サカナクション・山口一郎インタビュー(後編)
30年後の音楽?
サカナクションがオーガナイズする音楽・アートの複合イベント「NIGHT FISHING」(7月2日〜3日、恵比寿LIQUIDROOM)。前編では、その新たな試みのきっかけと真意を山口一郎に聞いた。この後編では、「NIGHT FISHING」のチャレンジから見える、未来の音楽のあり方について話してもらった。
──前回は「NIGHT FISHING」のきっかけやテーマをうかがいました。今回はもう少し踏み込んで、山口さんの思考をお聞きできればと思っています。そもそも「NIGHT FISHING」というタイトルはどこから生まれたのでしょう?
サカナクションのメンバーの一人が妊娠をしたこともあり、今年、僕らはデビューしてから初めて、フェスに出ない1年を過ごしているんですね。それでちょっと時間ができたので、最近、東京湾によく釣りに行っているんです。小さなボートの船長さんと一対一で沖に出て、周りに何もないところで魚を釣るのですが、海の彼方にディズニーランドが見えるんですよ。
その遠くの場所では、ウワーッと何かが盛り上がっていて、一方の自分は音も反響しないような超デッドな場所で、目に見えない海の底をイメージしながらひたすらルアーを動かす。きれいに動かせると魚は反応して食いついてきてくれて、「来た!」という喜びがあるのですが、こうした何かを「探す感覚」って、ディズニーランドで遊んでいる人の、刺激を「浴びる感覚」とは違うものなんだな、と思ったんです。
それは単純な良し悪しの話ではなく、「浴びる感覚」を知らない人には「探す感覚」、「探す感覚」を知らない人には「浴びる感覚」の面白さを知ってもらいたいと考えたんですね。
──その双方が同時に楽しめる空間として「NIGHT FISHING」があると。
遊園地にもジェットコースターのようなものだけでなく、お化け屋敷やミラーハウス、迷路みたいな、一種変わったフックになるようなアトラクションが含まれていますよね。それを含めて遊園地ができているわけですが、同じように音楽という表現にも、そこに関わる音楽以外のジャンルに属する人たちの力がすごく大きく作用しているんです。
この異なるもの同士の混在を面白いと感じてくれる人たちが、たぶん自分たちの音楽を好きだと思ってくれる人たちだと思いますし、そこで彼らとぶつかり合いたいとも思うんですね。
違う領域の人たちとの共同作業のなかで自分を表現しようとすることは、とてもエネルギーがいることですし、話の前提が共有されていない分、相手が言うことへの理解にも普段より一つ多くの動作が求められます。でも、そこで生まれる衝突が良い衝突だと、とても議論のしがいがあるものになるんです。今回のイベントには、それを楽しみたいという個人的な動機もありますね。
──アートから見ると、人の感情の揺り動かしたり、動員したりという、ポップ・ミュージックの持つ力の大きさをとても感じます。音楽は、いろんなカルチャーの壁を越えられる影響力を持ちえるなと思うんです。
目にも見えず、手にも触れない分、人の中にすんなりと入ることができるのかもしれませんね。僕はじつは、詩というものがどんな表現よりも制約のない、境界線を持たないジャンルだと思っているのですが、音楽にもそれと同じくらい、人のイメージを無作為に広げる力があると思います。
その音楽のエネルギーは、本来だったら様々なカルチャーによっていい意味で利用され得るもののはずですが、それをすごく狭めているのが、現在のエンターテインメントとしての音楽なのではないか、と感じるんです。
こうやって音楽の可能性が矮小化されたままで2010年代が終わったら、すごくもったいないことです。なので、その状況に対して疑問を持ったり、新しいチャレンジをしたりする若い世代が出てきたときに、「進む道がない」なんてことが起きないよう、僕らは道筋をつくっていきたいと考えているんです。まぁ、なんというか、土木工事しているような感じですね(笑)。
──若い世代の選択肢をつくるということですね。そのような活動を意識的にしているメジャーのミュージシャンというのは、あまりいなかったかもしれませんね。
オーバーグラウンドの中のアンダーグラウンドというのが、自分たちの立ち位置だと思っています。いま、カガリユウスケくんというカバン作家にとても興味を持っているんですね。壁の写真を撮ってそれをカバンにするといった作品や、漆喰でつくられた「壁バッグ」という作品など、すごく面白いんです。
オーバーグラウンドでエンターテインメントとしての音楽もやっている僕らが、彼のような若くて才能のある人に対して「おいでおいで」と声を掛けたり、一緒に共有できる場所を持っていることは重要だと思います。
──インタビューの前半で「メジャーになっていくにしたがって、そこでは良い音楽をつくる実力とは別の要素が多く求められることを感じた」というお話がありました。あらためて、ここ数年で山口さんの中での音楽に対する考え方が変わってきたということなんでしょうか? 音楽の世界を成り立たせている構造や、その背景を含めた表現をしていきたいと考えるようになった?
