文化のダイナミズムを伝えるために。国立西洋美術館 新館長・田中正之インタビュー
2021年4月1日に国立西洋美術館の新館長に就任した田中正之。西洋の近現代美術を専門とし、国立西洋美術館や武蔵野美術大学 美術館で様々な展覧会を企画してきた。現在整備のために長期休館中の国立西洋美術館の館長として、館に対する考えや今後の展望を聞いた。
──今年4月に国立西洋美術館の館長に就任されるまで、田中さんはどのような研究活動をされてきたのでしょうか?
1996年から2007年まで11年間、国立西洋美術館に研究員として勤務しており、そのときに「ピカソ 子供の世界」(2000)や「マティス展」(2004)「ムンク展」(2007-08)を手がけました。2007年に武蔵野美術大学に移り教員となってからは、西洋の近現代美術の授業を担当してきました。その後、2010年に大学が新しく美術館を整備したので、武蔵野美術大学 美術館・図書館の館長に就任し、そちらでも日本の現代美術やデザインを中心に展覧会をつくってきました。
──武蔵野美術大学 美術館ではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
武蔵野美術大学にはもともと美術資料図書館という建物があり、2010年に新たな図書館棟ができたことを機に、旧美術資料図書館を美術館・図書館に名称を変え、美術館と図書館が同居していた建物を美術館として独立させたわけです。そこでは、新たに美術館としての活動を始める必要がありました。単なる教員や学生の作品紹介の場にはしたくなかったので、美術館のスタッフが日本画、油絵、視覚伝達デザインなど様々な学科の教員と組みながら、展覧会をつくりあげていく方向を定め、それぞれの研究室とアイディアを出し合いながらつくっていくことにしたんです。日本画学科との展示は日本画の下絵をテーマにしたり、彫刻学科との展示は「墓」をテーマにするなど、様々な展覧会を開催しました。また、モダン・デザインの椅子など武蔵野美術大学の所蔵品を閲覧できるアプリケーションを美術館のスタッフたちと開発したりもして、とても楽しかったです。
──田中館長の専門分野を教えてください。
西洋美術史を学ぶと、普通はどの国の美術の専門であるかを決めることになり、さらにそのなかでどの時代の専門なのか決めていくわけで、ほとんどの美術史家は特定の国の特定の時代を専門としています。しかし、私は学生時代からそういった分類がなんとなく嫌で、どの国の美術が専門とも思っておらず、人によっては私のことをアメリカ美術の専門家、ピカソやマティスの専門家、あるいはムンクの展覧会も担当したので北欧美術の専門家だとも思っていたりします。なので、厳密な意味で私の専門は定まっていないと言っていいと思います。もちろん、ルネサンスや古代の美術を専門的に学んだわけではないので、時代的には近現代美術ということになります。
──現在、国立西洋美術館は整備のために長期休館中ですが、具体的にどのような目的の整備なのでしょうか?
