2024.10.3

アジアのアートフォトの新たな地平を目指す。「T3 PHOTO ASIA」のキーパーソン2人に聞く

アジアの写真文化をより深く掘り下げ、現代のアートフォトの新しい方向性を模索するアートフェア「T3 PHOTO ASIA」が、10月18日〜21日に東京ミッドタウン八重洲で開催される。フェアの目標や見どころ、そしてアジアのアートフォトシーンにもたらす影響などについて、フェアディレクターのキム・ジョウウンとコミッティの高橋朗にインタビューを行った。

聞き手=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

キム・ジョウウン(左)と高橋朗
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「T3 PHOTO ASIA」の誕生とその背景

──まず、T3 PHOTO ASIAの開催経緯や同フェアを立ち上げた動機についてお聞かせください。

高橋朗(以下、高橋) 「T3 Photo Festival」というフェスティバルは2017年から7年続いています。昨年、そのフェスティバルをさらに発展させ、アーティストへの還元を強化するために新しい軸をつくりたいというお話をいただき、11月からフェアの準備を始めました。

キム・ジョウウン(以下、キム) 世界的に有名な写真アートフェアとしては「パリ・フォト」が挙げられますが、アジアにはそれほど重要な写真フェアが存在していませんでした。私としては、アジアの写真家を集め、過去と現在をつなぐ新しいプラットフォームをつくりたいと考えていました。このフェアの名称「T3 PHOTO ASIA」には、日本の写真家だけでなくアジア全体の写真家を対象にしているという意味が込められています。異なる文化的背景を持つ人々が集い、お互いを知り、現代のアートフォトグラフィーの行く先を理解する場を提供したいと思っています。

 正直に言えば、これまでは西洋のアートフォトグラフィーから多くを学んできましたが、いまはアジアの写真に触れたいとう思いを強くもっています。そこで、若手写真家にスポットライトを当てた「Discover New Asia」という特別展示を企画しました。これらの写真家たちは、写真という枠にとらわれず、様々な文脈で実験的なアプローチを行っており、非常に興味深いのです。

キム・ジョウウン(左)と高橋朗

──特別展示「Discover New Asia」と「Masters」についてもう少し詳しく教えていただけますか。

高橋 「Discover New Asia」では若手の実験的な作品を、「Masters」では歴史的な作品を展示します。このふたつを対比させることは非常に興味深いです。「Masters」では、丸川コレクションの協力を得て、日本と韓国の1930〜50年代の貴重なヴィンテージプリントなどを展示します。これらの作品はオリジナルプリントで、普段なかなか目にすることができないものですので、ぜひこの機会にご覧いただきたいですね。

 「Discover New Asia」では、私自身も知らなかった若い作家たちが出展しています。フィルムからデジタルへと移行しながら、写真というメディウムとどのように向き合っているのかがよくわかる展示となっています。写真は現実を切り取るものという印象がありますが、抽象絵画のような作品や、暗室の中で光を使ってつくられた作品もあり、写真の特性を活かした表現が見どころです。

イム・ウンシク(林應植) 求職 1953

キム 「Masters」では、韓国初の写真家のパイオニアであるイム・ウンシク(林應植)の作品を展示します。彼は韓国のアルフレッド・スティーグリッツのような存在で、個人コレクションから6点のヴィンテージプリントを初公開します。これらの作品は韓国でも展示されたことがない非常に貴重なものです。また、同時期の作品でも、韓国と日本の写真家のあいだには異なる変遷が見られ、若い世代にとっても新鮮な発見が多いでしょう。

高橋 日韓の30〜50年代の戦前・戦後の作品を見ていると、写真史だけでなく歴史的な背景が作品に大きな影響を与えていることがわかります。歴史を学ぶ際には、何が起こったかを知るだけでなく、それが人々にどう影響し、写真にどう反映されたのかを知ることができます。写真を通じて何かを知る楽しみは、美術鑑賞を通じて知覚を揺さぶられるような体験と同じだと思います。また、フェアでは各ギャラリーが現在もっとも注目している作品を持ち寄りますので、そこも楽しみにしていただければと思います。

