「FUJI TEXTILE WEEK 2023」が富士吉田で開幕。アートだからこそ見える布の向こうの人々の営み
1000年以上続く織物の産地、山梨県富士吉田市。ここを舞台としたテキスタイルと芸術が融合する国内唯一の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK 2023 (フジテキスタイルウィーク)」が開幕した。会期は12月17日まで。
1000年以上続く織物の産地、山梨県富士吉田市。ここを舞台としたテキスタイルと芸術が融合する国内唯一の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK 2023 (フジテキスタイルウィーク)」が開幕した。会期は12月17日まで。
今年で3回目を迎える本イベントは「アート展」と「デザイン展」で構成。テーマを「Back To Thread/糸への回帰むアート展」とし、国内外11組のアーティストがテキスタイルをテーマに、使われなくなった富士吉田の旧日糸屋や工場跡地を舞台に作品を展示している。織物産業を担ってきた建物を保存し、活用していくことも意図されている。総合ディレクターは南條史生、キュレーターにアリエ・ロゼンと丹原健翔。
旧山叶
今年から会場に加わったのが、かつての織機の工場跡地である「旧山叶(やまかの)」。この地上約9メートル、幅約20メートルの広大なスペースでは、ネリー・アガシ、池田杏莉、スタジオ ゲオメトル、顧剣亨、ジャファ・ラムの5名の作品が展示されている。
イスラエル生まれ、シカゴを拠点に活動するアーティスト、ネリー・アガシは、日本初となる大規模インスタレーション《mountain wishes come true》など複数の作品を発表。とくに注目したいのは、地元の繊維研究機関である山梨県産業技術センターとの対話から生まれた、「柔らかな建築」をかたちづくる大型インスタレーション作品だ。ビルのファサードを布を使って新たな姿に柔らかく変容させ、物質の異なる状態を探求している。
古着や家具、それらに関する記憶の「かたりて」をテーマに制作を行ってきた池田杏莉。今回池田は、旧山叶で実際に使われていた家具やユニフォーム、富士吉田のリサーチで出会った人々の古着や私物を繭のように覆い、《それぞれのかたりて / 在り続けることへ》を工場内に配置した。
表面を覆う素材は、富士吉田のテキスタイル産業を支えてきた人々の手足をシリコンで型取りしてつくられたもので、この土地にある記憶を物語として提示。さらに、床には踏むと砕け、乾いた音を立てる破片があり、人々の干渉によって展示空間が変化していく。
チェコのアーティストユニット、スタジオ ゲオメトルは、旧山叶とその倉庫を結ぶ回廊部分に作品を設置。織機に縦糸を張った状態で表面にドローイングを行い、そこに横糸を織り込むことで作品を制作した。滲んだようなその質感で表現したのは、富士吉田から見える稜線をはじめとした風景だという。
移動することで得られる自身の身体感覚を、風景が蓄積するひとつのフィールドととらえて制作している顧剣亨。収集した情報を変換・再構成する装置として写真を拡張的に用いてきた。
顧は複数のデジタル写真を手作業で一つひとつのピクセルごとに「編み込む」独自の手法「デジタルウィービング」によって、富士吉田の各時代の地図を重ね合わせた布作品《Map Sampling_Fujiyoshida》を発表。柱が林立する工場のスペースに展開した。
顧はデータ上で地図を重ねて布にプリントするだけでなく、それを二重にすしている。これは富士吉田の伝統的な「ほぐし織」に影響を受けたものだという。階段を登った中2階の回廊からは作品を見下すこともでき、重層化された時間と空間を俯瞰することができる。
香港を拠点とするジャファ・ラムは、リサーチで観光客が富士山の写真を撮っている姿を見て、地元の産業や人々に目が向けられていないと感じたそうだ。富士山は信仰の対象だが、この雲を想起させる作品で富士山を隠してみることで、この土地の産業や職人に目を向けてほしいという思いを作品 《あなたの山を探して》に込めた。
たなびく白い布は富士吉田の機屋のB反を使用。ラムは家庭内の手仕事に敬意を表するとともに、会期が終わったあとは香港に持って帰り、それぞれの出自を記録し、それをもって香港の山を旅する予定だという。旅をしながら、自分の出生地を振り返る旅への思いも込められている。
加えて、会場では市内の保育園の園児たちがつくった作品も展示。市の子供たちが、布をテーマに制作した絵画や、布の廃材である捨て耳をつかい制作したクリスマスツリーが並ぶ。富士吉田が機織りの街であるという実感が、産業構造の変化によって薄れつつあるなか、子供たちに改めて街の個性を認知してもらう取り組みでもある。