今回は前庭の工事がおもな整備内容です。建物全体を対象とするほど工事の規模が大きいというわけではないですが、来館者の方々を館内に入れるための動線が確保できないので、長期にわたる休館となっています。経年にともない、前庭の地下にある企画展示館の防水をやり直すのがおもな目的ですが、同時に前庭を創建当時の状態に戻すことにもなっています。館を設計したル・コルビュジエの本来の意匠にできるだけ近づけ、ル・コルビュジエの発想をもう一度体験できるようにするための工事ですね。館長としても、世界遺産としての本館の建築的意義はもっと伝えていかなければいけないと思っています。
──国立西洋美術館では、海外から作品を招致する展覧会を館の活動としても長く続けてきました。しかし、新型コロナウイルスの影響で、海外からの作品の招致が難しくなっています。こうした状況に対しては、どのように対応しているのでしょうか。
ワクチンが行き渡り、新型コロナウイルスの感染が落ち着くとしても、それはおそらく来年または再来年になりそうですね。そのころにはもしかしたらもと通りになっているのかもしれないし、あるいはまったく別の世界になっているのかもしれない。それはいまからは何も予見できないですよね。当館は来年の春にリニューアルオープンを控えていますが、海外から作品を借りてきて紹介するという活動が当館のひとつの柱ではあるので、いまは粛々とその準備をするしかないと思っています。海外から作品を借りる前提で作業を進めていますし、基本的にその方針に変更はありません。
──新型コロナウイルスによって事前予約制も一般的になり、「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(2020)では国立西洋美術館も導入していました。
来館者にとっては良いことですよね。展覧会はとても経費がかかりますし、それを回収するためにはある程度の数の来館者を集めなければならないという課題がどうしてもあります。そのために、はっきり言ってしまえば作品を見る人にとって心地よくない鑑賞環境が、大規模な展覧会の標準になってしまったという問題はありました。例えば、炎天下に何時間も並ばされて、ようやく会場に入ったら「作品の前で立ち止まらないでください」と言われて、数十秒しか作品を見られない。事前予約制によって、そういうことがなくなっているのはとても良いことだと思います。
じつは国立西洋美術館は、何十年も前に日時指定券を試みたことがあるんです。ただ、当時は購入する人がほとんどいなかったので頓挫しました。やはり展覧会はコンサートなどとは異なり、もうちょっと自由に見に行きたいものではあったんですよね。今日行こうとか、まだ時間が残ってるからもうひとつ展覧会に足を運ぼうとか、そういう気楽さがやっぱり重要だったんですね。ただ、すでに海外では混雑する展覧会であればあるほど、日時指定は当たり前になっていました。あるべき鑑賞環境を担保するために、日時指定がシステムとして普及するのはいいことですよね。
ただ、高齢の方にネットでチケットを取ってもらうというのは酷でもあるわけで、社会的弱者を軽視している面はあると思います。そこまでの対策ができるかどうかが大事です。また、ふらりと行けるフレキシビリティーも大事だと思っているので、それをどう両立させられるのかが課題です。
──先ほど経費のお話にもなりましたが、やはり来場者が減るわけですから、そのマネタイズにも課題が生まれてくると思います。
そこに関しては、単純に会期を長くするとか、そもそもお金をかけすぎて混雑状態にしなくてはいけない展覧会づくりをやめるとか、発想の転換で乗り越えられる部分もあるはずです。ただ、近年一番批判されているのがいわゆる大きな資金を投入して、大量の人を動員するブロックバスター展ですが、そういった大規模企画展を単にやめればいいというわけではないと思っています。もちろん、適切な鑑賞環境を確保したうえで、ですが。大規模展だからこそ見せられるものがありますし、そういう展覧会だからこそ色々な人に来てもらえるという側面もあるわけですよね。生涯に一度しか美術館に行かない人がいて、でもその一度の展覧会が一生の思い出として残っている、ということも重要だと思うんです。普段から美術をよく見る人と、まったく展覧会には行かない人に二極化してしまうことは、美術の世界に生きる私達にとってはいいことではないわけで、展覧会のあり方は大規模展もふくめて、色々なバリエーションを考えたほうがいいと思っています。
──前館長の馬渕明子さんは、国立西洋美術館の礎となった松方コレクションの復元に力を入れていました。この路線は今後も継承されるのでしょうか。
それはもうここの根幹ですからね。館長が誰に代わろうとも、美術館が持っている使命だと思っています。今後も散逸したコレクションの買い戻しなども行っていきたいです。加えて、個人的には当館のコレクションが潤沢かどうかというとまだまだと感じる部分もあります。西洋美術館なので、本当は西洋美術史をコレクションによって通史として見せられるのが理想ですが、正直そこまでのコレクションにはいたっていない。すごく充実して強いところもあり、とくに松方コレクションが基盤なので19世紀から20世紀初頭までのフランスの美術は強いですが、例えば同時代のドイツの美術は足りていないし、ロダンの彫刻もたくさん所蔵しているけれど、それを歴史的に位置づけられるほどの彫刻コレクションはない。西洋美術をきちんと見せようと思ったら、まだまだやらなければいけないことが色々とあるし、充実させるための余地があります。課題は多いですね。
──コレクションのなかで、田中館長が個人的に愛着のある作品を教えてください。
20世紀初頭の美術を中心に研究してきたので、アルベール・グレーズのキュビスムの絵画などは思い入れがありますね。とても重要な作品を持っていると思います。
──田中館長も馬渕前館長と同様、ご自身で展覧会を企画していくのでしょうか?