──歴史的な作品と実験的な作品を同時に楽しめるのが、このフェアの醍醐味のひとつですね。

キム 私たちが目指しているのは、カメラのレンズを通してアジアやその文化を見つめることです。「Masters」では過去、現在、未来という時間軸を意識しており、過去を振り返りながら現在と未来を見ています。いっぽうで「Discover New Asia」では、現在と未来に焦点を当てています。写真はそのための素晴らしいツールですね。

鈴木のぞみ Folding Temple Glasses (bifocals)−Daikongashi Vegetable Market 2024

写真フェアで広がるアートフォトの可能性

──今回のフェアは、芸術写真の普及や日本国内のアートフォトシーンにどのような影響を与えるとお考えですか?

高橋 以前、「東京フォト」や「代官山フォトフェア」といった写真フェアが開催されていました。ですので、写真が美術作品として販売され、所有できるものだという認識はある程度浸透していると思います。しかし、これらのフェアが終了したことで、現在はギャラリーに足を運んだり、実際にアーテイストと知り合わなければ作品を購入することができません。作家と直接知り合う機会も減少しています。SNSでつながることも可能ですが、まだまだハードルが高いのが現状です。そこで、フェアのように多くのギャラリーが一堂に集まる広がりのある場で作品を購入できる機会を提供することが重要だと考えています。再び写真のフェアを開催することで、写真がコレクション可能なものだと再認識してもらいたいです。

 また、日本国内でフェアを開催することで、日本に作品を残すことが可能になります。エディション数が減少するトレンドのなか、日本に作品が残らない懸念があります。そうした背景も考えながら、アーティストへの還元を図りたいと思っています。

日本の戦後写真は早くから海外で高く評価され、主要な欧米の美術館や企業、プライベートコレクションにも多くの日本写真が収蔵され、小規模ながら国際市場が存在しています。そうした状況は日本ではあまり知られておらず、写真の市場評価はコンテンポラリーアートに比べて低いままです。それは非常にもったいないことです。

写真の定義は2010年代半ば以降に拡大され、その多様性や多面性はコンテンポラリーアートに広く汎用され、そうしてつくられた作品はコンテンポラリーアート市場で高い価格でやりとりされています。このことは写真が海外だけでなく、国内でも欧米に匹敵する競争力を持つ市場をつくり出すことが可能であることを示すもので、T3 Photo Asiaがそのグラウンドになることを大きく期待しています。

──千葉由美子(ユミコチバアソシエイツ代表)

キム 今回のフェアの大きな特徴のひとつは、フェスティバルとフェアを融合させた点です。さらに、新たな才能をサポートする特別プログラムも用意しており、これが新しいコレクターの創出につながります。新たなコレクターが増えることで、アートや写真の新しい創造を支援できるようになります。私たちは数多くの可能性とエキサイティングな作品を発見し、展示し、コレクターや来場者にその瞬間を楽しんでいただきたいと考えています。

 また、「Discover New Asia」では、ベルリンを拠点とするベトナムのアーティストであるヒアン・ホアンや、ニューヨークを拠点とする台湾の写真家ジャン・ヨウイを招待しました。彼らはグローバルに活躍しており、私たち以上に国際的な視点を持っています。こうした文化のダイナミックな交流やエネルギーを東京という場で集め、楽しんでもらいたいと思っています。この流れを継続し、次回のエディションではさらに多くのアジアの写真家やギャラリーを招きたいと考えています。

ヒアン・ホアン Still from the left video of the 3-channel performance work 'Made in Rice,' part of the project 'Asia Bistro - Made in Rice.' 2021
ジョン・ユイ People on the beach 2 2019

──知られざる才能を国内のオーディエンスに紹介することの意義は大きいですね。

高橋 そうですね。とくに韓国の写真家については、知られている名前は限られており、まだまだ多くの才能ある作家がいます。歴史的な部分についてもある程度理解されていても、現代の状況はまだまだ知られていません。今回、キムさんが選んできたアーティストたちは非常に新鮮で、現代のアジアでこんなことが起こっているんだと感じさせてくれます。その両面を同時に見られるのはとても刺激的で、今後、日本でも韓国やほかのアジア諸国の写真家の展覧会がギャラリーや美術館で開催されるようになることを期待しています。

──実物を鑑賞できるのも大きな魅力ですよね。芸術写真を鑑賞者の方々にどのように楽しんでいただき、その魅力をどのように伝えていくお考えですか?

