のモデルのポーズと、歴史的な日本・アジアの造形要素を重ね合わせた意欲作だ。
2階には《Cluster 2020(クラスター2020)》が並ぶ。コロナ禍で聞かれるようになった言葉である「クラスター」。本作は、ニューヨークのスタジオで⼤⼈数のスタッフと共に制作を⾏ってきた松⼭が、コロナ禍でスタジオ制作ができなくなったとき、遠隔でスタッフたちとの制作を試みたもの。スタジオスタッフたちがそれぞれ自宅で制作した絵画33点によって構成された同作は、千羽鶴のようや意味合いを持つ。
またこれに向かい合うように、鹿の角を模した2つの立体が展示。自然の神聖さと脅威を同時に示すかのような構成となっている。
最後の展示室では、松山の原点回帰とも言えるたった⼀⼈で制作した《Broken Train Pick Me(ブロークン・トレイン・ピック・ミー)》と、もっとも新しい絵画作品群が並ぶことで、松山の深化と進化を感じ取れる。
なお、本展には松⼭の制作の裏側が垣間見えるような資料群も展示。制作過程で引⽤された資料やスケッチなどを見ることで、より松⼭の作品世界への理解が進むことだろう。
ニューヨークでコロナ禍を経験し、コミュニティの断絶などを目の当たりにした松山は、自分の内面をより見つめるようになったと話す。「これからの自分のありたい方向を作品で描ければ」。そう語る松山の今後の展開をも期待させる大規模個展となった。