やるつもりです、学芸課のみなさんに迷惑をかけないように(笑)。
──日本において西洋美術を見せる意義とはなんでしょうか。
文化というのは、つねに交流しているものだと思います。昔も、現在も、未来においてもそうです。日本のなかで日本の文化しか見られないという状況になったことは、恐らく一度もないはずです。かつては中国大陸や朝鮮半島から色々なものがやってきて、近代以降は西洋のものがやってきて、そして日本のものも海外に多く出ていきました。文化というものはつねに広く伝わり、相互作用し合いながら、そのなかで色々な変容をして、ダイナミックに変化していく。例えば浮世絵は西洋絵画に影響を与えましたが、同時に西洋の影響を受けて浮世絵も変化していたわけで、関係は相互的なんですね。国立西洋美術館はそういった文化のダイナミズムを日本と西洋の関係において、もっとも見せられる場だと思っています。
また、私達は明治以降、西洋とのつきあいがとても長く、西洋の文化や芸術をかなりよく知っていると思いがちですが、西洋の画家や彫刻家であまり日本では知られていない、しかし知られるべき価値のある存在はまだまだたくさんいるわけです。以前、当館ではヴィルヘルム・ハンマースホイの展覧会「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展(2008)を日本で初めて開催しましたが、当時、この画家の日本での知名度はとても低かったと思います。でも開催して以降、ハンマースホイは日本でもっとも人気のある西洋の画家のひとりになりました。このようなかたちで知られざる作家を深く紹介できるのは、当館ならではだと思います。こういった新たな発見の場としてあり続けるのが使命ですし、これからも継続するべきことですね。
──最後に、専門職の館長として国立西洋美術館で果たすべき役割をどのように考えているのか、教えていただけますか?
美術館は学術研究機関であり、教育普及機関であり、また経営という側面も考えなければならず、この3つを鼎立させなくてはいけない。この鼎立のためにも、学術研究や教育普及の知識がある人が美術館を経営、運営していくことが必要だと思うんです。展覧会がとにかく人を呼ぶための商業主義的なものにならないようにするためにも、つねに調査研究に基づいた、意味のある展覧会をやっていかなければいけません。こうした活動を支えるためにも、専門職館長は重要だと思います。
きちんとした調査研究に基づいているからこそ、ハンマースホイの展覧会も開催しようと考えられるわけなんですね。商業主義的な考え方なら、誰も知らない画家だし人が来ないのでやらない、ということになってしまう。こうした展覧会を実現するためには、調査研究と専門的な知識が不可欠です。研究と知識の蓄積があれば、来館した方々に、ただ「これが名品です」と見せて「これが名品か」と思って帰ってもらうのではなく、この作家をこのような視点から見てみるのはどうでしょうか、と提案することが可能になります。それを肯定的に受け止めるのであれ、批判的に見るのであれ、そうした中身の濃い展覧会をやっていくと、鑑賞体験はまったく別のものになる。作品のことがわかってきた、視界がひらけてきた、そういった体験をして帰ってもらいたいんですね。そういう鑑賞体験を充実させていきたい。だから専門職は重要だと考えています。来館者の体験が深まれば深まるほど、美術館に行こうと思う人も増えるし、もしかしたらコレクションしよう、美術館をサポートしようと思う人も増える。そのためにも調査研究がすべての土台なんだと信じています。
また、展覧会では来館者の参加、主体的な関わりを重視したい。来館してくださった方々が美術館にどう関わっていくのか、どんな体験をするのか、その充実度が重要だと思っています。展示された作品を見るだけなく、空間の雰囲気やレストランやショップも含めて、どんな体験をする場にできるのか、ということをきちんと考えていきたいと思っています。