高橋 写真といえば、家族や友人の写真がもっとも身近ですよね。ですから、多くの人が写真の楽しみ方をすでに知っています。ただ、それが「美術」や「表現」という言葉になると、少し難しく感じる方も多いのではないでしょうか。しかし、フェアのような場で実際に作品を見て、その裏にあるコンセプトをギャラリーのスタッフや作家から直接聞くことで、写真の新しい楽しみ方を発見できると思います。写真はカメラやレンズといった工業製品を通じてつくられる美術なので、誰にでもできるところが魅力ですが、同時に美術作品として理解するのは少し難しい面もあります。作品についての解説をその場で聞ける環境がフェアの大きな魅力です。ぜひ積極的に質問していただきたいですし、今回はメディウムを実験的に使った作品も多く出展されているので、「これも写真なのか」と驚きと発見があると思います。

オ・ヨンジン Colors of the Air 2022

フォトフェアが描く未来

──今回のフェアを通じて実現したいことを教えてください。

高橋 今後はインディペンデントなギャラリーにももっと参加してもらうことでもっと豊かな写真の現場を見せられるようになるのが理想です。さらに、写真の購入だけでなく、保存や保管、そしてアーカイヴといった面にも注目しています。フェアは作品を販売する場ですが、作家や作品をしっかりとアーカイヴしていくことが重要だと考えています。写真家のアーカイヴや財団との連携、作品展示の機会を広げることでアーティストが活動を続けられる環境、作品が長く残り続けるような循環をつくるプラットフォームになれたら嬉しいです。大規模なフェアではそこまで手が届かないかもしれませんが、小規模なフェアだからこそ、こうした可能性を追求できるのではないかと感じています。

東松照明 プロテスト 東京 新宿 1969

──これはフェアのビジョンとも言えますね。

高橋 そうですね。アジア全体を視野に入れ、日本だけにとどまらず広い視点で考えていきたいです。日本にはしっかりとした写真史があり、韓国や中国、台湾にもそれぞれ独自の写真史があります。日本は「ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー」という展覧会が1974年にMoMAで開催されるなど、幸運にも海外で評価を受ける機会がありました。これにより、日本の写真はある程度のマーケットが形成されています。こうした背景を自覚しつつ、アジアのハブとしての役割を果たすことが私たちの使命だと思っています。アジア全体を見据えたビジョンを持ち、東京やローカルにとどまらない展開を目指したいです。

──今後の計画や将来的な展望について教えてください。

キム 韓国からもコレクターが来る予定なので、展示の企画と併せて、彼らのための特別なアートプログラムも用意しています。彼らにはたんに学びの場としてだけでなく、アートの世界を楽しんでいただくことが大切です。また、美術館関係者とも密接に連携し、ギャラリストやコレクター、キュレーターに質の高いアートと情報、知識を共有する役割を果たしたいと思っています。

高橋 アジア全体をつなげ、マーケットを構築することが重要です。また、アーカイヴの充実にも力を入れ、アーティストが持続可能な活動を続けられる循環を作ることが私たちのビジョンであり、今後の目標です。

キム・ジョウウン(左)と高橋朗
出展ギャラリー一覧

Yumiko Chiba Associates(東京)、タカ・イシイギャラリーフォトグラフィー/フィルム(東京)、KANA KAWANISHI GALLERY(東京)、小山登美夫ギャラリー(東京)、MEM(東京)、PGI(東京)、POETIC SCAPE(東京)、Primary Practice(ソウル)、Sahngup gallery(ソウル)、MISA SHIN GALLERY (東京)、SPACE WILLING N DEALING(ソウル)、The Third Gallery Aya(大阪)、GALLERY YEH(ソウル)、ZEN FOTO GALLERY(東京)