旧糸屋
毛糸商を営んでいたという「旧糸屋」の建物では、沖潤子、筒 | tsu-tsu、パシフィカ コレクティブスが展示を行っている。
中庭から屋内を見ると、沖潤子《anthology》が展示されている。刺繍という概念を超え、布と糸を交歓させながら作品を制作する沖は、天井から垂れ下がるような大きな布に、様々なかたちを刺繍によって描き出した。床面に置かれた大量の糸のロールは、まるで本作が生成過程であるかのような印象をつくりだす。
現実の人物や事件を取材し、それをもとに演じるドキュメンタリーアクティングという手法によって表現を行う筒 | tsu-tsu。今回は、富士吉田で過酷な織物労働に従事していた「織り子」を取材し、《unsound dresser : 化粧箱、鳴ラナイ》をパフォーマンスしている。筒 | tsu-tsuはまず織り子の制作のための脚本を制作するが、それはかつての織り子たちへのインタビューによって変化していく。それぞれの織り子の普遍的な日々をトレースするだけでなく、そこにある個人的な物語を憑依させ、自身の身体を通して表していく、その過程そのものが作品となっている。
コレクティヴのように国内外のアーティストとコラボレーションをしながらインテリア雑貨を制作するブランド、パシフィカ コレクティブス。糸の手染めから制作までができるよう、職人たちとネットワークを築き、作風を反映しながら職人や素材、技法を選定するという。会場ではBIENやDIEGO、KINJOといったアーティストとともに制作したアートラグが展示されている。
旧文化服装学院
新宿の文化服装学院連鎖校で、唯一の公立学院として1956年に開校した文化服装学院。織物産地を担う女性の職業訓練の場として多くの卒業生を送り出した。1980年代まで開校していたここでは、津野青嵐とユ・ソラが展示をしている。
1990年生まれの津野は、看護大学を卒業後、精神科病院で約5年間勤務。学生時代より自身や他者への装飾を制作し発表してきた。2018年欧州最大のファッションコンペ「ITS」にて日本人唯一のファイナリストにも選ばれている。
津野は自らがファッションの道を志す契機となった祖母のために洋服をデザインしてきた。今回は、ベッド上での生活となった祖母のために、長年集めてきた布と3Dペンによって衣服《ねんねんさいさい》を制作。肌に触れる部分に柔らかい布を利用し、介護ベッド上でも着れるようにするなど、祖母の身体の変化に合わせて制作された、その人のためのオートクチュールと言える。
ユは、つねに喪失の可能性を抱える日常に思いを馳せてきたアーティストだ。作品《日々》は、日常の風景のなかにあるものを布と糸で制作、すべて1本の糸で縫いあげた。なかには富士吉田で使われたレシートなども刺繍もあり、この街の日常に寄り添ったことがよくわかる。
KURA HOUSE
KURA HOUSEは、1950年代に建てられ、かつて山梨中央銀行吉田支店長が管理していた建物。2階建と3階建の蔵に挟まれたかたちで住居が設置された特徴的な建築だ。ここでは清川あさみが9点の作品を展示している。
薄暗い蔵の階段を昇った2階には、本に入念な刺繍をほどこした作品を展示。そして3階ではSerendipityシリーズの新作がある。本作で清川は「情報の森の中に迷い込んだ存在が、新たな出会いを探す現代の神話」を表現。絵画に糸という素材を持ち込み、二次元と三次元のあいだを往還しながら詩をつむぐように作品をつくりあげた。
FUJIHIMURO
人口に対しての飲み屋の数が日本一だと言われていた歓楽街「西裏」に氷を提供するために開業していた富士製氷。その建物をリノベーションし、アートギャラリーとして生まれ変わらせた「FUJIHIMIRO」では、デザイン展「甲斐絹をよむ」が開催されている。
「甲斐絹(かいき)」とは、明治・大正期頃に富士吉田周辺地域で生産されていた織物で、現代では再現不可能な高度な技術でつくられていたが、研究もほぼ行われておらず幻となっていた。この布に焦点を当てた「FUJIHIMIRO」が、地域内で保管されている数百点を超える資料のなかから厳選された生地や羽織、当時使われていた道具とともに紹介し、その価値を改めて問う展覧会だ。
布という素材に焦点を当てながらも、布の向こうにいるであろう人の姿までもを描き出す芸術祭だ。街の歴史やそこに生きる人々を真摯に見ようとするアーティストの姿勢に触れることができ、アートが土地を訪れる人々の視野を広げてくれる可能性が感じられた。