一人ひとりが未来を「自分ごと」として考えられる第一歩に。日本科学未来館の新常設展「地球環境」「ロボット」「老い」を体験
日本科学未来館の常設展が7年ぶりにリニューアル。「地球環境」「ロボット」「老い」の3つのテーマから4つの展示が新たに公開された。これらは2021年に同館で発表された中長期ビジョン「Miraikan ビジョン 2030」に基づくもので、一人ひとりが未来を「自分ごと」として考えるきっかけを創出することを目的したものだ。
東京・青海の日本科学未来館(にっぽんかがくみらいかん、以下 未来館)の常設展が7年ぶりにリニューアル。「地球環境」「ロボット」「老い」の3つのテーマから4つの展示が新たに公開された。
2001年に国立科学館として設立された未来館は、21年に浅川智恵子が2代目館長に就任。それに伴い発表された同館の中長期ビジョン「Miraikan ビジョン 2030」のなかには、一人ひとりが「自分のこと」として未来を考えられるよう、「Life」「Society」「Earth」「Frontier」といった4つのテーマが設けられている。今回の新常設展のテーマは、そのうちの3つから誕生している。
浅川は、新たな常設展の特徴について「① 意見交換の場をすべての新常設展で設置」「② STEAM教育の場を提供、実社会での活用を促す」「③ 遠方に住む人も参加・意見交換ができるような遠隔体験」「④ サステナビリティ」「⑤ アクセシビリティ」といった5つのポイントを挙げるとともに、「展示はどれも最新の科学的知見を踏まえて体験することができ、未来の社会課題を自分ごととして考える第一歩になるような設計をしている」と語った。
「地球環境」をテーマに、5階に設置された「プラネタリー・クライシス」は、展示エリアとイマーシブシアターのふたつで構成されており、気候変動を実感しながら、未来の地球のために自分ができることを探るものとなっている。
展示エリアは、目に見えづらい地球環境の変化を視覚や聴覚、触覚を用いて体験することでより自分ごととして理解が深められる設計となっている。また、地球環境の改善のためすでにアクションを起こしている人々の事例を紹介するとともに、意見交換ができる仕組みも導入されている。国産の木材や制作途中で生まれた端材を活用することで、新たな木材の使用例を提示するサステナブルな空間づくりもポイントだ。
またイマーシブシアターでは、気候変動や海面上昇の影響を受けているフィジー島の取材から約11分間の映像コンテンツを制作し上映。現地に住む人々の生の声を聞き、その地で実際起きていることを追体験することで共感を深める設計となっている。
同館展示ディレクターの櫛田康晴は、「長く研究を行ってきた未来館は、地球環境を予測するデータを出すこともできたが、それを提示したとしても少し他人事に感じてしまうだろう。等身大として体験してもらうことで、問題を解決できるのは自分たちであることを自覚し、後押しできるように設計している。鑑賞者がいまを変えるアイデアの発信者になれるよう意見交換も積極的に促したい」と設計の意図を語った。
3階の展示室に設置された「ロボット」のテーマ展示では、「ハロー!ロボット」「ナナイロクエスト」のふたつが登場。「ハロー!ロボット」では、様々なロボットと出会うことでその多様性を実感できるものとなっている。例えば、同館オリジナルロボットとして誕生した「ケパラン」は、感情を表現する動作や表情などが豊かなロボットだ。鑑賞者からの意見を取り入れながら、成長をしていく存在としても今後注目したい。ほかにも3つのロボットと6つの最新研究成果が発表されている。定期的に内容が更新されるため、つねにロボティクスの最新をキャッチできる場所となるだろう。
「ナナイロクエスト」はグループ体験型の展示だ。人とロボットがともに暮らす未来に没入するもので、仮想の街で直面する課題に、様々な人やロボットと出会いながら解決していくストーリーとなっている。ミッションをクリアし、成功体験を積んでいくことで、現実で起こる身近な場面においてロボットのメリット、デメリットについて考えていくものだ。
この展示のロボット監修を務めた安藤健は、「ロボットを可能な限り活用した未来の街を想定してつくった。何をロボットにさせて、何を人間がしたいのかを観測し、今後の未来に役立てる内容となる。街中に隠れる様々なロボットを探してみてほしい」とコメント。体験監修を務めた塩瀬隆之は、「例えば、家電はリコールで新品になったら嬉しいが、長年連れ添ったペットロボットが新品になって帰ってきたらなんだかモヤモヤする。そういう問いを展示のなかに散りばめた。展示を通じて意見交換をたくさんできればと思う」とコンテンツの意義について語った。
「老い」に関するテーマ設定は国内でも珍しいチャレンジであり、それゆえに発表される「老いパーク」は注目度が高い。これは「誰にでも訪れる未来のための展示」であり、老いにまつわる最新の技術や研究を紹介するとともに、目、耳、運動器、脳に起こる老化現象をゲームで体験できるというものだ。
パーク内には6つの体験が用意されている。例えば、中央にある「スーパーへGO」は、スーパーまで歩いて買い物に行く体験を再現したシミュレーター。運動器の老化が移動能力にどのような影響をもたらすかを体験できるものとなる。また、「笑って怒ってハイチーズ!」は、脳の老化によって相手の表情が読み取りづらくなるという現象を、プリクラ機で体験できるものだ。どれも楽しみながら、老化のメカニズムを自身の身体で体感できるためぜひ参加してみてほしい。
重要なのは、老いのメカニズムや対処法を学んだのちに、「未来の老いのとらえ方」がどのようなものであるかを考えることだ。「自分らしい老いとは何か?」「自分たちは老いとどう向き合いたいか?」について、コンテンツやインタビューを通じて意見交換をする場も設けられている。
老いパークの総合監修を務めた荒井秀典は、「昨今老いはネガティブな意味合いが強く、避けたいものととらえられている。未来館という多世代交流が可能な場所で、理解や議論を深めるとともに、予防できることについても共有していきたい」と述べた。
さらに、「老い」を今回のテーマとした理由について、館長の浅川は、「私は館長になる以前からアクセシビリティ技術の研究開発に携わってきたが、そういった技術は障害者のみならず、高齢者にも活用できるものだと考えてきた。多くの世代の方が訪れるこの場所で理解を深めていくことを促すとともに、科学技術で補えるものがあることを、世界のロールモデルとして発信していけたらと思う」と、未来館の在り方と更なる展望について熱意をもって語っていた。今回公開されたものを含む常設展は、今後も様々な人が展示体験に参加できるよう、さらなるアクセシビリティの研究開発が行われていくという。
「地球環境」「ロボット」「老い」、これらをテーマとした未来館の新常設展示は、企業や教育機関、そして自分たち一人ひとりに何ができるかを考える第一歩を教えてくれるものだ。展示体験のアクセシビリティに関して言えば、国内の美術館や博物館でも積極的に取り入れていくべき内容であり、行政が主導していくことで、より多くの人の体験機会を創出することにつながるだろう。