メジャーになったということもありますけど、それに加えてSNSのおかげで、音楽が好きな人たちの性質がけっこう見えるようになったというか。女心はいまだにわからないですが(笑)、音楽好きな女性の感情みたいなものはなんとなく掴めるようになってきて、じゃあそこで見えたものを昇華させるにはどんな場所があり得るか、ということに興味を持ち始めたんです。
一度オーバーグラウンドを経験した人が、そこで得たファンをアンダーグラウンドの現場に連れて行こうとする試みは、たとえば石野卓球さんらによってチャレンジされてきたことですよね。それを、僕らみたいなバンドがやるのも面白いのではないかと思うんです。
──もっといろんなミュージシャン像、音楽像があっていいですよね。
もちろん、エンターテインメントで音楽をやっている人たちも素晴らしいんですよ。ものすごく努力もされていますし、針の穴に糸を通すように、すごく真剣に仕事をされています。でも、芸術ってそれだけじゃないよねってことを、同じように針に糸を通している人間が言わなきゃダメではないかと。
忌野清志郎さんも、そうしたオーバーグラウンドの中のアンダーグラウンドにいた方だと思います。ただ、現代の社会の中で彼の過激なバンド「タイマーズ」みたいな活動をしても、おそらく多くの人は引いてしまうだろうし、SNS上で誤ったかたちで広まってしまうでしょう。なので、自分たちが新しい環境の上にいることを自覚して、新しい方法論でその現代版をやりたいんです。
──音楽を音楽だけでなく、ファッションや映像などとの交流の中で「総合芸術」的にとらえる俯瞰的な視点は、山口さんのルーツから生まれたものでもあるのですか?
僕の両親は、友部正人さんなどがライブ出演するフォーク喫茶をやっていたんです。10代の頃、大人が真剣に歌っているのを見るとちょっと恥ずかしかったのですが、同時にうらやましいな、自分も人を感動させたいなとも思って、ロックバンドを始めました。
で、そのバンドはすぐに解散してしまい、ちょうどその頃、当時バイトしていたレストランでの経験もあり、クラブやクラブ・ミュージックの魅力を知ったんです。
こうしてフォーク、ロック、クラブ・ミュージックの面白さをほぼ同時に意識し始めたので「何でもアリじゃん!」という感覚を持っていました。でも、どのジャンルのファンもそのジャンルしか好きじゃなくて、すごく閉鎖的で。なんでこれを結びつけないんだろう、と思って始めたのがサカナクションです。だからスタートから、異なるものを結びつける志向性はあったんでしょうね。
──とても一貫した視点を持たれているんですね。まだ開催前ではあるのですが、「NIGHT FISHING」の今後の展望をすこし聞かせてもらえますか?
おっしゃる通りまだ開催前なのですが、すでにいろんな問題も出てきていまして(笑)。とくに場所の問題が難しいですね。普段のライブには全国ツアーとしてはのべ10万人前後くらいのお客さんに来ていただいているのに、今回は800人規模のスペースです。
その規模でどうマネタイズするのかという問題や、チケットがネットで高騰するという問題も起きてしまっているんですね。
ただ、ライブと展示の同時開催になるかはまだ分かりませんが、今後もこのイベントは続けていきたいと思っています。いろんなかたちがあり得て、たとえば展示だけ地方でやる、といったことも考えられるかもしれません。フレキシブルに状況に合わせて、やっていきたいですね。
──最後に、前半でも話に上がった番組「NEXT WORLD」の物語世界は2045年でしたが、その時代の音楽について考えていることはありますか?
僕の理想としては、「紙をクシャクシャと丸めてポンと置き、それが広がっていくときの音」みたいなのが、ヒットチャートのトップ3に入っているような世界になってほしいですね。「やばい、あの紙の広がる音!」みたいな(笑)。
もちろんそんなことにはなっていないと思うのですが、何が言いたいかといえば、ポップミュージックの楽しみ方がそこまで広がっていてほしいということです。僕たちの活動も、そんな未来の視点の広がりにつながれば嬉しいです。
──お話を聞いて、こちらの想像力も広がったように感じました。その第一歩となる「NIGHT FISHING」の成果が楽しみですね。イベント後もまたお話を聞かせてください。
明日7月2日から開催の「NIGHT FISHING」。音楽のあり方を変える本イベント、ぜひ体感してください!